鍋を食べ終わったかと思うと急に眉間にしわを寄せて考え始めた。
夏なのに鍋を食べたからだろうか。
季節を感じたいから夏に鍋を食べる彼は変わっていると思う。

「人って言う字はなんであんな理不尽なんだと思う?」


「理不尽?支えあっているのでなく?」


とうとう頭にきたか。


「違うよ。どう見ても左が楽してる。で、僕が思うに、人って言うのはね」




右は頼られことを許し左は頼ることを許している。
そんな関係。









。私と一緒に来い。


普段の頭なら考えられた。
叔父上もいるというのに私の頭はただぼんやりと今言われた意味を反芻していた。


意味が分からない。


けど、どうしてか頭の中では夏だからここは鍋にしようとよく分からないことをいいながら
ニコニコ笑って怒って泣いてめちゃくちゃな性格をしていたあの人がいて。



羨ましかった。憧れていた。愛していた。



最後に握った彼の手は、寒い雪が降っているのになぜか暖かくて。
今握られた手から感じる体温は同じでも何かが違うと訴えている。





叔父上がここに来たらどういうか分かっていた。
だから叔父上がここに乗り込んできたときが私がこの家から去るときそう決めていた。
彼に気が付かないように回りに知られないように注意しているつもりだったが、
叔父上は今ここにいる。

それが意味することなんて簡単で、
私は紅家にとって異端で

鳳珠にこれ以上迷惑はかけられない。

まだ凶手は送られても居ないし叔父上しか気付いていないだろう。
けど、一人でも知られればもうダメなんだ。

本当は、私は鳳珠の優しさに恐怖を抱き始めた。


私は変われない。
変われない。


けど変わったと言われた。それがあの人だけだったら良かった。
私を変えたのがあの人だけなら。
けど違う。
あの人と一緒にいたころの私と今の私とでは。


弱くなる。
強くありたいのに。


愛を知ったから。もうこれ以上は求めないことにした。
あそこで私の生きる意味は終わった。
他の誰かに愛してもらおうなんて考えてなくて他の誰かを愛すなんて考えてなくて



母様。
だから私は貴方からその言葉を聴きたくなかった。
そして鳳珠。
私を捨てて、もう戻らなくちゃいけない。
私はずっとあの人しか・・・あの人以外。








「いらない。」


長い沈黙を破り彼女は蚊の鳴くような声で言った。
いつも人の目を見据え喋る彼女が下を向いたままこちらを見ないで


「私は永遠に誰かと共にいることは出来ない。
だって私は。」


。」


その声をかけたのは私じゃなく冷たい顔を引っ付けて兄と姪以外に崩さない顔を酷く歪めて
彼女の名を呼んだ。
それ以上言うなと目で語っていたがはピクリと動いただけで言葉を続けた。
ゆるゆると顔を上げながら。


「私はあの人を愛している。」


彼女の瞳からとめどなく涙が溢れていた。
透明で清らかで純粋なそれは私にとって毒だった。
振りほどこうとした力は弱弱しくて

彼女が誰かを愛していることなんてあのときから分かっていたけど。
それを知った上で私は彼女を愛している。この気持ちは嘘ではなかった。
早急すぎた申し入れを彼女が断ることが分かっても、
そうしなければ止めることなど出来なかったし
なにより。

その事実は必要なことだった。



彼女は愛しているといいながら泣くんだ。



「なら傍にいろ。」


「どうして」


「お前が泣くからだ。」


「違う。私は泣いてなどいない。手を離せ。」


「愛してなくとも頼ることは出来るだろう。お前はまだ子供だ。」


「どうして・・・・そんなこと望んじゃいないのに。」


私は、ずっと一人でいなければ。
だけど

誰かにずっと言って欲しかった。
頼ることを許したかった。


私だって人だから。



はそのまますっと意識を飛ばした。
彼女は鳳珠の腕の中におさまり涙は雫となっていた。
黎深はその姿を顔をしかめながら見ていたが明らかにほっとしている。
こいつは本当に不器用だ。



「黎深。は私が預かる。」


「・・・・・どうなっても知らないぞ。」


「ふん。お前も素直になれば傍にいれたのにな。」


「うるさい!!!」


小さな声で黎深は怒鳴った。











2007・6・14


追記


諦めたんではなく見守る愛情。黎深は不器用すぎる愛情。