朝議が始まった。
愚かしいほどの舞台はきらびやかで、これからはじまること陳腐さが歪で笑えた。

叔父上の自主謹慎により紅家の動きがほとんど動かなくなった。
本当に馬鹿なことをする人もいるものだ。

私だったら死んでもあの人にたてつこうなんて思わない。
そのときの条件によりにけりだけど。


目を覚ましたらいつの間にか顔や体についた血もなくて服も着替えさせられていて
あのときのことは夢かなにかかと思ったが、両腕の特に右腕の痛みから夢ではないことが分かる。
ぼうっと壁の一点を眺めていれば、ちょうど部屋に入ってきた龍蓮がを見て微笑んだ。
それから、すべてが分かっているかのような龍蓮は。違う。全て分かっている龍蓮は。
官史服を置き綺麗になった小物をおいて、腕の応急処置をし始めた。
いつも自分でやるそれは、他の人の手だとどこかむずがゆくて。龍蓮はどこで手に入れたのか情報を喋っていた。


はどうするんだ」


龍蓮は手を止めずにの腕を官史服の裾に通す。
は淡々とした声で


「未来はいつも不確かだ」


龍蓮は髪をとき簪を取るといつもよりは少し華美に髪を結う。
は、龍蓮が今の話を聞いたのではないと理解していた。
だがあえて話を変えた。
龍蓮は、結い終わると核心へと話を仕掛けた。


「いつまで囚われるんだ」


静かに時は流れた。生き物のざわめき全てのものが呼応して、は龍蓮の質問に答えるつもりはなかった。
そのまま進もうと椅子を立ち先へと進むだけのはずだった。
しかし進められた足が止まり振り向くと。


「囚われたんじゃない。私が離さないだけ」


は扉を閉めた。今は前をむくだけ。
光が部屋に立ち込める。龍蓮は彼女が去ったのを見届けると、微笑を貼り付けた。


「だからこそ、私も他の者も離せなくなる」






朝議は進んでいた。まるで誰かが仕立てた物語どおり話は進んだ。
仮面をとった鳳珠は、先ほどから気がかりなことがあった。
目の前のハゲではなく、気性の荒い兄馬鹿姪馬鹿でもない。
いるはずの人間がいない。それだけだが、それは鳳珠にとって一大事だった。
もしや、と思う。
けれどもどうしてか心の奥で大丈夫だと安心している自分が居た。

それは間違いだったけれども。


ハゲの最後のあがきに秀麗が出てそれで終わり。
それが結末だったのに。

最後まであがき続けた。男のは最後まで愚かだった。


「っ、しかし紅 官史はどうなんだ!
彼女は紅家でありながらもその存在を隠され、いきなり現れたかと思うと『彩華』の名を得た。
あきらかにおかしい人物、いや、人物かどうかも怪しいものだ」


またザワザワと騒ぎ出す。ほとんどの上官は鼻で笑っているだけだ。
蔡礼部尚書のしつこさに呆れながらも劉輝は答えた。


「彼女の働きぶりは余にも届いた。その人物が不正しているとは考えられない」


その答えに皆はうなずいた。彼女はどこからどう考えても有能だった。
しかし、蔡礼部尚書それ以上に言葉を紡いだ。


「御上は騙されておいでだ。彼女は人ではない。化け物だ。能力で幻術を見せられているのだ」


羨むもの妬むもの弱者であるはずの女性だということを、認めたくないものがざわざわと騒ぐ。
そうだ、そうだと、合いの手をうって、化け物はいらないといい始めた。
鳳珠は、細い肩をした少女を思い出した。泣きたくても泣けない、笑いたくても笑えない少女を。


「黙れ」


殺気をも含んだ美しい声に、その場は静寂に包まれた。
それを一身に受けた蔡礼部尚書は普段ならば喪心しているが、もう落ちるところがない彼は言葉を続けた。


「ならばどうして彼女は現れない?それが真実だからではないか」


蔡礼部尚書はにやりと薄気味悪い顔で笑った。
その顔の意味が分かったものは近くにいた、鳳珠と黎深だった。
何をしたと、問い詰めようとしたとき。重い扉は開き、薄暗く感じた部屋に光が満ちた。
彼女は、いつものような無表情の顔で、何もなかったように存在していた。
髪には、いつもよりは華美なつくりで簡素な簪と2,3枚の碧い羽根が刺さっている。
数歩数歩動くたびに白い服が揺れる。
腰を折りその言葉を紡ぐまで、そこは彼女の独壇場だった。


「遅くなりました。ここに紅 参上いたしました」


言われた言葉に少しの間があった。劉輝は不覚にも目が奪われていた。秀麗の太陽のような強さではなく、月のような強さに。
はっと自分のすべきことを思い出すと劉輝は言った。


「紅 官史今回の事件でそなたには国試不正の疑惑がかけられている。質問に答えてくれるか」


「いかようにでも」


「そなたはなにものだ」


その言葉は全てのものの思いだった。は静かに頭を上げて劉輝の目を見た。
黎深はその様子を扇を開いてみていた。じっと目をから離さずに。


「御上、藍家の象徴であり、最後の切り札直紋は双龍蓮泉からとられた人物を知っていますか?」 


「藍 龍蓮だ」


急に話がずれたことに劉輝は虚をつかれた。
なぜ今こんな話をそう言おうとしたところで、は話を進めた。


「ならばお考えになりませんか。紅家もそれに対応する切り札がある。直紋は桐竹鳳麟」


劉輝はソレの意味する所を、うすうす感じ取った。もしその話が本当であるなら。
ちらりと黎深をみると扇で顔を隠しみえないようにしているがいやいやといった感じに答えを言った。


「紅 はもう一つの名がある。紅  桐麟それがどういうことか分かるだろう」


それを聞いた瞬間蔡礼部尚書は真っ青になった。鳳珠はいいざまと思いながらも、
内心複雑な気持ちでを見た。
あの子のすべて抱えこんでいるものの大きさに驚きながら。ソレと同時に色々な疑問が解消されていく。
劉輝は驚き、黎深とを見比べた。


「な、そのようなこと聞いたことが」


黎深は鼻で笑った。


「聞くも何も発表する前にいなくなったからな」


は、そのまま劉輝をみながら強い眼差しで言った。


「私は、紅 です。今の私は紅 桐麟ではない。だからこれは としての言葉
人は皆平等ではない。だからこそ争いはおこる。理不尽を少なくしたものがいい政治家
貴方が民のことを考えるならばその前にもっと近くにあるものを大切に」 


はそのままそこを出ようとしたが、真っ青な顔で俯いている蔡礼部尚書に近づくと。


「ああ、私の国試に疑問があるようで、蔡礼部尚書?」

「あ、いやその」


周りに聞こえないほどの小さな声ではいった。


「貴方の部下には残念ことを」


蔡礼部尚書はさらに顔を真っ青にさせ振るえた。


「っ」


「何度でも試してください。貴方のおきがすむまで」

いつもと同じ無表情で、普通と変わらない姿に、背中から冷たいものを感じた。
蔡礼部尚書はやっと悟った。相手にしてはいけないものがこの世にはいることを。
そして自分のこれからの未来が絶望しかないことを。





2008.1.23