その人は悲しいことを無表情に語る人だった。
なんとも思わないのか、それとも我慢しているのか。
どちらでも良かったんだ。
ただそれ以上言わせたくなかった。
「久しぶりだな。」
「お、おまえはあのときの。」
「なぜ、会うたびお前は・・・・歩き疲れているのだ。」
言い換えられたが、
目では、なぜ迷子になっているのだ?と問いかけられた。
「う、きょ今日は仕事疲れだ。」
「そうか。お疲れさん。」
「ああ。」
サワサワと木々が揺れる音がした。
戸部で働いている人がいるのだろうか。
月もない暗闇のなか、遠くのほうで光が揺らめいている。
心地の良い風と共に、絳攸は、ある一つの疑問に辿りついた。
「まて、今さりげなく流したがお前なんでここにいる?」
「ああ。友人の手伝いといったとこだ。」
「友人?誰だ。」
「・・・・お前のように働きすぎで倒れこんでる。」
「お前」
そこで絳攸は口を閉ざした。
自分の養い親の忠告を唐突に思い出したからだ。
近づくなといった。無視しろと。
どういった経緯でそういったか知らないが、
絳攸にとって黎深の言葉は軽んじるものではなかった。
は、急に喋らなくなった絳攸をみて何かに気づき
そして、サクサクと足音を踏み鳴らしてその場を立ち去ろうとした。
その姿を見て絳攸は慌てて顔を挙げた。
「ま、まて。」
その言葉に振り返ることなく歩いていた足音はとまり、
声は絳攸のほうへと向いた。
「なぜ止める?」
「なぜ、って。」
「言われたのだろ。あの人に私に近づくなと。私もそう思う。」
「何をだ。」
「近づいてもいい事はない。」
雲に隠れた月がの顔を照らした。
相変わらず整えられた黒髪が風にさらさらと揺れ、
古びた簪に付いた小さい赤い珠だけが妖しく光り輝いている。
瞳は、その珠よりも赤い紅。
会ったときと同じ白さを抱いていた。
ずっと見たいと思い続けていた瞳でも、なぜだか目を背けたくなった。
何も読み解くことが出来ない、何も感じていないような表情。
でも、これ以上その言葉をつなげさせたくなかった。
悲しい言葉を紡いで欲しくなかった。
「私は、「もういい。」」
「もういい。」
「そうか。」
は、言葉をさえぎる絳攸に疑問を抱きながらも、
理解したのだと思いまた歩き出そうとしたが、
後ろからかけられた声で踏みとどまった。
「俺は、李 絳攸だ。お前は?」
「・・・・。」
少し間をあけは答えた。
「。」
絳攸は、その言葉を反芻した。
ようやく知りたかったものを知れた達成感。
それだけが頭の中を占めていた。
「また会うだろう。縁がつながった。
ああ、それとこれを持っていれば戻れる。
私は戻らねばいけない。そろそろ時間だ。」
は、絳攸に一枚の札を渡すと
足早に行こうとしていた場所へ歩いていった。
絳攸は、その札を見ながらようやく頭に情報が届き、叫んだ。
「ゆ、だと〜〜〜。」
「鳳珠。」
は、戸部で唯一明かりがついている部屋の扉を開けた。
戸部の人々は皆ダウンしてこれ以上ここにいても
無駄だと判断したためが鳳珠に言って帰らせた。
だから、今ココで働いているのは、鳳珠と、戸部侍郎・景 柚梨しかいない。
しかし、二人は筆を走らすことなくすやすやと熟睡していた。
事は少し時間を巻き戻す。
鳳珠はいくら言っても聞かず、仕事を続けるので景侍郎と画策し
すこ〜し眠る薬湯を渡した。
が、
ただの薬湯だとあなどるなかれ。
は、かの伝説の医仙直伝の技を持っている。
つまり、
鳳珠は熟睡状態となった。
それを見ていた景侍郎はニコニコしながら
「くんがいてくれて助かります。鳳珠は何言っても聞かないんですから。」
「景侍郎がいてくれなければ潰れていただろう。」
「て、照れますね。面として言われると。」
「だから、休め。」
はどこからまもなく出した布団を引き、無理やり景侍郎を寝かした。
景侍郎は、どこか不器用ながら率直な行動に笑いながらも
「あ、くん何仕事しようとしてるんですか。
ずっと朝から働きっぱなしなのは貴方もなんですよ。だからくん貴方も寝なさい。」
景侍郎は起き出し戒めようとしたが急に、目がかすれ信じられないほどの睡魔が襲った。
思い当たることといえば、さっき出されたお茶を飲んだことだろう。
やられた。そう思うと景侍郎は重い瞼を閉めた。
は黙々と仕事をしていたが、
ふいに何か人の気配を感じ外へ出た、誰かの声がする。
そして李 絳攸との出会い。
それは、あの人の繋がりともなった。
は、もう少しで起きるであろう鳳珠の傍に座り込んだ。
いくら体が人よりも頑丈であってもさすがに睡魔が訪れた。
それでも、目を閉じることが出来ないのは、理解しがたい絳攸の行動のせいだった。
近づくなと言われたはずなのに、自ら近づいてきたその感情をは知らなかった。
ああ、前もこんなことがあったな。
龍蓮もそうだった。
うつらうつらしながら、は鳳珠の傍に重なるように身を落としていった。
夢の中だけ会えるあの人の景色は今も変わらないのに、
自分の景色が徐々に変わることに鈍痛を覚えながら。
2007・5・2