「『鬼姫』この出会いを偶然と思っておるかな」

「んなこと思うか、仕組まれてるんだろう?おっさん」

「わしをそういうのは、おぬしだけだ。そしてそれを許すのもおぬしだけだ」

暗闇の中、は枠に腰掛けてけだるそうに片足をのっけて、
布団の上で体をおきあげた病人・平 清盛を見た。

「おぬしの経歴は讃えられるものである。知盛の従者としてではなく、
一将としておぬしは認められている。前の戦いは見事だった、おぬしの少ない部下に
死傷者一名、とった将は数知れづ、巷では、
『鬼姫を見つければすぐ逃げろ、鬼を引きつれ何も残さぬ』と噂されるほど強い
おぬしが女ではなければ養子にしたものの」

「おべっかはいい、で、私になんの用事だ」

暗闇の中で、隻眼であるの目が光った。清盛は
真に鬼のような少女だと、ぞっとしたものの殺気もなく
ただ飽き飽きしている雰囲気はどことなく彼の主である、知盛にそっくりであった。
フフっと笑いを堪えず清盛は笑った、はそれを追求せずただ黙っていた。
それも似ていたのか徐々に笑いが強まり、キっと睨めばようやく笑いが引いたのか
それとも咽たのか、ゴホゴホ言っている。

それから、
清盛は、爺さんの外見を捨て、
平家であらずんば人にあらずを気付いた強者で独裁者の顔をした。
普通の人物であれば尻ごむであろう、しかしは少し眉毛を動かしただけだった。
その姿に、清盛は感嘆の声をあげた。

「飲まれんか。並みのものならばすぐに頭を下げる。やはり、おぬしは強い」

「・・・・・・もっと、神々しくて馬鹿みたいな奴を見たことがある。
自分を神だと思って、いいや彼女は確かに神だったよ」

「ほう、それはあってみたいもんじゃのう」

フッとは笑った。綺麗で人ならず力を持っていた彼女は、天国にいけただろうか。
と考えてしまった自分を笑った。
あの日、彼女を失った日から、神なぞ信じない自分が、
天国とか地獄をまだ信じていることがバカバカしかった。
でも、死んだら行き着く場所くらい夢見たいものだ。
清盛はに近づく、真っ直ぐと伸ばされた背中は年老いた姿ではなく
武将そのものの姿だった。

「それが、わしには怖くてならん、おにしは上に付くことをしない。
地位を与えたとしても、紙くずでしかない。知盛についているのは、
そこが最良だと思ったからだろう?違うか。
もしも、平家が危うくなり、知盛のもとも危うくなれば、そなたは、
どこぞなりとも消えうせるだろう。のう、『鬼姫』おぬしは、どうして
そこまで生に執着する?おぬしの年のものどもは、そのような考えを持たぬ
いや、大の男、名誉ある武将ですら、そこまで生きることに対して執着せぬ。
女でありまだ子供であるおぬしはなぜ、そこまで生きようとする?」

の座る場所から、月の光が入ってきて、彼女の姿を浮き張りにさせた。
立派な功績から想像もできない華奢で白い肌を持つまだ14か15の少女は、
大きなくるりとした瞳を清盛に向けた。その姿は、子供を探し泣いている子供の
あどけなさと幼さ、それなのに匂いが手が傷が否定する。
女ならば匂いをつけている、甘い香りをそれは土をいじくるものでも一緒だ、
しかし、あまりにも多くのものを殺し、多くを見てきた
彼女からは、なんの匂いもしなかった。
一種の恐怖心と崇拝心を感じた。彼女の瞳に自身が映っている。
感じた気持ちを打ち払えば彼女が口を開いた。
白い肌にはえる、赤い唇で。

「へんなの。自分だって生きることに貪欲なくせに、今だって、その病に侵された体で
生きることを望んでるのに。私にそれを聞くの?」

「・・・・・・わしにはやらなければならないことがある」

「私だってやりたいことがあるんだ。ただそれだけだよ」

なんという屁理屈。清盛は口を閉じてしまったをみた。
これ以上、口を開かすことが出来まい。
清盛はどかりと畳に座った。

「わしの負けじゃ、のう、鬼姫いいや、頼みごとがある」

「なに?」

「わしはおぬしより先に死ぬ。そうしたら、平家は終わってしまう。
だから、守って欲しいわしらの一家を、この通りだ」

土下座をした清盛には至極つまらなそうに言った。

「やだよ。そんな遺言。ってか迷惑ごと」

「なに!?」

その言葉に激怒した清盛はの襟を掴んだ。
殺気が、部屋に充満する。しかし、は獲物を取り出すこともせず
清盛をにらみつけた。

「生きなよ。清盛。あんた生き抜いて守ってみせなよ。最初始めたのはあんたでしょう?
自分の尻ぐらい自分で拭け!」

の言葉に呆気をとられた清盛は襟を離すと、まじまじとの姿を見た。
それから、吹っ切れた顔をして、

「そなた、変わった女子じゃのう、わしがもう少し若かったらものにしてる」

そういって笑う清盛の顔には、確かに美形ばかりいる平家の人物を沸騰させるような
顔をしていて、柄にもなく照れたは顔を背け顔を隠した。


「じょーだん」

そういった姿もツボに入ったのか、清盛の笑いは大きくなるばかりだった。

そして、その後。
そう笑っていた人物は、深い眠りについた。









2009・3・15