「なんでだよ。どうして止めるんだ」

「将臣、お前は死にたいのか?みんな死ぬぞ」

「俺はお前にみたいに非情にはなれねぇ」


振り返ろうとした将臣をは殴り飛ばした。

「なにすんだ!」

襟を掴まれて顔が近づく、えらく冷徹な一つ目が将臣を射抜いた。
全身に冷や水を浴びさされた気分におちいり、指一つ動かすことが出来ない。

「お前は将だ。上が死ねば下も死ぬ。その重さを忘れるな」

手を離された俺が言うことができたのは、


「っお前に俺の気持ちが分かるわけねぇ、守られて生きているお前に」


ただの負け犬の遠吠えで虚しく響いた。
彼女は振り向かず、部下に指示を下していた。



その日から俺達の間には大きな溝が出来た。
可愛い後輩が、憎い女となって。
会っても口を開かない、存在そのものを無視していた。
不穏な空気に周りが動いているなんて俺は気付くはずもなかった。
あの時の俺は、自分のことで精一杯だったんだ。

平家は、宴会好きらしく今日も酒を片手に飲んで笑っている。
将臣は、飲むことに抵抗がなくなった日本酒をゆるりと飲みながら、横にいる知盛を見た。
銀色に光る髪が、朱の色に塗られた盃に映えて綺麗だ。
平家にいて一番気心が知られる仲となった知盛は、何時だってを従えていた。
けれどは、宴会場はあまり好きではなくここにいることは数えれるほど少ない。
は、知盛の従者で、その功績を称えられ一軍の部下を持つ。
優秀な部下が多いの軍は、熱狂的な信者のようで裏切りをするなら死んだほうがいいと
言い張るほど、を崇めている。
それが不思議でならなかった、あんな非情で情けもない女なのに、
どうしてを慕うものが多いのか。横から、クククと笑う声が聞こえた。

「なかなかの百面相だな。何をお考えで?」

別にと、言うと将臣は盃に映った自分の姿をそのまま飲み干した。
わがままで気まぐれで女好きでどうしようもない男である知盛ですら、
を離そうとはしない。

腹の中から熱いなにかがこみあげた。


それから事件はすぐおこった。宴会が終わった夜、何者かの間者が俺を狙った。
酔いがまわっているとはいえ、まだ飲み足りなかった知盛と飲んでいたのですぐに捕まった。
問題は、その刺客が誰のものであるか。


「還内府殿、少々宜しいですか?」

平家の一族である、男が俺を呼び出して言う。

「あのものの素性を調べた所、どうやら鬼に救われたものらしく」

鬼という言葉で将臣はピクリと眉毛を上げた。
所以は知らないが平家で鬼といわれるのは一人だけだ。
だが、いくら不仲だとはいえが将臣を狙う理由は浅い、
それが顔に出ていたのか男は言葉を紡ぎだす。

「なにぶん事を大きくするのは得策ではない上に、鬼の信者は多いゆえに
ずっと伏せていたことがあるのです」

男は神妙な顔つきで、が鬼である最初の話と平家を憎んでいる話をした。

「鬼は、復讐をするつもりです。最初から飼いならせれるものではないのに、
あの手この手と使い今の位置を得て、とうとう時期を得た。
昨日の宴会出ていなかったのは、鬼のみ。この事実、ゆめゆめ忘れてくださるな」

男が出て行った後も、将臣は一人部屋のなかにいた。
男の顔が醜く歪む姿を見ないで。











2009・4・5