着実に周りを侵していく。
白く、紅く、黒く、
誰もを受け入れ誰もを拒否して、
嘆きも笑いも怒りも楽しさもすべて失って
彼女は一体なんのために生きているのだろうか。
俺は、葵 長官にいわれ紅 について調べていた。
今年の最上及第 『彩華』となった人物。
名前でもわかるように紅家直縁の次女。
分かることは、そこまでだ。
紅 秀麗のことならばある程度の情報は手に入る。
だが、次女である紅 は謎が多すぎる。
そもそも今年初めて紅家直縁の次女がいることが分かった。
手に入れれた情報もそこからだ。
その紅 が、どうやって戸部尚書を推薦人と出来たのか。
吏部尚書を関してというのもあるが、戸部尚書は最初女性官史反対だったはずだ。
人脈の繋がりも気になる。
だから、 長官が俺に頼んだ。紅 の調査を。
調べているうちに、分かることは、
コイツの化け物具合だ。
まず人としての欲。
食欲、睡眠欲が極めて少ない。
夜が明くるのを見て、日が入る頃に起きている。
ご飯は、非常食のような乾米を少々口に含み茶を2〜3杯飲んで終わりだ。
なぜか、分かったことだ。
紅 の食べるものすべてに毒が少量だが含まれている。
最初食べてから次に口にすることがなくなった。
狙われている殺気など敏感で、
があえて俺のような目線は放って置かれているようだ。
ここで分かることはコイツは狙われていることに慣れている。
そしてそれに対処できる力もある。
少なくとも毒が分かるくらいの知識もある。
次に、感情の起伏のなさ。
俺は、ここまで無表情の奴を見たことはない。
長官も大概でないが、コイツのは気味が悪いくらいだ。
顔はそれなりに整っているので、喋るだけの人形に見える。
それがいいって奴もいるが俺には理解しかねる。
そして、仕事の出来具合。
文句がない。
この言葉に尽きる。貶す言葉さえ出ない。
常に冷静沈着、頭の回転もいい。
こんなに仕事が出来る奴は少ない。
女とかそれ以前の問題だ。
そもそも、紅 を、女として分類されるのだろうか。
まだ長女である、紅 秀麗のほうが、女と意識はされる。
だからといって、人気がないわけでもない。
庭師達からは、姉御と、厨房からは、新星と呼ばれている。
官史内でも、ちらほらと特に上官に人気高い。
が、千差万別に好感を持たれているようではない。
今。
彼女の功績に嫉妬した人間が彼女を囲っている。
報われない馬鹿な男たちもいたものだ。
頭で勝てないと思うとすぐ暴力にはしる。
紅 は、やはりというか無表情だった。
怒鳴る。罵倒する。
彼女は何もないかのようにそこに立っている。
歪な光景。
言っているほうが、打撃を受けている。
負け犬の遠吠えとは、まさにこのことだ。
そして、こいつらの考えない衝動だけの行為は、
パシン
男として最悪な行動にうつった。
ここで、助けたほうが後々のことを考えるといいと思い、足を進めたが、
彼女の姿がない。
男たちが慌てふためき、逃げていく。
まさか。
それは、現実となった。
木々が折れる音、
何かが、地面に叩きつけられる音。
最悪を想像した。
真っ赤な、冷たくなった人形を。
最後まで、無表情のまま、彼女はいなくなるのか。
何か、胸の中に、言い知れぬ鉛のようなものが積まれていくのを感じた。
久しぶりにいい使える人材がいなくなって、
折角何日も仕事そっちのけで捜査した事が、すべて水の泡になった。
この胸の苦しさは、そのせいだ。
急な喪失感も、やるさなさも、
俺の中で彼女は人形のままで終わった。
太陽が煌々と照りつける。
雲もない快晴の元、報告をしに行こうと廊下を歩こうとしたが、
下から、
「っう、折れたか」
小さな声がした。
下を見れば、人が動いているのが見えた。
彼女は、動いていた。生きていた。
この高さを、骨折だけで終わらしたことの疑問もあるが、
それよりも何より安堵している自分がいた。
その理由を考えるよりも、彼女の確認をするため急いで下へ降り、
ありえない光景を目にする。
頭が、拒否する、受け入れない。とかではない、
もはや受けいれる場所が違う。
頭の中で、そこは違う部署ですよ。と笑う長官が現れた。
注意してくれる時点でありえない。丁寧語もおかしい、というか笑うって。
現実逃避。冷静になれ俺。
俺は誰だ。陸 清雅で、監察御史。長官の顔を思い出すんだ。鉢巻を!
その日俺は紅 の姿を見失った。
分かったのは、腕を折ったことだけ、その後の追跡すら出来なかった。
その時見ていた情報を簡潔に言えば、無表情ではなかった。
手の中にあるものをそっと撫でていて。
なんていえばいいのか、喜怒哀楽では表現しきれない顔だった。
俺はその顔を思い出しながら、思う。
化け物と言われても、彼女はきっと傷つかない。
誰かに利用されても、彼女はきっと嘆かない。
知らない振りをして、すべてを知っていて。
誰かを傷つけても、自分を傷つけても、
思い続けて、愛し続けて、一人でい続けて、
そして、今も
誰にも気付かれないように、誰からの助けも必要としないで、
利き手ではない手を使って何時の量をこなす。
手は、応急処置を施してあるらしい。
それは見事で、事件を見ていた自分でさえも本当に怪我をしているのか疑うくらいに。
でも、よくよくみれば
利き手である彼女の左手は、さっきからまったく動かず物置のように机の上に置かれているし、
仕事の速さが少々遅くなった。
昨日の夜は、徹夜だったのだろう。うっすら、目のしたにくまが出来ている。
そんなことも知らない能天気三人組みには反吐が出る。
それから、数日経って、
彼女は、右手で全ての物事ができる様になっていた。
影で、色々と手伝ってしまうほど、劣悪なことが少なくなっていて、
その日も、
彼女は、三人といた。
あいかわらずな三人組を、彼女はどこか眩しそうで遠くに見ていた。
何日間も彼女を観察しているうちに、表情の起伏の変化が分かるようになった。
最初の人形との言葉よりも、まだ14、15の餓鬼ということがしっくりするくらい、彼女は人だった。
何をもってそういうのかは
自分でもよく分からないが、大人にはない何かを漠然ととらえたのだろう。
紅 、
その知識、頭の回転、根性どれもが一級品だ。
ただ、彼女にこの場所はえらく似合わない。
そこで、俺の調査は終わった。
紅 秀麗 紅
両名が、国試において不正を働いて及第したという噂が流れ始めたのは、調査が終わってすぐだった。
2007.12.12