私とリズが一緒に暮らすようになって、色々なことを話した。
久しぶりに、血をみることも、泣くこともない生活で、楽しかった。


「リズ、見てススキ。今日は十五夜だからお月見しよう」

は、泥だらけの格好で、肩にリスをのせたままリズヴァーンに大量のススキを渡した。
リズヴァーンはススキを受け取ると花瓶にいける。

「そうだな。まず温泉に浸かってきなさい」

それから、の鼻についた泥を拭った。はくすぐったいのを我慢して目を瞑りながら、
されるままで、拭い終わったリズヴァーンに歯をみせて笑った。

「分かった、あ、リズ、お団子先に食べないでよ」

リズヴァーンが言った温泉は、庵からすぐ近くの場所にある。
白い湯気がみえる天然温泉には、先客がいたようで猿などの動物達が入っていた。
は、動物達に挨拶をするとの入るスペースが開けられた。
入っても良いという意味だ。は足からお湯に入った。
少し熱いかな、と思うくらいの温度で丁度いい。
ちゃぽんと音を立て、頭以外の全てをつからせ今を思う。
リズヴァーンのことだ。
一緒にいて、苦のない人で、この世界で心を許した二番目の人だ。
年が大きく離れているせいか、リズヴァーンはどこか父親のようで、母親のような人だった。
大きな手が自分の頭を撫でていくのが、堪らなく嬉しかった。
綺麗な大空の色が優しく細められるのも好きだった。
急に押しかけた、訳分からない女をこうも簡単に信じ、受け入れていいのかと心配するほど、
彼はお人よしだ。
それか、彼の言う神子はかなり愛されていると言うことだろう。
神子のことは、あの日リズが顔を変えた日以来言ってはいない。
でも感じるのだ。私がこの世界の一人だったら、リズは同じようにしてくれたのだろうか。
私が、神子によって飛ばされ、神子と同じ世界の人だからここまでしてくれているんではないかと。
温泉に浮かぶ自分の姿をみた。
ボサボサな髪、手入れなんてしてないからパサついて、ちっとも綺麗じゃない。
顔だって平凡で、体もこう、グラマーというわけでもない。
彼女のような綺麗な髪じゃないし、彼女のように綺麗な顔もしていない、
彼女のような笑顔が私にはないし、
一瞬だけみたあの人に敵う点は・・・・・・悔しいことにまったくない。
自分が浮かぶ水面に手を思いっきりたたきつけた、
水しぶきが思った以上にあがり、他の動物達ににらまれてしまった。



温泉から上がると、リズヴァーンはすべての準備を整えてくれていて、
は嬉しそうに駆け寄った。
自分が思い描いていたとおりの、ススキに段になっているお団子、それに大きな月。

「凄い、凄いね、リズ。私こんな完璧な月見って初めてだよ」

そういって興奮した様子で、お団子とススキと月を交互に見てはしゃぐ姿に、
こんな小さなことで喜ぶ姿に、リズヴァーンは温かい気持ちになりながらも疑問を口にした。

「お前の世界では月見ができないのか?」

はお団子をつつこうとする指をとめてリズヴァーンを見返していた。
長い髪が濡れて、足を胸まで折り曲げて体を小さくしたの瞳は顔の割りに大きく
黒い猫を連想させた。くりくりと丸い目はリズヴァーンに質問に、ピタリと止まった。

「んーどうだろう、ね。あの世界でもできなくはなかったかな。けど、なんか違うんだよね」

目は透き通っていて遠くを眺めていた。リズヴァーンが声をかけようとする前に
は顔をばっと上げると。

「お腹すいたー。ね、ね早く食べようよ」

裾を引っ張りながら駄々をこねる。
一瞬違和感を感じたが、早くと愛らしい子供にリズヴァーンは笑いながら髪を拭いた。





髪を拭けば、伸ばし放題な髪を今度切ってやろうと思う。
彼女は、自分のことに無興味で、服も格好も女の子らしくはない。
それよりも、食欲のほうに大いに興味があるようだ。
は、もうそんな丁寧にふかなくてもと拗ねていれば、腹の虫も鳴り、今度は照れている。
感情がコロコロとよく変わる彼女に、リズヴァーンは長年感じたことのない気持ちを感じていた。
フッと口元が揺らいだのを感じたのか、

は、顔をさらに赤くさせた。


笑った?ひどいよ。リズ。
これは、美味しそうなお団子を目の前にさせて待たせているリズが悪いんだ。

そういって顔をうずめて見させないようにしている。
そろそろ、からかうのをやめよう。これ以上機嫌を損ねるとなかなか直らない。



リズヴァーンは終わりだと言って手ぬぐいを下ろした。
それから自身の口元をそっと撫でて、
前に笑ったのは、いつだったかそんなことを考えていた。







2009・3・3