もし、あそこで動かなければ、後悔するって思った。
後悔なんてもうしたくない。
目の前で守るべき人が死んでいくのはごめんだ。
だから、私は精一杯走って知盛を助けた。
死にたがりの阿呆は、私がいれば死ぬのをやめるようで、
なんとも勝手なお話だと思う。
その湾曲な考えを正すために、前の向日葵の世界を手放した私も
阿呆だけれど。
知盛が、私がいなくても、大丈夫だという日がいずれ来るだろう。
悲しいことだと思う程度には執着している自分もいるけれど、
だれだって旅立つ姿は涙するものだ。
時が経てば、いつか忘れて、
知盛が守りたいと願い生きたいと思わせた相手
と微笑む姿を遠くから笑ってみていれるようになる。
その頃には、私も一緒に歩みたいと、
生きたいと願う人がいればいいなあ。
そう思うものの、頭のすみのほうでは、その願いが、
憧れで、雲のような掴めるものではないような気がしていた。
どうしてだろう?
神子に恋愛ごとを言われたときに昔将臣に抱いた思いを掠めたけれど、
あれは青春みたいなもので、本気のおままごとだった気がする。
前より歳をとった今は、昔よりもそういったものから遠くなってしまった。
色々な要素があったんだと思う。
恋愛よりももっともっと深い思いを見てしまったというのが一番だけれど。
将臣を迎えに行くと、神子が走った。
神様。私、あなたのこと信じてないんだ。
私のこと、変な世界に飛ばしてさ、
それだけじゃなくて、ルシにあんな宿命背負わせて、見殺しにして。
だから私、神様って信じてない。
でも、今は違うんだ。神様は、確かにいる。
所々で奴の存在を感じる。
何かあると、人は神様神様助けてくださいっていうでしょう?
だから、神様はいるんだ。
ただ、神様は試していると思うんだ。
人がどういうものであるのかってね。
見ていることしかできないあんたは、大層暇がお嫌いなみたいだね。
じゃぁ、見せてあげるよ。愚かな人ってもんをさ。
向日葵と爽やかな風の懐かしい私の過去の世界、
血と海と硝煙の匂いが混じった今の世界。
瞬きする一回分の時間、二つの世界の狭間で私は考えた。
私は、誰よりなにより生きたい。
何があっても生きたい。
その気持ちで、ここまで生きてきた。
人を切り鬼となっても、泥水を飲んでも、
誰が泣いても、生きたかったからここまできた。
そうして、私の後ろにはいつの間にか一人ではなくなっていた。
大切なものが出来た。
私を慕う彼ら、ハチャメチャな平家の人たち、
だらしない私の主の知盛、
前の世界に戻れば幸せなくせに今の世界に残ることを選んだ将臣が、
女に戻って、平和な世界に生きろと言ってくれた弁慶、
温かな逃げ場所を作ってくれたリズ。
私の大事だと思う人達が、微笑み、大切に守りたいと思うのは、あの子だから。
馬鹿だね。私。
ああああああああああああああああああああああああああああ
誰かの叫び声が聞こえた。
人の声と言うにはあまりにも、獰猛で、悲愴で、
獣の声に近しいものだった。
叫びの後にトスっと炎を消すには小さすぎる音が響いた。
2011・4・7