近くにいるけど、遠い人
「スズシロ」
あの方に呼ばれる。ただそれだけで心を虫に食べられ暴れられているような気持ちなる。
そしてなぜなのか自分に詰問するのだ。
答えが出ないことを分かりながら。
「佐助が、いないので今日の晩飯の仕度を頼むぞ」
「ハイ」
会話だけでは分からないだろう。私は忍び。
使用方法をいくらか間違えているこの方は、私の主の部下、真田 幸村様
私の主は、武田 信玄様だが、よく貸し出される。
佐助様が居られないときは、私を呼び。
主に食事を作っている。
「スズシロ」
警護についていると、夜の静寂さとは無縁な声が響いた。
暑苦しいとよく呼ばれる彼だが、さすがに夜は静かだ。
人間離れして焔を出せる彼だが、そのようなところに人間だと言う事実を見る。
それはいいことだろうか?詰問しても答えが出ないならこの行動に意味はなさない。
でも、してしまう。私はなんて愚かなのだろうか。
そうこうしているうちに、彼は話し始めている。
よく破廉恥破廉恥と、連呼しているが彼は女慣れしていると思う。
さりげなく風の吹いている方向に体を変えてくれた。
これは私の勝手な推測に過ぎない。実にご都合よく私は彼を美化している。
でも、そんなもんだろう。
他者からの評価は実に都合よく、困ったことにそれが自身となってしまう。
自身はこうあるべきだと押し付けられるのだから、そうなってしまうのは頷ける。
またはこうなんだと思い込む場合だ。
だからこそ私は評価しない。誰か一個人を決め付けない。知ろうとしない。
ここで矛盾が生じる。
・・・・・・人間だからしょうがない。
それにしても幸村様は一忍によく喋るな。
きっと佐助様がいない不安もあるのだろう。
幸村様と佐助様のように絆というのも憧れる。
私も信玄様との関係がそうであればいいと思う。
信玄様はおおらかで優しい方、私たちが傷つくのを嫌う。
でも、戦乱のこの世は誰かの犠牲で成り立っている。
今日も一羽のカラスが地に落ちた。
仕方がないことだ。摂理だと、勝手ないい訳つけて仲間の死を泣けなくなったのは何時からだろう。
私は常に詰問する自身を。
なぜそれをするのか?考えなくなった途端私は動物に成り下がるからだ。
食べて寝て殺しあって。
子供の泣き声が遠くに聞こえた。母親を求める声。
その声はわずわらしく、うっとうしいもので、
小さい頃泣いてばかりいたのを思い出した。
忍びの癖にと言われ続けた。
いくら罵られても励まされても泣き続けた。
他の者が信じられなかった。
昨日まで楽しそうに喋っていたものがもう二度と喋らなくなる。
暖かかったものが冷たく肉としての質感を残したまま地に横たわっている。
昔誰かにそれを言ったことがあった。
誰かは苦笑して、でも嬉しそうに
死んだら泣いてくれるモノがいることは救われるそう言っていた。
その誰かを今私は救うことが出来ない。
子供は、母親でも見つけたのだろうか。
いつの間にか止まっていた。
「スズシロ」
遠くで私を呼ぶ声がする。もしその声がなくなったとき私は。
・・・・・・もしなど考えてはいけない。本当になったときの準備なんてくだらなすぎる。
今日もただ任務を遂行するだけ。
段々と地は荒れ果てて、脅威が甲斐にも迫ってきている。
それは肌で感じるほどに、
私にも任務が来た。
いつものようではなく、忍びとしての仕事が。
忍び以外の仕事があることに甲斐では不思議はない。
なんせ忍びの長がごはんをつくっているのだから。
任務は、簡単と言ってしまえば簡単。
だが場所が悪い。
この任務にもう幾人が失敗している。
私の腕は、そこそこだ。
佐助様ぐらいいかないも、信玄様を影で少し守ることが出来る腕。
これは私的価値観。それ以外には頼るものがないから一番正確で一番信用できる情報。
結論から言うと
生きて帰れるだろう。
だが、なぜか薄ら寒さを肌で感じる。
昔同僚が同じことを言っていた。
寂しそうな顔でヤツレタ顔して笑って、なんていっていいのか分からず私はただ沈黙を守っていた。
そして彼は・・・・・・もう飛べなくなっていた。
感じてしまったその感触をぬぐうように腕を手でさすった。
温まることなどない、
手は冷えていて体は冷えているけど肌が感じる生ぬるさはどこから来るのか。
「スズシロ」
普段の赤の雰囲気がある彼は自然と一体化して碧を思わせた。
なぜこのような場所で護衛さえつれないで貴方がいるのか。
いえ、護衛よりも貴方は強いですが。
怪訝な顔をしていたのがばれたらしい。隠すつもりも微塵もなかったのだからしょうがない。
彼は拗ねた顔で、年相当の顔で、
「俺がいてはいけぬのか?」
「いいえ」
時に彼は自分の見目をわかっているんじゃないかと思うときがある。
その顔で言われて否定できる女は少ない。
その前に私は忍びだ。否定が出来る立場ではない。
佐助様は特別だが私は一忍び。
あんなベトベトできまい。
母親ですか。貴方は。と前言ったら、凄い顔された。
自覚はないらしい。
この静かな場所で穏やかなときが展開されている。
私はただ頷いて突っ込んで微笑んで、
この人は、私が明日行くことをしらない。
詰問する。なぜと?
きっと誰か話相手が欲しかったのだろう。
自惚れてはいけない。
でも、私の心の虫は放っておいてくれない。
暴れる。そして出ようで出ようとする何かを私は必死に抑える。
たわいもない話がまるで決まりきった芝居のように始まる。
あそこの甘味どころの餡子のぐあいから、鍛冶師の話。
今日のお館様の話。
隣で「おやかさあぁぁぁ」と吼えている。
彼のまだ幼さのこる顔が月に照らされ・・・美しかった。
今宵この方と一緒にいられてよかった。
素直な思いが出てくる、私は虫を押しとどめることに少々失敗している。
だから彼は私の顔を見てほうけている。
そんなに酷い顔をしたのか。鏡があれば見てみたい。
きっと目もあてれない顔だろう。
彼は顔色を変えて目を逸らしたのだから。
きっと醜いのだろう。
そして詰問する。
自身に、なぜこんなに痛いのかと、
答えは出ない。
それからゆっくりゆっくりと立ち上がり
「帰るぞ」
詰問しよう。
なぜこんなにもこんなにも彼は優しいのだろう。
私の一方的価値観
それなら
なぜそのように映るのか。
答えは出ない。
出ないことずくめだ。だがそれでいい。
そのほうがいいんだ。
生ぬるい感触は消えないそれでもぬぐうことは、もう出来ない。
手を掴まれてしまった。
そこの部分だけ熱を持っていて彼の所以に納得しながら、虫が小さく鳴った。
2007.12.2