ひらりひらりと美しく舞う蝶は、皆にもてはやされて閉じ込められ自由を失った。
それならば、私は蛾になろう。
汚い、醜いと言われ夜を舞って蝶を逃がそう。


目を覚ますと、ぷんと木の香りがした。
いつもは知盛の独特の香の匂いがするけど、今は横に誰もいないのだから
するはずもない。布団の中で自分の手を見れば、
女の手ではなくて傷の跡や血豆の跡で硬くなってしまっている。
柔らかいといえない手を丁度いい硬さだと誇れるのは、女を捨ててしまったからだろうか。
布団の上から起きて伸びをする。
いつもと違う場所でもは大して気にかからなかった。
これ以下の暮らしをしてきたにとってこんなのはなんの苦でもない。
苦なのは、一人で思案する時間があるということだ。
上半身だけを壁にもたれかけ、小さな枠窓を見る。外は快晴。
鳥の鳴き声が異常に大きく聞こえた。


どうしてこうなったのか。


将臣を殴ったことによる侮辱罪というていのいい罰は私に監禁、知盛に軽い謹慎という処分を下した。
それは建前で、
自分の部下の忍びである燕によると将臣を殺そうとした間者が
私の部下であるというでっちあげのせいでこうなっているらしい。
面倒。何もかも面倒。
は目を閉じてこれからのことを考えた。
そのたびに将臣の声が聞こえる。
守られている。この言葉を聴くたびに笑いそうになるのだ。
私を守った人はもういない。
けどずっと傍にいて守られている。
その事実だけで、何回かこのまま寝て死んでもいいと思う気持ちを抑えてきた。
木で出来た牢獄に頭を打つつければゴンと鈍い音しか出ない。
私は、もうルシのことでは泣けない、なんでだろう。
自分の上に羽織っているルシの遺品でもある赤い羽衣は少しだけくすんで、
破れるたびに直しているからぼろくなっているけど、
ぐっと体ごと抱きしめれば、どうしようもないわがままで自分勝手の
この世界で・・・・・・いいや、世界で唯一守ってくれた人を思い返して、
文字通り守られているそんな心地の中ではまた眠りについた。



『愛してたの。愛しているの、大好きなの。どうしようもないの。
だから、とても悲しい』


好きな人の一挙一動していた、可愛らしい自分が泣いていた。


『ねぇ、もう好きじゃないの?』


じっと見つめる幼い私に、微笑を返していた。








「あなたはどこまで馬鹿なんですか」


暴言だけを吐くだけ吐くと、惟盛はそのままどっかいった。なんなんだ。
その後、経正ですら、笑顔での開放を訴えて、
お次に。

「・・・・・・お前もか敦盛」

「還内府殿、の部下を知っておられるでしょうか。
あの熱狂的な部下は、最初皆敵だったのです。」

「はっ?」

「全員間者だったのです。か知盛殿を狙っていたそれらは、何度も企てそのたびに負け、
けれど一度も罰をうけたものも殺されたものもいません。
なぜ、彼らは今の部下になっているか知っていますか?」

「・・・・・・隙をつくとかか?」

「いいえ、彼らの忠誠は本物です。間者はみな自分の主人を裏切りましたから。
彼らは、を選んだのです」

「なんでだ?」

「前の戦で死んだものの場所に行ったことがありますか?一度いってみたらどうですか」


それだけ言うと敦盛は、お辞儀をして俺の前から消えた。


馬を走らせるたびに胸が痛くなるのが分かる。
それならば行かなければいいのに、本能が行かなければ終わらないと訴えている。
死体や血の匂いを連想させた俺が部下を捨てた場所には、
綺麗に埋葬されており、墓まで作られその周りに木が埋められていた。
口が開いたままでどうなっているんだ、そんな言葉しか口に出なかった。
誰がこんな。そんなことを思っていれば、近くの村の人だろうか。
籠を背負ったおばあさんが出てきた。おばあさんは将臣を見ると近寄ってきて。


「平家のかたかい?良かった。あの片目の女の方を知らんか?
知ってたら、ありがとうって言ってくれんか。薬のおかげで息子は助かったって」

「ばあさん、その片目のって」

「ああ、とっても綺麗な方だ。戦いに敗れたものにすら涙を流しておられた。
あんな人は二人はいないよ。ここもその人が直したんじゃ」

ばあさんがまだ何かを言っていたが俺は自分のしたことに気付いて口早にありがとうと言うだけで
館に馬を走らせた。



走らせている間、将臣は一つ一つ思い出していた。
最初この世界がどこかも分からずに不安だらけだったときのこと。
ようやく人のいる場所を見つければ、違う誰かと勘違いされる。
極度の緊張と不安から開放されたのは。

「将臣?」

聞き覚えのある声と、自分の名前。
その相手は、バイト先の後輩で自分によく懐いてくれていた子に似ている人だった。

「だ、誰だ?」

そういってしまうほど、彼女の容姿も変わっていて、
大人になって、髪は伸びてるし、服は着物だし、目は眼帯に覆われていたから。

目の前の人物は、俺を笑顔で殴って。

です。忘れたかコンヤロー」

やっぱり知っている後輩の名前を言った。



俺が初めて人を殺したときも、だけが気付いてくれた。

「人を殺すのは、やっぱり悲しいし、気持ち悪いから泣いてもいい」

震える手を包み込んで、泣くのが当たり前だと
胸を貸してくれたのも彼女だった。
は、この世界でとても大きな役目を背負っていた。
俺と同い年になって性別すら違くて、白い小さな背中には悲しいほど頼りのあるもので
そして彼女は笑うから、いつも笑って傍にいてくれたから。
甘えを覚えてしまった俺に、誰も何も言わなくても彼女だけが救い出すから。



守れている。それは俺だった。












2009・4・8