雪が降りしきる中、黒い長い髪が揺れる。
結っている紐は、朱の色で、同じく黒い目は大きくつぶらな瞳は揺れる。
ただし、片方だけの。
片方の目は、眼帯によって隠されてしまっている。
すうと目を真っ直ぐ向けたのが合図のように雪の白さにあわせたかのように赤き唇は、
三日月を描いた。
それまで纏っていた空気がかわり、馬の足音に数人の男の息遣い。
そして彼らは歌う。
「鬼が来るぞ、皆逃げろ」
「我らは負けぬ、何者にも」
「我らが従わぬ、唯一以外に」
「我らは鬼ぞ、黄泉の国へつれてくぞ」
「我らは鬼、慕うのは『鬼姫』のみ」
白い雪が彼らが通れば、赤く染まった。
の鬼兵隊は誰一人死者を出さずに、源氏の兵の弔いをしていた。
自身の兵の一人が手を合わせている姿に、はふっと笑みがこぼれた。
何人もの人を殺して何人もの人を弔い嘆くのは矛盾かもしれないけれど、
彼らは、鬼である。それは正しく真実だが、もう一つの真実は、人であることだ。
それを忘れていない彼らをなによりも誇りに思う。
平家に帰れば、皆がそろっていて戦況を報告していた。
のところは、比較的に兵は少なくまた武将もいなかったので、
先に部下の一人に報告をさせて弔いを先にしていた。
「OK分かった。怪我人は東のほうにな、お、お帰り」
報告の中心にいるのは、将臣で、今の呼び名で言うと還内府。
名前を聞けば相手の戦意を喪失させるほど効果のある名前だ。
昔の幼い面影はなく、精悍な顔つきに大人っぽさをかねそろえた美青年は、
をみるとすぐさま寄ってきて頭に手を置きなでる。
子供じゃないからやめろと、言ってもすぐ忘れる彼に、
もはや諦めを覚えたはそのままさせたいようにさせていた。
それから、将臣はにそのままぎゅっと抱きつく。
ごろごろと犬のように懐いてくる姿に、怪我してないかと確認する姿に、
タイミングよく知盛は現れる。
先ほどみた雪のような髪をキラキラ光らせてそれなのに目だけは獰猛で、
すっと自然な動作で将臣に抱きしめれているを取り出すと
そのまま自身の胸のなかにおさめる。
それから、お決まりのかけことば。
「おい、知盛。いつもお前できるだろ。ここは譲れよ」
「兄上は勘違いされておらゃしゃる。これは俺のだ」
頭上でのにらみ合いに、苦笑する周りの武官達に
はため息を吐き出し。
「ハイハイ、君らはTPOをわきまえてね。ここ会議するとこだから」
自室に戻れば二人はそのまま着いてきた。口喧嘩ばかりしているが、二人は結構仲がいい。
見かければ大体二人はセットだし、将臣は知盛の世話をしている。
おかげでこのごろ自身の負担は減った。
武器を定位置に置いて後ろを見れば、知盛と将臣は人の部屋なのにくつろいでいた。
は、酒を飲もうとする知盛を止めている将臣をみた。
蒼い髪の色は変化しない、長さ以外は。それはここにいる年数を表していて、
あの時の言葉を思い出す。『平家を助けたい』と『だから助けてくれ』と。
そう頭を下げた彼の姿を。年月は彼を変えた。いいや私もきっと変わった。
私たちはあまりに染まってしまってきっともうあの世界には戻れないだろう。
たとえ帰れたとしても将臣は、もう帰る気はない。
なら、私は?
もうすぐ春が来る。未来を考えれば、惟盛と一緒に桜餅を食べている姿しか浮かばなかった。
それから二人に言うんだ。
「ただいま」
そう言ったら、一人はもう一度、もう一人は気だるげに答える。
「お帰り」
2009・5・16