寝つきが悪かったので、は外に風をあびにでていた。
空には大きなお月様。もうそろそろリズとみた月の季節だ。
リズはどうしているだろうと、月を見れば、色が似ている彼を思い出した。
が手を月に伸ばした。手に入らないけれども、触れられている気がして
すると後ろから誰かの声をかけられた。
「十六夜の君?」
「だれだ?」
「・・・・・・あなたは、鬼姫」
「・・・・・・知盛と思ったが、違うな。誰だ?」
「失礼を、私は平 重衡と申します。鬼の姫とお聞きしていましたが、
あなたは可憐で美しい鈴蘭の君」
「はっ、毒があるってことかな?いい度胸だ」
の言葉を無視してにっこりと知盛の顔で笑った好青年は、
の掌にキスをした。
第一印象は、腹黒で胡散臭い男だった。
それから、何を気に入ったのか、重衡はたびたびの元へ訪れた。
それを女中がキャキャと騒がしげに遠くから見ている姿にはため息を吐く。
知盛に抱きかかえられている状態で、重衡と対面していれば、
確かに取り合っている図にも見えるだろう。
しかし、こいつらは女の取り合いというよりもおもちゃのとりあいだ。
「兄様、鈴蘭の君が疲れてらっしゃるようです。きっと兄様の匂いが気に入らないのでは?
また違う香の匂いがしますよ。まだ火遊びがお好きで?」
「ククク、おまえに言われたくは、ないな。それにはここが気にいりだ」
いいや、時々離して欲しいよ。
「兄様が勝手に思っていらっしゃるんでは?鈴蘭の君。どうぞ私の元へ」
なんか猫扱いされて気がする。
「重衡、これは俺のだ。手を出すなら違う女がいるだろう」
ああ、苦しい締めすぎ、知盛。
ってか、女遊ぶ好きなのは両方ともか。
という日常が続いて、とても苦い思いをしていたは気分転換に遠乗りをしようと
馬を走らせた。場所はもちろん、天国のような場所。
全てのことを受け入れて前に進める不思議な場所で、ルシに連れて行ってもらった場所だ。
「うわぁ」
は感嘆の声をあげた。
紅葉が赤い絨毯を一面に敷き詰めていた。圧巻であるその風景をもう一人、
「これは素晴らしいですね」
後ろからつけていた、重衡が言葉をもらした。
「・・・・・・なんでいるの?」
「もちろん、愛しの鈴蘭の君にお会いしたくてですよ」
笑顔でさらりと交わす重衡には、とっさに槍を刺したい衝動に駆られた。
と重衡は体育座りをして風景を眺めていた。
最初、重衡は正座をしていたのだが、の格好をみて真似したのだ。
それから距離を開ける近づくの交互の戦いが行われたが、
とうとうは諦め、重衡の存在を無視することにした。
いつもならば、すぐうすぺらい言葉を吐くのだが、重衡はしばらく口を閉じていた。
も、静かにあの日に帰って、懐かしみに哀愁にふけっていると、
突然重衡が口を開いた。
「鈴蘭の君は、私に下された任を知っていますか?」
「興味ないから知らない」
「・・・・・・南都との戦いです。今度は僧も多く、寺が多くある場所なのです。
きっと穢してしまうのでしょう。そして多くの人がまた死ぬ、私は、争いなどしたくはない、
けれど運命が許してくれないのです。私がどうすればいい?お聞かせくださいませんか。
鬼姫」
甘い顔に苦痛の表情が映し出された。
女が見ればすぐさま手を差し伸べ、助けようとするであろう姿に
は一瞥するだけで、すぐさま紅葉を見始めた。
その様子に、重衡は小さく言葉を呟いた。
「神仏を穢す私に神は罰せられる」
その言葉に、は反応し言葉を返した。
「そうだね、君は罰さられるべき人物だ。
君は今から命に背いてでも、彼らを助けるべきだ。だって、彼らは神の使いで
しかも、神の象徴すらおいてある。そこへ戦いに行くなんて、
なんて罰あたり、なんて罪深い。もしそんなことすれば、
君のような奴は地獄に落ちるだろうよ」
の表情のない瞳が、重衡を捕らえた。思いもしなかった言葉に目を見開き驚いたが、
表情を戻し、そうですねと言う前にはそのまま話を続けた。
「って、言えば満足か?くだらないな。
あれはたかだか、木でできている像だ。お前はアレに動物が拝んでる姿見たことあるか?
あれはただ人が作り上げたもので、神などではない。
神などこの世界に存在しない。裁くのは、いつの時代でも人だ」
急に、は自分の胸に、重衡の手を押し付けた。
「しかし忘れるなよ。お前は人を殺す。この音と温かさを奪うんだ」
の体からは、心臓の音と温もりがあって、これと同じものを殺すことに
重衡は知らないうちに涙を流していた。
「くだらないこと並べ立てるなよ。運命だと?違うな。
お前は選んだんだ、命令を受け入れることで、
自分と一門の命のほうが他のものよりも大事だと」
から手をのけ払うと重衡は頭を振った。
「違う、私は」
「何が違うんだ?教えてよ。生きたいという気持ちが悪だっておもってる?
間違えてるね。人は誰もが生きたいと思っている。それこそ人を蹴散らしても、
悪じゃないさ、むしろそうでなければこの世界は生き残れない。
そして、一門を、家族をとることに誰が文句言うの?誰もいわない」
そう、穏やかな顔をしていうから、醜い思いを当たり前だと受け入れてくれるから、
重衡はしばらく何も言えず、涙を流した。
自分が許された気がした。そしてなぜ、彼女があんなにも慕われるか、
飽き性の兄様が手放さないのか分かった。
帰り道、女の前で泣いてしまった恥ずかしさがあるものの、
重衡の胸のうちはすっきりしていた。
それに、先ほどまでは自分が近づくだけで嫌がっていたのに、今は
馬から下りて一緒に歩いてくれている。それはとても喜ばしいことで、
つい口元が緩んだ。その姿をに見られて、慌てて隠そうと
とっさに質問をした。
「あ、あなたは、自分よりと思う相手がいないのですか?」
な、なんて馬鹿な質問をしたのだと自分でも思う。
と知盛の関係やら敦盛やら惟盛やらの噂はあるものの、
近くにいれば、ありえないと分かる。愛とか恋とかよりも戦いな彼女に
なにを。と思いながらもドキドキしながら答えを待っていた。
重衡は、はいないと答えると思っていた。
しかし、彼女は先ほどまでいた場所を眺めて
邸にいたときにはみたこともない表情で答えた。
「さあね」
彼女もそういう表情をするのかと重衡は思いながら、ツキンと胸に鈍痛が走るのを感じた。
すぐに収まった痛みに首を捻れば、いつの間にか先に進んでしまったに声をかけた。
鈴蘭ではなく、と。
2009・3・16