「今、平家を穢すものがいる。一つは源氏、憎らしい。
もう一つは赤鬼、敵は一人なれど残虐非道と聞く、してお主は何が出来る?」



目の前にいる彼女は、お日様に負けないくらいの笑顔で手を振る。
視線の先には傷ついた少年。彼も笑う。


赤鬼は、僕が思っているような人物ではなかった。



薬を取りにくる人はどこか暗い表情で、いつになったらと嘆いていた。
そんな彼らが、陽だまりのなかで子供たちと少女の姿に微笑みをこぼしている。
笑い声の中心に、子供以上に子供の彼女が必死の形相で、子供を捕まえている。

薬を渡せばあの子先生の、お弟子さん?なんて聞かれる。
僕はそれを笑顔で流すことしかできない。


「よーし、解散!!」

大きな声で彼女が言えば、みなが声をあわせてさよならをする。
少年は、おねーちゃんさようならというようになった。

「良かったですね。おねーちゃんと言われるようになって」

「おわぁ、弁慶!気配消して近づくなよ、ん?どこか行くのか?」

僕の黒い被りをみて彼女は聞く。
そうですよ。といえば彼女が僕の手伝いをするのは分かっていて、
僕は、

その通り実行した。


いつの間にか夕方になっていたようだ。
カゴの中にはいっぱいの薬草。考えごとをしていたせいか山の奥まで来てしまった。
ちょうど、彼女を拾った場所だ。

僕は、彼女が赤鬼だと分かっていて拾った。
男か女か分からない姿の彼女は、二本の槍で大の男たちをなぎ倒し
赤い服を翻し、瞳からは涙を流し、無表情で泣く姿に鳥肌が立った。
本当ならば倒れている時に、平家につれて行ってもよかった。

だけど、僕は倒れている彼女を拾ろい、あまつさえ怪我の治療をした。
きっと理由が知りたかったからだと思う。
なぜ、赤鬼となったのかを知りたかったんだ。


「べーんーけーい、どこ行った?」


彼女の女の子らしからぬ言い方に、くすりと微笑んだ。
彼女を見つければ、夕方の光に照らせれて彼女は夕日を見ていた。
黒くてボサボサな、彼女を男だと思わせている髪が揺れていた。
何をしている?と聞こうとする前に彼女は答えた。

「とても、綺麗だと思うんだ。ゆっくり見る機会が無かったからかな。
こんなに綺麗だなんて思わなかった」

「・・・・・・そうですか」

彼女の腕前は見事で大人の男たちが取り囲んでも大丈夫なくらい強いのに、
手は男よりも固くなってしまっているのに、
彼女の肌が白くて、赤い傷が痛々しく服の下に隠れてて、
肩は小さくて手は細くて、すべてが頼りないものに見えた。
守りたいと思わせるそれに頭を振った。
彼女の病気はすべて治っている。
もう、時期はいいはずだ。

これ以上、情が移る前に、

「あなたは戦いをどう思いますか」

「薮からぼうになんだ」

彼女は笑いながら答えた。
この数日間という短い間だけでも喜怒哀楽が激しい人物だと分かる。

「戦いねぇ」

ポリポリと鼻の頭をかく。数秒して彼女は答えた。

「私には関係無いものかな。
ああでも、戦いは人が死ぬだろう。それがイヤだ。
何人も何人も死ぬだろう」

「なら、なぜ」

「なんで人を殺すかって?」

彼女の瞳が僕をとらえた。狩人のような瞳だった。
最初から、彼女が僕の考えなど解られていたのだろうか。
彼女は僕から視線をそらすと、大きな伸びをした。

「決まってるよ、それでも生きたいからだ。
何千何万と殺しても一人を助けたい派なんだよ。
今のところ私以上に生かせたい人なんていないけどね。
ところで、弁慶はさぁ、戦いをなくしたいの?
ふーん、まぁ、いつかそんな時代はくるよ。たくさんの人を犠牲にして」

彼女は僕の方をふり返えるなり顔を歪めた。

「暗い顔すんのやめてよ。殴りたくなる」

「殴ったらどうですか」

「美人を殴ると怒られる」

「あなたは変わった人だ。僕に裏切られるとは思わないんですか?」

「思ってるよ。会う人会う人全員自分を裏切って殺しにくると思ってる」

おちゃらけて話しているけれど、そういう風に生きてきたことが言葉の端はしに読み取られた。
僕だけじゃない、さっき一緒に笑いあっていた人すら彼女は疑って生きている。
それは、なんて
なんて辛く悲しいことだろう。
そう思うと口が勝手に動いていた。

「辛くないのですか?」

「そうだね。私ものんびり縁側の下で人が来ても気にせずに寝ていたいよ。
でも、今までの自分を後悔はしない」

「なぜ?
あなたは戦わなくてもいい人だ。泣くのはつらいからでしょう?
後悔しているからでしょう?」

僕の本当に言いたかった言葉を
彼女はどこか遠くをみているような顔で言った。

「へんなことをいうね。これはね、弁慶」

指で目の下を突いて笑う。

「私じゃなくて彼女が泣いてるんだよ。
呪いをといたのに、自ら人を殺す私を憂いているんだ。
本当に死んで悲しんだのは一回だけ。彼女が死んだときだけ。
だからもう、戻れないし戻らない、私は生きたい」

何を言っているのか途中よく分からなかったけれど、
彼女がいう”彼女”を語るときの懐かしむような愛しむような顔をしたから、
彼女にとって”彼女”がそれこそ、何千何万の命よりも大事だということが分かった。
そんな顔もできるのかと凝視すれば、彼女は胸元で一本指を突き出した。

「一つ約束をしているんだ。
私は人を癒す人、それだけは殺さないって、だって彼らは私のできないことをする。
一人の人を救うことが出来る。誰よりも素晴らしい手だと思うんだ。
私の手は何人も殺せるけど人を助けることはできない。
だって、いくら力があれど最終的にはなにもできないから。

だから、弁慶?」



僕は、一人庵に腰掛けた。空には月と星が輝いている。
結局、僕は彼女を逃した。最後の脅しのような言葉に負けたわけではなく
純粋に、生かしたくなったのだ。
何千何万人よりも一人がいいといった彼女の気持ちがとても綺麗な物に見えたから。
僕だったら、大義の前に一人の命なんて軽んじるだろう。
それが大切な人であれど、捨ててしまうだろう。

いつしか、僕にも思える人が現れれば、彼女のようになれるだろうか。
そして、彼女のいう素晴らしい手をかざす。
ああ、そういえば。


「名前、聞くの忘れてました」


初歩的な誤算、最初から怪しいなんて分かっていたはずなのに、
彼女は、



少しだけ思うのは、
彼女のような人が、僕にとって全ての人を捨ててもかまわない人であればいいのに。












2009・3・1