「、お前は俺だけを見ていればいいんだ」
その答えにイエスと答えれるわけもなかった。
私の心の中には、いつでも真っ白な存在が一人たたずんでいるからだ。
彼女は、見えていない目で私を見つけてくれるから、私は手を離すわけにいかなかった。
いいや、違う。彼女を私が離しくたくないんだ。思い出なんて出来るはずもない。
曖昧にして、伸ばし伸ばしにしていた答えを突きつけられている。
彼は、私を抱きしめてそのまま黙って、私たちがとっている宿には帰らず違う宿をとった。
ここは、熊野。あまり目立った行為をして欲しくない。知盛は、重要な人物なのだから
だと言えば、彼は私の体をまた抱きしめた。今日は一段と甘えただなぁ、どうしたんだ?
と、彼の細く銀色の髪を撫でて、はぐらかしてみる。彼は、私の腕を掴んで、
強いまなざしで私を貫く。
「。お前は誰を想って舞ったんだ」
揺らめく紫の色。ギラギラの獣に、幼い子供の姿が見える。
「いや、いつも誰を想っている」
「知盛。それを知ってどうする」
「忘れろ。そいつを忘れて俺だけ見ていろ」
忘れろ。なんて、残酷な言葉だ。
はっと一笑した。それから、笑いがこみあげてくる。
私の姿に、と、いつもの知盛じゃ信じられないくらいの強い口調で名前を呼ばれた。
「馬鹿言うな。知盛」
笑いすぎて涙がでてそれをぬぐう。
その姿を、全て覚えようとしているのではないかと思うほど彼を私を見ていた。
「唯一なんだ」
よく簡単に使われる唯一。おまえだけ。とかあんまり好きじゃないけど、
彼女にふさわしい言葉はこれしかないだろう。
彼女のことを話すといつもあのときへ戻る。
私は知盛の前にいるの、どうしてだか、ルシがいる。
ルシをほめたたえよ!が生きているのは、ルシのおかげぞって偉そうなこと言っている。
あの時は、馬鹿にしたけど、本当その通りだ。両端を引っ張っていた口元を、元に戻す。
目の前の紫色の瞳が、揺れている。優しく両手で彼の顔に触れた。
「この世界で、私が唯一、愛して、愛された人。
慣れ親しんだ世界を捨てても、一緒ならばと思わせた人物。
初めて幸せってこんなことだって思った。
手を繋いでいれば、無敵だなんて、そんな子供みたいなことも考えた。
とてもじゃないけれど、知盛、忘れるなんてできない。
むしろ、時間がたてばたつほど存在が大きくなっていく」
守られている。とそう思うという言葉は、知盛が言わせなくした。
私が見えるのは、知盛だけ。押し倒されたと冷静に思う。
「」
まるで母親を求めるかのような声で、知盛が言った。
私はそれに答えない。
「」
知盛の顔が徐々に近づいて、とうとう私が見えるのは天井だ。
首筋に知盛がいる。これから、知盛が何をしようとしているのか、違う宿をとったときから
うすうす気づいていた。だけど、私は抵抗しない。
首をかまれえた。くぐもった声が自分から出てくる。
知盛の手が、私の服の中に、入ってきた。いつもは冷たい手が、私をずっと抱きしめていたからか、それとも握りしめていたのか、熱かった。
「」
私は、知盛の顔にまた両手で触れる。彼は私を見た。
結構長くいたから、分かる。今、泣きそうでしょう?ちょっとだけ顔が歪んでいるよ。
「ねぇ、知盛。分かっているでしょう?」
知盛の手は、止まらない。敏感なところを触られて、私の体はビクリと動いた。
熱い息を整えず、私は知盛に告げる最終通告を。
「コレをすれば、私たちの関係は、もっと下になるんだよ。
”主従”じゃなくて、”男女”の仲になるんだ」
部屋の中に充満する酒の匂い。
あの後、知盛は黙って部屋を後にした。
私は、その後、一人なれない酒を飲んでいるわけだ。
昼と違って、外は気持ちい風が吹く。火照った体にちょうどいいと目をつむる。
「ねぇ、いるんでしょう?燕」
沈黙。だけど、気配が揺れた。
知盛に連れられた最初からいることに気づいていたのだけれど、
私の優秀な忍びは、私に気を使っているらしく、何もなかったことにしようとしている。
しかし、私はこのことを私たち以外に覚えてほしくて、罪悪感を消してほしくて言葉をかけた。
「私はずるい女だと思わない?
きっと知盛は、気づいてるでしょうね。勘がいいし」
くいと酒をあおる。きっと明日は二日酔いだ。
「私の唯一の彼女は、とっても死にたがり屋だったんだ。
最後には、ちゃんと彼女の望み通り死んだけど。
私は死なせたくなかった。それがたとえ決まっていた定めだとしていても。
ねぇ、彼女は本当に誰かさんにそっくりでしょう?」
ふっと、自嘲する。自分でされたら嫌なことを私は簡単に人にしている。
だけど、あの時私はそうしないと、壊れる一歩手前だった。
「彼女を平家に殺されたのに、平家にいる理由が、
そんなくだらないことだって知って幻滅した?外れてもいいよ」
いつのまにか横にいる燕にそういうと、彼は私の酒を白湯にかえて、
「いいえ、鬼姫。そうだと、知っていても我らはあなたについていきます」
「そう」
そういって彼は私が眠るまでそばを離れなかった。
2010・2・18