ただ。
ただ知りたいと思ったんだ。君の事。
はじめは、親友が気にかけている人物として。
じゃ、次はどうなるだろう?
今日絳攸の邸を尋ねたのは意味があった。
弟が愛している人物・紅 の調査とその人物を見極めること。
藍家の力を総動員しても得られた情報はわずかしかない
意図的に隠されたとしかいえないほど少ない。
酒を注ぎ月を仰ぎ見た。
煌々と光る円を眺めながら先ほどのことを思い出し楸瑛はひとりほすく笑んだ。
出された食事にも手をつけず、考え込んでいる絳攸をみて
おや。っと楸瑛は思った。面白いくらい百面相をしている。
これはもしかするともしかするかもしれない。
「とうとう君にも春が訪れたのかな?」
そうつついてみれば顔をみるみるゆでだこの様に赤くして怒鳴りつけられた。
「ば、馬鹿なことにうな。ただ黎深様の知り合いで該当する人物が見当たらなくてだな。」
しどろもどろになりながら言葉を紡ぐ友人を見て楸瑛は笑みを深めた。
やっぱり、かの友人は自覚していない。
なんでそんなに気に掛かるのかと言うことを
・・・・面白いな。
「名前は知らないのかい?」
「・・・・聞き忘れた。しかも名乗ってもいない。」
頭を抱え込んだ友人の姿を見、
他のことには気が回るのにどうしてここぞというときに・・・・
まったくてのかかる友人だとおもいながらも
「だったら、今ならばまだいるだろう?終わったら聞きに言ったらどうだい?」
そういうなりなにか考えて絳攸はすっくと黙って出て行った。
桜の花びらが歌っている。最後の歌と言わんばかりに、
そしてその名残の破片を楸瑛の杯のなかに落ち楸瑛はそれを飲み干すと
「彼の恋も実ればいいのにね。
けどあの堅物をあって直ぐに落とすとは見てみたかったな。」
と一人、月見酒を楽しんでいた。
誰かが廊下に立っている気配がし、楸瑛は剣をとり
「誰だ?」
「・・・・案内係だ。さきほどの人物は・・どうやらいきちがいのようだな。」
楸瑛は剣をおさめ頭を押さえた
絳攸。君すごく間が悪いよ。
「彼は、今黎深様の所へいっているよ。直ぐに帰ってくるからどうだい?一緒に月見など?」
「・・・・帰るべき場所へそろそろ時間だ。」
行こうとするを楸瑛は慌ててとめた。
「ちっちょっと待って、少しの間だけでいいから。」
「分かった。」
は、手を扉から離し腰を降ろした。
「私は藍 楸瑛。君は?」
「・・・・。」
「か。今流行している絵描きと同じ名だね。」
「ああ、そうだな。」
「彼の名前は李 絳攸。だよ」
「その名は知っている。最年少の16歳という破格の若さで国試に状元及第し、朝廷に入った。
若き吏部侍郎で、主上付きだろう?」
「すごいね。君は政治に興味があるのかい?」
「なくともこれくらいの情報は大体知っているだろう?」
「まぁ有名だしね。」
それでも、普通はそんなに詳しく知らないだろうという言葉を飲み込んだ。
自分の弟を持っているから分かるが、彼女は、おそらく。
楸瑛はその考えを抱きながらも彼女の会話に耳を傾けた。
「お前もなかなか有名だぞ。とくに女遊びのほうがな。」
「ははは。手厳しいね。」
「そうか。私は思ったことを言っただけだ。」
は不思議そうに頭を傾けた。
それから、しばらくの沈黙。
重い沈黙ではなくそうあるべきの沈黙だった。
「美しいね。今日の月は美しいけれどそれ以上に君は美しい。」
楸瑛はに囁くように語り掛けた。
「・・・それで女は落ちるのか?」
はただ冷静に動じることなくその対応に答えた。
「はははは。そういわれたのは初めてだよ。月の君。」
楸瑛は苦笑いをたたえながらも、自分が本当に笑っていることを感じた。
初対面でしかも女性の目の前の人物でこのようなことありえなかった。
だからだろうか。
「雪が嫌いか?」
の問いかけに一瞬動きを止めたが直ぐ戻し笑顔で答えた。
その笑顔は先ほどのようなものは無くいつものような笑顔をはりつけて。
「なぜそう思うんだい?」
「雪をはずしたからだ。自然な流れだったが名前から雪を消した。」
「ふふ、考えすぎだよ。ただ君は月に良く映えるだろうなと思っただけさ。
それをとってくれないかい?君の顔が見たい。」
楸瑛はすっとのフードに手をかけようとしたがさえぎられ
「ここでは無理だ。おいでになったようだし。そうだ、これを。」
は胸元から一枚の紙を楸瑛に渡した。それを受けたった瞬間
ドスドスドス
その音がしたかと思うと目の前にいた人物はいなくなり
ただ、彼女がいた場所には深々と数本の短剣が刺さっていた。
楸瑛は、急いで扉を開けるとそこには我が友のやつれきった姿。
なにやらありえん。とぶつぶつと呟いていたが、
楸瑛の姿をみると驚いた顔をして
「どうしたんだ。楸瑛。なにかあったのか。」
「いいや。なんでもない。」
元の場所へ戻ると短剣はもう回収されており一枚の紙だけが彼女がここにいた証拠となった。
楸瑛は拾い上げて覗き込むと
「ははは。これはやられた。」
その絵を持ちながら高々に笑い始めた。
絳攸は不思議そうにのぞきこむとその絵を指しながら
「どうしたんだこれ。
有名な『』の絵じゃないかしかも雪の絵なんて、はじめてみたぞ。」
「ああ、どうやら本物だったらしい。」
「なにがだ?」
しかし楸瑛はその絵を見ながら笑っているだけで答えようとしない。
訳が分かない絳攸は、薄気味悪く楸瑛を見ながら。
酒を飲み始めた。
「まったく。お前といい黎深様といい訳が分からん。」
その様子をいつもと変わらない光で月はほのかに照らし出していた。
2007・4・18