懐かしい香りがする。
私たちを追いかけてきた二人は無事、そりゃそうだ。
警護している人物が、知盛なのだから、間違いなんてあるはずがない。
散々構ってその後寝てしまった知盛放って私たちは、神泉苑に来ていた。
白龍の神子・望美が美しく舞っているその姿を桜の木に上に隠れながら二人で見ていた。

「綺麗だね」

「そうだな」

真っ直ぐ前を向いている将臣の顔は樹の影により少し隠れていた。
それが私を安心させる。
だって、表情を見てしまえば私は言葉をこれ以上つぐむ事は出来ないだろう。
だからといって黙っていることは今は辛い。言葉を使わなければ馬鹿なことを考えてしまう。

「残らなくていいの?」

「俺にはやることがあるからな」

「・・・・・・それはあの世界に帰る以上に大切なこと?」

「ああ」

「そう」

これ以上のことは聞いてはいけない。私に同じ質問をかけられても答えをもたないから。
人に自分がされたくないことはしない。
ただし限界値まではしてもよいという持論は、昔から自分のことしか考えない。
誰よりも自分が好き。自分以外の人間に興味が薄い。
そのくせに、懐に入れた人が自分以外を見るのはイヤ。押し付けがましくて浅ましい。
上から雨が降ってくる。ほのかに香る木々の匂いに、人が多くこもった熱気の空気が、
ひんやりすがすがしいものへと変わる。
中心にいるのはあの子で、皆に囲まれて笑う。

「綺麗」

泣きたくなるよ。本当に。自分の醜さをさらされているようで。苦しくなるよ。
私の呟きを将臣は聞いてなくて、なんか言ったか?という言葉になんでもないを返して、
弁慶に良く似たまったく違う金の色が見つけた。

ああ。役者はそろっていくのだな。

ひらりと音もなく誰にも気付かれることなく桜の樹を降りる。
地面に足がついたとき私の名前を呼ぶ声が上からして、
金の髪がこちらをちらりと見た気がしたけれど、すべてなかったことにして歩き出す。




『将臣は必要。神子の八葉。出逢ってしまうのは運命が定めたもの、必然だよ。』
そういって笑う子供に、彼が人でないことを分からしめた。
これから来る過酷な現実を、自分が作ったそれを、運命と綺麗な言葉で括ってしまえるのだろうか。
その感情は、人である私には分からないけれど。
だけれど、龍が神子だけを大切しているのは分かった。神が総じて差別するのは人と同じなのだなと、
だから私も願う。彼だけでも、笑顔で苦しむことなく何も知らずに終わらせたい。と
龍曰く、運命のメンバーが、さっき知り合った人が、殺しあうなんて知らなくていい。
幼馴染が敵だなんて知らなくていい。
そのためなら、私は。

進めた足を止めると影が出来ている、そこに一片の桜の花弁が落ちる。
桜の音しか聞こえない空間で一人ポツンと影だけを凝視していれば、ジャリという音とともに、
影が一つ増えた。
ゆっくりと顔を上げれば、銀色の髪に顔の模様が目立つ知盛が不機嫌そうな顔をして立っていた。


「遅いぞ」

「・・・・・・お前こんな所勝手に歩いて目立つだろう?」

「お前が傍にいないのが悪い」

そういって私に猫のようにしがみつく。
可愛らしくもなんともないのは、猫は猫でも猛獣な猫だからだろう。
それでも、猛獣を抱き返す。


大切なものは二つ得ることは難しい。人は絶対に何を捨てて何かを得るのだから。
そして、あの日からすでに選んでしまっているのだと、過去を捨て去ることの出来ない私は、
見てみぬ振りをすることしか出来なかった。















2009・9・4