「ご苦労様です」
コトンとさっきまでは置く場所も床が茶色いということさえ分からなかった場所に、弁慶は湯飲みを置いた。
白く湯気がみえる物体になんの非もないが、はそれを思いきり投げ飛ばしたかった。
綺麗になったばかりの部屋にではなく、お茶を入れて渡してこの部屋の主に。
「随分綺麗になりましたね」
一服して佇む二人の姿は異様だ。
一人は綺麗に正座をして一人は足を八の字に広げ手を後ろにやり顔を天井に向けていた。
「行儀が悪い」
弁慶は、の手を横に払うとはそのまま床に頭を打った。
頭を抱え込む姿に弁慶は内心ほっとしていた。
まったく変わらないである彼女に。同時には恐れていた。まったく変わる事のない弁慶に。
一体どういう薬を飲めば、あの時と変わらない外見でいられるんだろう。
横にある湯飲みに目をやる、もしかしてこれが?
は無言で立ち上がるとお茶を飲んだ。えぐい苦い壊滅的な味。
じわじわと頭の中で昔のページが捲られていく。そういえば、弁慶のお茶はこんなんだった。
涙をぐっと堪える。
「で、どうしてここにあなたがいるんですか?」
「弁慶だってどうしてここにいんの?」
「見てのとおりです」
「私だってそんなとこだよ」
二人の間に沈黙が降りた。が、すぐに甲高い声により消え去った。
「さーん。ご飯だよ。どこにいるの?」
「・・・・・・あなたがここにいる理由は分かりました」
「そりゃ良かった」
「どうでしたか。辿り着きましたか?」
「弁慶って私のこと気になるの?」
「さぁどうでしょう?」
二人の真剣な視線が交じり合う中またしてもピンク色が邪魔をした。
「あーこんなとこにいた。さん・・・・・・って弁慶さんいくらさんが綺麗だからって襲わないで下さい」
肩をすくめてそんなことしませんと笑顔を向ける。
神子は弁慶の言葉を信じずに、私の腕を取ると足早に食卓に向かう。
弁慶よ。神子の中でお前の信用度は低いらしいな。と後ろに笑ってやったら、笑顔が黒くなった。
相変わらずどうやっているのか知りたいものだ。
食事では、神子が今日の報告を皆で聞いている。ただし私と弁慶をのぞくだが。
残っていた二席に座ったら、私の横に弁慶というわけだ。
そして今二人の膳の上で戦いが始まっている。
最初は、小松菜を横にずらしていた弁慶の姿に鼻で笑ったら、にんじんを置いてきた。
あなたはそれがお好きでしょう。とせっかく人が食い終わったそれを。
私は、かわりにきゅうりを弁慶に置く。
頭の上のお皿を隠すためとはいえ、頭巾を脱いだらどうだ?と。
二人、顔を合わせてニコリと笑った。
私たちの膳の上に何回か行き来を繰る返していくうちに、将臣に止められ周りを見れば、
みな不思議そうな顔してこちらを見ていた。
知り合いかと聞かれれば、あちらもこちらもなんとも返答出来ない答えだった。
まさか、昔、騙し騙しあう仲だったんですよとはいえない。
弁慶の薬師の弟子と言うデタラメに満足そうに頷く九朗さんを見ていて、嫌な気持ちになる。
今も、騙し騙しあう仲になるようです。
夜に一人、虫の音を聞いて、人は巡っていくものだとか意外と世間は狭いとか考えていた。
どうやら、音に導かれてもう一人来たようだ。弁慶は、何も言わずに横に来た。
先ほどの沈黙よりも長くもう一度妨害が入ってくれればと思うほどだった。
は重い沈黙に耐えられず弁慶に話しかけた。
「なにかよう」
「ここは気持ちのいい場所ですね」
「なにかよう」
「そう、急かしてばかりいると顔に皺が増えますよ」
「そんなこと言うと弁慶の顔が腫れちゃうぞ」
「おや。美人を殴ると怒られるのでは?」
「よく覚えてらっしゃる」
「ええ、覚えてます。私にとってあの時は短かったけれど濃い時間でした」
弁慶は少し遠い目をして、にあの日と同じ問いをした。
「戦いをどう思いますか?」
「イヤだね。さっさと終わればいい。でもしょうがない」
「なぜ?」
「その先にあるものを幸せだと思っている人が、死んでしまうのはもったいないと思っているから」
答えを聞いて弁慶は、一つため息を吐いた。
何も変わっていなかったことに対する安堵と、戦火の中に生きているだろう彼女に哀れみをこめたものだった。
「あなたは変わらないですね」
「人はそうそう変わんないよ」
「もう一つ聞いていいですか?」
はようやく弁慶のほうを見た。次の質問の間が長すぎることに違和感を抱いて振り向いたのだ。
相変わらず笑顔のままだったが、その笑顔もそのままだと不気味なものにうつる。
弁慶?と声をかけようとしたが、
「あなたの名前はなんていうんですか?」
弁慶の問いで止まった。
そして、二人の離れていた年月分の笑い声が響いた。
2009・8・23