俺と彼女は、同じ場所から来た。
平成という平和な場所で、人の死なんて無関係な場所から。
何年間の違いで、こんなに違うものかといつも思っていた。
俺の知らない数年間何をしてきた?そういえば、知盛の傍で
彼女は笑って言う。
答えはくれなかった。だけど、一回だけ、俺の質問に答えたことがある。
それは。
「きっと、理解は出来ないよ」
この世界で懸命に生きてきた俺たち。
傷も増えて、助けるべき守るべき人たちが増えて、
俺はこの世界を選んだ。
その時彼女は眩しそうな顔で、言った。
「将臣は、やっぱり強いね」
と。
俺は、尻を地面につけて、彼女に負けた時だから、
「嫌味かよ」
と返したけれど、そういう意味じゃなかった。
知盛を置いて、俺はを探した。雨が降ってきて濡れたけれど、
関係なしに走っていく。
俺は、の何を知っていたのだろうか。
一緒にいなかった数年間。一緒にいた数年間。
彼女は、俺を守り、俺に教えた。この世界のこと。
なのに、彼女は自分のことを語ることはなかった。
あの燃ゆる独房のなかで、お前を救った少女が誰だったのか。
なんで、平家を憎んでいるはずなのに、知盛の従者なんてなっているのか。
片目はどうしたのか。リズ先生とか弁慶とかの関係はなんなのか。
聞きたいことは山ほどあるのに、なんで聞かなかったのか。
俺は、何一つのことを知らない。
知っているのは、まだ平成の時の後輩だった少女。
小さな体で、何かを精一杯守っていた。
その体で誰をも威嚇して、誰にも懐かなかったのに、
俺にだけ懐いていた。
あの時の方が、まだ分かった。
寂しかったと彼女の頭に乗せた手から伝わったきたから。
なのに、今、大人になって、俺は色々なことを経験したのに、
お前の気持ちがさっぱりわからない。
だから、見つけたら聞こうと、思えば、目の前に考えていた人物がいた。
息を荒げて、手をあげている。
「やぁ」
「。・・・なんで走ってる?」
「将臣だって、走っているじゃないか。何か探していたの?」
お前だ。と言いたくなったけれど、なんだか恥ずかしくなって沈黙した。
は、ははと笑ってから、俺の横を通り過ぎる。
「帰ろうか」
そういったの背中には、なんともいえないものをしょっているように見えて、
あの時の後輩だった少女と同じような背中が見えて、俺はつい訪ねてしまった。
「お前は、本当に帰りたい場所はどこなんだ」
の足の歩みが止まった。
雨はとっくに止んでいるけれど、の足元には、水たまりが出来ていた。
どんな顔をしているかは分からない。
は、少しだけ顔を上にあげた。
「・・・・・・将臣はいつでもそうだ。前の時も、誰も聞かなかったことを聞く。
だから、あの時に、私は将臣に恋した」
「はっ?」
言われた言葉が理解できなくて、変な声が出た。
いつもならば、その声に笑ってからかって嘘だ。なんていう彼女だけれど、
どうやら、これは嘘ではないらしい。彼女はこちらを見ずに、話を続けた。
「あの時のお前の後輩だった時、私は、将臣のことが好きだったんだ。
少女の恋だ。無防備で、無鉄砲で、そのままあたってやれみたいな恋だった」
「・・・・・・」
「帰ろうか。将臣。あの馬鹿は、一人になれば、寝てばかりだ」
の水たまりの量はこれ以上増えずに、彼女はそのまま俺のことを見ずに、
後ろを振り返らずに、そのまま知盛が待っているだろう舘へ帰っていった。
彼女の背中が、米粒くらいになって、俺は、
「今はどうなんだ?」
の告白が、全てが過去であったことに、
胸の中に空白が出来たみたいだ。
そのせいで、沈黙してしまった。
聞こうとした言葉は今になって出てくる。
そうだ。
いつも、こうやって、お前は俺の前を進んでいる。
いつも、こうやって、お前は大事な部分を隠すんだ。
だから、俺は、お前に追いつきたくて、横に並びたくて、知りたくて、
足を進めるけれど、背中しか見えない。
俺は、お前は知りたい。
2010・8・22