昔、『スズシロ』と呼ばれていなかった頃。
泣き虫とか、役に立たないお荷物とか言われた頃。


苦しかったけど、思い返せば幸せだった。


息が上がる。苦しいをこえ痛い。
呼吸がどんなに難しいか、大切なものか知る。

肩からの血が服に染み渡っている。
しくじった。思っても見ないところに忍びが隠れていた。
情報が漏れていたのだろう。


ここの場所がどこだか分からないくらい頭の中はもやがかって。
後ろから聞こえる他の人物の息ずかい。

とうとう足まで来たのか。
崩れ落ちる。地面が近づく。

ひんやりと冷たい土の上で、仰向けになる。
自分の最後なんてまったく考えていなかったわけではない。
ただどこか自分はならないだろうという驕りがあった。

これで私も終わりか。
空は星が光り月が煌々と辺りを照らしていた。
最後くらい何かしらあってもいいと思う。けど、あるわけが無い。

自害すべきだと、忍びとしての私が言う。情報が漏れる前に、任務が果たせぬ前に。
けど、昔確かに私だったものが、まだ生きろという。
死ぬな、生きれ、なんとしてでも泥の中をはえずってでも生きろと。


どうしたいんだ。私は。
考えるよりも体は動きだしている。

なんで?私は生きて何がしたいのか。そこまで生に執着するものなんて。
なにもないのに。


頭の隅で、紅い人がチラついた。それだけ。


頭がぼうっとする。背中の痛みは感じない。。ただ腕の力だけで、前へ前へと進む。
どこへ行くのでもなしに。私は生きようとしていた。


唐突に上から声がした。


「生きたいのか」


かすんだ目で顔を上げた。
真っ暗で姿かたちがはっきりしたものではないでも、片目がギラギラと光っていた。
飲み込まれそうなそれに、畏怖も何も抱かない。純粋に美しいと思った。
死神でもこいつならいいような気がして。

短気な死神は、せかすようにもう一度いった。
生きたいか、と?答えなどもうとっくに出ているようなもの。
私はにっこりと笑った。


そして、そこから闇の世界へと連れ込まれた。
最後に見たのは、誰かの笑顔だった。



「政宗様。そのような忍びを助けるんですか?」


「あぁ〜ん?なんだ小十郎まさか俺がこいつにやられると?」


「スパイの可能性も」


「ないってことくらいお前も分かるだろう」


「しかし、このものどこかの忍びなのですよ。政宗様、小十郎は反対です」


「小十郎。俺の言うことが聞けねぇか?」


小十郎は胃を抑えた。
こうなってしまえば何を言っても無駄だ。
政宗は、腕に抱えた血だらけの忍びを見て妖しく笑った。

「こいつは俺のもんだ」