ずいぶんと立派な建物だと、前の世界にいた私なら言っていただろう。
今では、小さいなと思ってしまう。
それと、庭の手入れが行き届いていないとも。
は、天を仰いだ。雲一つない晴天、小鳥達が鳴いて、ふわりと香る木材の匂いに、
幸せだ縁側でお茶をすするお婆さんのような思いが占めている。
ここに来て5年と言う月日が経ったわけだが、記憶を戻れば戻るほど平穏とは程遠い暮らしをしてきた。
平家に帰れば理不尽な猫のような男がべったりだし、それに対して青い奴がうるさいわ、
唯一二人を黙らせる子供は、豪快に笑うだけで何もしない。
部下達と訓練するのも遊ぶのも楽しいのだが、時々変なことで暴走する。
止めるのに子一時間かかるし、一人という時間の大切さを身をもって感じているわけだ。
一人っていい。最高。
腕を伸ばせば、くわぁーとだらしない声が出てきたけど気にすることもない。
一つ気にかかることは、ここが源氏ってことだけど、こんないい日に戦いなんて無粋なものを持ってくるのは
惟盛的に風情がない、と脳内完結させ床にごろんと寝転んだ。
寝転がると首をずいぶん長く上に向けていたことに気付いた。
変化がない空を眺めて時々聞こえてくる木々の音に耳を傾けながら目を閉じた。
将臣に危機感がないという言葉を言うことなんて出来ないなと少し笑いながら、
体を休めると言うよりも心を休めるように願って。
私が言う。
彼女は私の敵だ。
どれだけの大切なものを彼女に奪われてきたか分からないわけではないでしょう?
世界を壊したのも、逃げなければいけなかったのも誰のせい?
だから、今のうちに強くなるうちに。と急かす。
私が言う。
彼女はもはやどうでもいい存在だ。
世界なんて戻らなくてもいいし、彼女の力で世界が変わるわけではない。
苦手だったら、見なければいい、口を開かなければいい。
だから、今のうちに戻ろう。と急かす。
私が言う。
彼女は鍵だ。
あの平穏で少し寂しくけれど懐かしいあの世界への。
戻りたくないなんてそんなわけないでしょう?
今までがむしゃらに生きてきたのは、彼女を待っていたのはあの世界に大切なものがあるからでしょう?
だから、今はまだここにいよう。と諭す。
私をカッコって三人がいがみ合っている。
眉間に皺を寄せている自分の姿に私は言う。
お前らの姿はとても面白い。
そしてなんて、なんて、歪つなんだと。
すっと意識が戻れば、
ここがどこだというよりも、自分の獲物に手をかける方が早かった。
初めて人を切ったときよりも軽くなった。
あの子のあの時よりも動きが早くなった。
アイツと出逢った時よりも組み立てが早くなった。
今、切っても血が飛び散らないほどの技術は持っている。
目の前に散る桜の花弁が散っている。
獲物が元通り、短い棒になり自分の懐に仕舞うと目に映る
全ての桜の花弁は綺麗に真ん中から二つに切れた。
もはやこれは癖だ。動くものが見えれば切りかかってしまう癖。
将臣とか知盛とか部下とかの知っている気配なら止めることは出来るけれど、
知らない場所だと桜の花弁すら反応してしまう。
それがヤバイことだって分かっているけど
環境に合わせた結果と一般人に戻れるかなという一抹の不安だけしかない。
日も暮れてきたから部屋に戻る。
そういえば、彼女は戦に出るために見せる技術とはなんだろうか。とあくび一つし、
それよりも今日のご飯は何か楽しみと口に出し歩いていれば
「おや」
「・・・・・・」
奴との出会いは想定していなかった。
今ここに将臣がいなくて良かったと思う。そう思うほど私の顔は酷いものだ。
柔らかな金に近い茶色の髪を隠すように、黒いずきんを被った柔らかい物腰の
男はここで立ち話もなんですからと部屋に誘われた。
入って正直後悔した。本の匂いと埃の匂いそれと時々香る薬草の匂いのコラボ、
さっきの立ち話と変わらない人の座るスペースもない本の山、奥にはこれまた山ほどの埃。
薬草は、ドライなものから今作っているのだろうとすり途中のものまで。
私の顔は口を開いた状態で固まっている。
奴は私の心情を理解したのかどうかは分からない笑顔を貼り付けて、お茶を用意してきますと
素早い動きで席を立った。
腕は震えて床をみる、自分の足元によく分からない虫がいた。
『このやろー弁慶ぇぇぇぇぇぇ。おまえ、部屋ぐらいは綺麗にしろっていっただろうぉぉぉぉぉぉ』
2009・8・7