姉様。どうか自分の道を進んでください。
決して脇目もふらず。
振り向かないで。


私は貴方を守る。
それが約束。
それが私と母親の最後の約束。









鳳珠邸で雨の音が響く中、
紅い服を着、扇を持った男が声を出した。


「本気か?」


「本気です。」


先ほどまでは、鳳珠とが二人で話していた。
雨の日のなかでゆっくりと話しながら過ごす一日もいいなと感じていたのに
それを不法侵入者に邪魔された。


「黎深。貴様、急に人の話に入ってくるな。」


ぎろりと睨みつけても、黎深はの方を向いていて、
まったく話を聞いていない。
そういえばのほうをちゃんと直視してみているのはこれが初めてのことだ。


「・・・・・・自分を理解したうえで?」


「叔父上もそうでしょう?」


「私は洟垂れ小僧に膝を折ってはいない。」


「私もです。」


二人はにらみ合っているといっても、黎深が一方的にを睨み、
が、黎深を見上げる形となっていた。


「なぜだ?」


「私は知られていない。それが違い。」


「最後まで付き合うつもりか。」


「それはどうでしょうか?」


雨の音が強くなった。
黎深は持っていた扇を閉じると


「許可する。だがわかっているだろうな。」


「ええ。」


二人だけで分かる話をされて内心面白くはない鳳珠は、
大まかにだがことの情報を理解した。
そして一番の疑問を尋ねた。


「名前はどうするんだ。」


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


二人は、鳳珠のほうをみつめたまま動かない。
こいつらは確かに天才だが、・・・・・・・なにか抜けていると気が付いたのは前のことだ。
許可するという手紙がきてから、なぜか黎深はちょくちょく訪れるようになった。
そのときの二人の言い合いで、常人には理解できない内容になっていくその様を見て
二人に似ている血と同じ才能をもって生まれた類似点を見つけてしまった。
その嫌な沈黙の中、黎深がポツリと呟いた。


「もうばれてしまって良いではないか。」


「叔父上が姉さまに姿を出せないのと一緒ですよ。」


「う、うるさい。しかも絳攸にも本当の名前言ってないだろう?」


「彼はいいんですが、彼の友人が。」


ピクリと黎深の眉が動いた。


「藍 楸瑛 か。それがどうした。」


「探られてますので。」


「なんだ失敗でもしたか。」


「いいえ。あ、そういえば。」


は急に黙り込み思案し始めた。
黎深は気になっているようだが、声をかけようか迷っているようだ。
こいつは。
鳳珠はに声をかけた。


「どうかしたのか。」


まだ下に顔を向けていたが、考えて終わったようだ。


「どちらにしよ。分かられるか。」


「どうやら年貢の納め時のようだな。」


小ばかにしたようにを見る黎深を綺麗に無視し
は鳳珠のほうを向いた。
黎深は知ってるようで知らないのだろう。
がこちらのほうを向いたら、嫌な顔を向こうのほうでしていた。


「鳳珠すまないが、推薦頼めるか?」


そういったときの奴の顔が面白かった。百面相そういう表現しかできない。
言いたいことがなんとなく分かったが、黎深にこれ以上を取られるのは癪だし、
は黎深より私のことを頼ってくれるという事実が嬉しい。


「ああ。かまわないが、どうした?」


「終わったら話す。あと名前の件だが、」





彼女が何を考えてここに来たのかは分かった。
家族には自分のことを知られたくないくせに、傍で見守ることもせずただじっと時がたつのを
待っていた彼女は


すべてをよんでいたのだろう。




その年、国試に初めて女性官吏が導入された年。










2007・6・28