人は誰しも入って欲しくない領域がある。
そこを超えられたら拒否反応。
分かっているでしょう?もう、これ以上私に踏み入れないで。
全部貴方のものだから、もういいでしょう?
私には何もないのです。ここに来たときから、そして今も。


朝、起きれば騒がしい声がした。
その声の主が分かって、つんと鼻の奥が痛くなるのが分かった。
少しだけ、ぼぅっとする夢心地に現実逃避して、
段々騒がしくなる声に私はようやく腰を上げる。
上げたくなかったけれど、上げなければいけない変なプライドに負けて腰を上げた。

知盛の部屋では騒がしく、神子と呼ばれる少女と将臣と知盛三人がじゃれあっていた。
神子は私を見るなりぱっと顔を光らせたけれど、一瞬のかげりを見逃さない。
この夏、彼女の筋力のつき方戦い方が変わって何よりも目が違うと感じるのは
私だけで、周りのものはそうか?というばかりだった。
弁慶などはあえて分かっていて言わないようだが。
いつも物事を損得ばかりみてつまらないのかと言えば、
あなたの様に直進で進める性格が羨ましいですよと言われた。
嫌味は健在だ。
リズは、神子のためにそこにいるのだから、何か知っていても何も言わないだろう。
短い間だけれど、リズの神子への執着はちゃんと知っているから、
聞くことすら時間の無駄なんだ。
ふぅーと吐き出した息が熱くて、嫌になる。
寒いのは服を着込めばどうにかなるけれど、
暑いのはこれ以上脱いだら骨だというところまで脱げないから、
ぱたぱたと手で風を送っても、暑いものは暑い。
避暑地と呼ばれて涼しい場所だけれど、海に近づかないと意味がない。
暑い。ああ、太陽が沈んでしまえばいいのに、そうしたら夜と勘違いして
知盛は外へ外出なんぞしなかったろうに。
そして、従として私は彼についていなくても良かったのに。
彼女が、平家の厄介になっていなければ私はついていかなくても良かったのだけれど
最悪を考えればついて行かなければいけない。
私は従だから。
ああ、でも最悪。
私を見ないで、見つめないでよ。
その翡翠色した大きな瞳で私を映し出さないでよ。
何か言いたいの?私はあなたに言いたいことなどない。
どうでもいいのよ。あなたのことは。
どうでもいいと思えるようになったのよ。ようやく。
だから、もう入ってこないで。

速玉大社で京の白拍子が舞を奉納するらしい。
どうでもいいけど、神子・望美が見ていこうと言い出して
私達は見ることにした。私は白拍子の舞が好きではなかった。
嫌いというか違うというか、ルシ以外の舞を舞だと認めていないところがあるのだ。
いくら美しいと言われた人の舞を見ても、いくら素晴らしいと言われた人の舞を見ても
どれも同一にしか見えない。将臣が私をチラリと見た。
彼は私が白拍子といったそういう類の舞が嫌いだと思い込んでいる節がある。
まさか、舞一つでとても好きだった人をとても美しい人を思い出すなんて、
何年経っても色あせずに彼女は私に微笑むかけるなんて、
言える訳がない。前で舞う彼女らに私の眉が曲がった。


もし今ルシが生きていれば、私はどうしていただろうな。
多分だけれど、今も執着しているあの世界を忘れてこの世界の住人なって
あの日見た天国みたいな場所で、一緒に笑いあって、
ルシの死ぬ以外の方法で呪いを解く方法とか考えてたかも知れないね。

今、壇上の上では神子が舞っている。
その美しさに清浄さに、心があらわれるようだけれど、やっぱりどこか拒否している。

私は決してあの手の柔らかさを小ささを冷たさを忘れてはいけない。

もし今ルシが本当は生きていて、私をみたらどういうかな。
私、昔は人を殺して泣いていたんだ。
人を殺しても後悔も泣きもしないことを恐れていたんだ。
あのときの私を綺麗だと言っていたから、今の私は。

知盛と神子が舞っている。初めてとは思えない息の合い具合に、
嫉妬なんてものする資格ないでしょう?
横を見れば、将臣も魅入っていて、主役は私ではないことを思い知った。
ああ、帰りたいな。帰りたい。
ぐちゃぐちゃだ。だから人の舞なんて見たくなのに。
ただでさえ、不安定な所に、孤独なんてものぶつけてこなくてもいいのに。
でも、二人の姿を見て神子がいきなり知盛を襲うことはないと判断したから、
私は帰ってもいい。だけど、帰る理由が欲しい。

だから、私は私の服の端を引っ張る子供に付いていった。












2009・12・27