ルシから外された私は、次の日から雑用係となった。
雑用係の仕事は、前の仕事より楽だったし、情報も手に入った。
どうやらこの場所は稲荷を祀る巫女一族、
つまりルシがおさめていたが、平家によって侵略されたらしい。
本来なら全員殺されるところを、ルシの強い神力とその美貌によって救われたらしい。
ルシの発言の強さはそういうことなのかとようやく納得した。
ルシの性格の悪さもようやく分かった。
前はルシ付きだったといえば、
皆がよく生きてたなとか、頑張ったよあんたといって慰めてくれる。
舞姫として教えられたといえば、
舞ってくれというものだから、舞えば素晴らしいと褒めてくれた。


「綺麗とは言い難いけど、なんかこう頑張ろうって気がするのよね」

「本当、ルシ様のに比べたらすごい下手だけどなんだかまた見たくなる」


一言、いや三言ほど多いけど、皆褒めてくれた。
初めて褒められて嬉しくて、言われれば舞うようになってたけれど
お偉いかたに見せるよりも、一緒に汗かいて仕事している人たちに見せるのが好きで、
隠れて舞っていた。


ルシから離れて数日経ったある日。
私はとうとうこの場所から逃げることを決意する。
もともと、さっさと逃げるつもりだったのだが、ルシのために遅れた。
月もない暗闇は私を隠して、前よりも上がった運動神経で逃げることは簡単。
こつこつと乾かしておいた食料と、取られていた衣服はとうの昔に取り返して隠してある。
この場所の人たちは嫌いじゃなかった、むしろここにいても良かった。
けれど、ふとした空白の時間に思うのだ、自分は違うのだと。
惨めでどうしようもなくて、居心地が悪くて、無性に帰りたくなる。
帰りたい。そのために妙な技を使う”鬼”と呼ばれた人物を探す。
それが生きる理由になっていた。


私ぐらいの人物なら放っておいてくれるだろう。
雑用がかりなぞ大将は覚えてないから。
ちらりとルシが頭をかすめたが、急にいらないと言われた
のに何を思えというんだと自嘲気味に笑って、
塀をこえようと足をかければ後ろから声をかけられた。


「待って!あなたがでしょう?」

なんてこった。見つかるの早すぎじゃない?

「あれです。ちょっと厠に行こうとして夢遊病な私の足が
違う方向に向かっていただけです」

「あなた逃げようとしてたでしょう」

「違います」

「いいの、誤魔化さなくても私はあなたの味方よ」

「はっ?」

「・・・・・・あなたにしか頼めないの。ルシ様を助けて差し上げて」





昔からルシを知っていたという女は話始めた。



ルシは、とても聡明で、美しく光に溢れた子供だった。
一族の中で歴代一、二といわれるほどの神力で人を癒し諭し導いてきた。
光の見えない彼女には、見えないはずの心がみえた。未来がみえた。

それによって人が信じられなくなった彼女。
人に触れることさえもできなくなった彼女。
平家に侵略されるときでさえ口を開くことがなくなってしまった彼女。

哀れでしょう?と女が私に同意を求めた


「何が?心が見えることが?そりゃそうなんだからしょうがない。
で、さっさと要件」

「あなたはルシ様を哀れだと思わないの?」

「まぁ、心がみえることは同情はするけどさ、だったら答えてよ。
触れないほど汚いってなに?
人は汚かったらいけない?生きてるんだからさ。
汚くたっていいじゃない。綺麗な人ばっかりじゃつまらないし。
本能のままに生きるの。
ルシは確かに綺麗だけど、全てが全て綺麗なの?
一度も人を殺したいとか思わなかったわけ?
しかも、なんで侵略されるときに黙る!
生きたいのなら逃げるなり戦うなりできただろう!」

そういえば、その女は口をポカンと開けて驚いた顔で私を見ていた。
さっきまでの気取った雰囲気ではなく彼女自身の空気に変わる。

「あなたは本当にルシ様が言っていた人だ。自分本位で勝手な人でも、
生きようとする力が誰よりも強くて何よりも人らしい人。
なんで、ルシ様があなたに惹かれたか分かったわ」

彼女は、きっと目を変えて私を見つめた。


「本当は、こんなこと言わないはずだったけど。あなたはこのまま行けば殺されるわ。
そこから飛び降りればあそこ、建物が立ってるでしょう?
あそこにいる弓使いが、遊びで放った矢であなたは死ぬ。
ルシ様に言えっていわれたの。そこじゃなくてそこの茂みにある穴を通れって」

「おいおい、助けてくれって話じゃなかった?」

「私は選択肢を与えてるわ。ルシ様を助けにいけばあなたはそこでは死なないし
ルシ様を助けなかったらそのままで終わりよ。
私はルシ様に言うこと聞かなかったっていえばいいだけ」

「お前私が嫌いだろう」


「嫌いに決まってるでしょう?私だって触れないのにルシ様は簡単にあなたに触るし
何年も一緒にいてようやく近くにいれたのに、初めてあったあなたを直ぐに許した。


『ルシ様、急に外に出てどうしたのですか?』

『見ろ。が舞っている』

『ルシ様のほうが美しくお舞になられます』

『そうだ。だがなあれはあれでいいんだ。ルシにはあれは舞えん。あれはだけの舞だから』


わがままだってあんなに直接的に言わないし、それに毎日毎日、あなたのことばっかり


『お前はをみたことあるか?』

『ありますが』

『どのような女子なのだ』

『それはルシ様の方が詳しく』

『外見だ。ルシはあれが大柄で器用が悪く女らしからぬ女だと思っているが、
残念なことにこの目がうつすはとても魅力的で綺麗なんだ』



・・・・・・悔しいし死ねばいいと思った」








2009・2・22