私たち、姉妹の違和感を最初に感じたのは、絳攸様だった。
”お前達に何かあったのか?”
そんな言葉に、反応したのは、
天才と言われる弟を思った楸瑛様で、
天才とは、何時の時代も人と少し違うということを話していて、
絳攸様は納得して頷いていた。

秀麗は、絳攸に言われた言葉を一人部屋の中で考えていた。
言われたとき、ドキドキと酷くうるさい心音がした。
秀麗とにあった出来ことを知っているのは、二人しかいない。
でも、父様も静蘭も、どことなく感ずいているだろう。
秀麗は、机の上に突っ伏した。
目に映るのは、真っ黒の硯だ。
小さなが、一人台所に座っていた。
まとめていない髪が、静かに揺れる。
秀麗の吐き出した感情を、秀麗より幼いは淡々と受け流していた。

「間違っている。貴方は間違っているわ。

秀麗の叫びを、は冷たい目で言う。

「誰もが一緒ではない」

秀麗は、あのときの気持ちも言葉も思い出しそうになって
慌てて起き上がる。

「私は・・・・・・」

苦しくてしょうがない。
自分が望んだ全てを持っている貴方を見るたびに。
無表情な瞳に映る自分の姿を見るたびに。




家に帰ると、珍しくが一人佇んでいた。
日の光が白い肌の彼女の顔を照らていて、
綺麗な一枚の絵を見ているようで、声をかけることすらできない。
表情がまったくない彼女の顔は、今ではなく昔に似ていた。
ゆっくりとした動作でがこちらを見る。
顔は年々母様に似てくるのに、目と表情がそれを否定する。

「どうかした?」

「いいえ、なんでもないわ」

目から出た涙を拭う。急に出たものは秀麗すら分からなくて、
から深く追求されないことに安堵を感じていた。
秀麗は、の前に湯飲みを置き、自分の前にも置いた。
彼女がいるというだけで、慣れ親しんだ我が家が違うもののに見える。
いつも浸かっている台所の匂いも、庭から香る匂いも、なくなって
壊れかけている建物も龍蓮が言っていた風情すら漂ってくる。
目の前にいる自分よりも年下の少女、血のつながりがある妹は、
スット、湯飲みをみて、口つけた。それでようやく肩から力を抜けた。
どうやら、ずっと緊張していたらしい。
彼女と二人になるのは帰ってきてから初めてだったから。

「・・・・・・美味しい」

「えっ?」

言った言葉が分からなくて聞き返してしまった。
彼女から味の感想なんて聞いて事がなくて、幻想かと思った。

「美味しいといった」

しかし、繰り返し言われた言葉は、間違いなく彼女の声だった。

「変わったわね」

家に帰ってきて初めて感じた気持ちを口に出した。
自分が子供だったのもある、成長したということもある、
けれど、は根本が変わったのだ。
こちらをじっと見る赤い瞳に、昔だったら何を考えているのか分からないと思っていたのに、
少し不安げに見えて秀麗は笑った。

「私は嬉しいわ」


この言葉をに言うことなんて考えていなかった昔。
それどころか、言ってはいけない言葉を言ってしまった。

、私は」

「姉さまは、行くんでしょう」

話の腰をおられた。少々、気落ちがしたがこちらをみる赤い瞳に秀麗は頷いた。

「ええ」

「じゃぁ、後ろを振り返ってはダメだ。姉さまは前だけ見据えてればいい」

言っている言葉が、昔のことなのか、今のことなのか分からなくて、
秀麗が混乱している目の前には、一本の短剣を出し秀麗の手に置いた。

「コレは?」

「お守り、危険がある。
私が持っているよりも姉さまのほうがいいと思って」


「母様の遺品だ」

心配されていることや、がいつまでもそれを持っていること全てが、
秀麗の抱いていたをぐちゃぐちゃにしていく。

「姉さまを守ってくれる」


そう言って笑ったのが、誰だか分からなくて、声に出そうとするのだけれど、
秀麗は、短剣を強く握りしめることしか出来ない。


ずっと言いたいことがあるのに、貴方に会えたらずっと、
だけど恥ずかしくて情けなくてなかなか言えなくて、怖かった。
また、あのときのようにそうかで終わってしまう言葉が。
だからね、後悔してる。
何もいえなくて、後悔だけが残るの。
これからの未来を分かったなら、私は・・・・・・貴方に言うことができたかしら。



本当は、母様が死んで悲しんでいることを知っていたのに。
私はただ、貴方が羨ましくてしょうがなかった。











2009・6・13