何でここにいるとか。
どうやって入ってきたとか忘れてしまうくらい。
会えたことが嬉しかった。
あの夜から。
一度も会うこともない女。
情報を掴もうとしたが、紅家につぶされてしまった。
いや、もとい黎深様によって妨害された。
黎深様は、ああみえても全てのことに意味を見出す方だ。
だからこそ、あの女と会ってから黎深様の様子のおかしさは際立った。
百合姫様はそれを見て、仕方のない人と呆れ苦笑していた。
黎深様はあの女を知っている。
あの夜の晩。
絳攸は、促されてこの室まで来ると扇で口元を隠したまま
前の湯飲みを眺めたまま動かない自分の養い親の姿があった。
「黎深様。先ほどの女性は誰なんですか。」
「・・・・・・・」
「黎深様?」
「・・・・・・・」
「黎深様!!!」
「!!!なんだ絳攸。でかい声を耳元で叫ぶな。聞こえている」
「三回も言いましたが。」
「・・・・・で用件はなんだ。」
「(はぐらかしたな) いえ、ただその先ほどの女性は。」
「どうやってあれが女だと分かった?」
黎深は、眼差しを絳攸に向けず尋ねた。
「つい、フードを取ってしまいまして。」
なぜこんなことを聞くのか不思議だったが絳攸は答えると
黎深は扇をパチンとしめ席をたち扉の近くまで歩いた。
「ふん、未熟者だな。そうやすやすと取られるとは。帰ってきて鈍ったようだな。」
「・・・で誰なんですか。」
「知りたいのか?」
「・・・・・お礼を言わなくてはいけませんから。」
「あれに礼などいらん。言った所で分からんだろうしな。」
「し、しかし。」
黎深は、いつもならばそんなに女に興味を持たない絳攸が食い下がらない
ことにイライラしながらも、ある可能性を投げかけた。
「なんだ。絳攸もしかして惚れたのか?」
「な、違います。俺はただ礼を。」
顔を急激に真っ赤かに染め上げた姿を見た黎深は、少し間を空けると
怜悧冷徹冷酷非情な氷の長官と噂高い顔を絳攸に向けた。
「・・・・あいつは顔だけはいいからな。絳攸。今後一切あれに会っても無視しろ。分かったな。」
「な。」
理不尽なことに絳攸は反抗しようとしたが、黎深の気迫に押されてしまって何も言うことができなかった。
しかも、楸瑛から聞いた話だと
俺が行った後、尋ねに来たらしい。
名前は?と聞くと持っていた『』の絵を持ちながら微笑し
恋の駆け引きは、少しぐらい障害があった方がいい。やらなんやらで
はぐらかされてしまった。
あの日から彼女を忘れることはなかった。
黎深様の言うように顔もあるかもしれないしかし、何よりあの瞳。
一瞬で惹き込まれてしまった。
たぶん、自分がこうも会いたいと思うのは、
あの瞳をもう一度だけ見たいのと、ちゃんとした礼をしようという思いからだろう。
しかしこうも忙しいとそんなことを思っていることも出来ない。
絳攸は目の前に佇む書簡の山を睨みつけ
意図的な何かを感じながらも一番上においてあった書簡に手を伸ばした。
少しして頭を上げると日は暮れ闇夜に星が散らばっていた。
絳攸は、最後の書簡を閉じた。
大きな伸びをすると疲れが少しでも和らいだような気がする。
絳攸は、帰り支度をしようと席を立った。
てくてくと誰もいない廊下を歩いていく。
昼とは違った顔を見せる庭は、畏まった様な優美さよりも落ち着いた淑やかさが際立った。
新鮮な空気を吸いこんだ。
そういえば戸部に人を送らなくては、明日食事会のときでも話すか。
戸部に人材を求められたとき。
いい機会だと思った。それは、秀麗にとってもこれからの政治にとっても。
あとは、秀麗の働きに掛かっている。
だが、師匠としての評価は、決して低いものではない。
そうあれこれと考えていると、
案の定。
「ここは、どこだ。」
迷った。
ちゃんと印どうり着たはずなのに、誰かいじくったな。
絳攸は、今日の仕事疲れでもうくたくたなのに。
あまつさえ迷子になり・・・・限界だった。
「くそ、ここはどこだ。」
「戸部前の庭だ。」
返ってくるはずのない問いかけに答えが返ってきた。
絳攸は、周りを見渡したが誰もおらず
疲れから来る幻聴だと思った。
そこまでいってしまったか。とうつろな目でもう動かない足をとめ座り込んだ。
「はぁ。もう疲れた。」
「そうか。でもココで眠ると朝発見した人が驚くだろうな。」
「く、幻聴の割にはなかなか正論をはく。」
「幻聴?ああ、そうか。」
シュト。
そんな音がするかと思えば、いきなり現れた人影。
「久しいな。相変わらず同じ状況だが。」
「っ、おまえは。」
フードも被らず自分と同じ官史姿に身をやつした会いたいと願っていた女がそこにいた。
2007・4・29