『あなたは、生きるべきなのです』



桜華家の従者として自分が最悪だったことは覚えている。
もし、戻れるならば自分はそのときの自分をおもいっきし殴って罵声をあびせるだろう。
その頃の俺は、が大嫌いだった。この世からいなくなればいいと思うほど嫌悪していた。
鏡、鏡と泣いて笑って感情が激しい子供に従わなくてはいけないことに苛立ちを感じていた。


「鏡、鏡ぃ」

「なんだよ。うっせなー」

「鏡私ね、今日怪我しても泣かなかったよ」

褒めてと頭を出してくる子供に呆れて

「バーカ、お前は泣きすぎなんだよ。それに怪我させれられてんじゃん」

「うぅ、き、今日はちょっとかわせたし」

「ふん、そんなんで俺を従えようなんざぁ。百年早いな」

うぅぅ。と、情けない声を出し泣きはじめた、俺の主となる小さな子供は
どこを見てもわがままばっかり言うガキだ。
泣きはじめれば、すぐに空蝉姉が来る。

「こら、なに苛めてるの!まったくあなたは、毎度毎度、従としての自覚をもっと
ああ、様。大丈夫です。ほら涙をお拭きになって、ね?」

そういって、優しく撫でてもらえばすぐに機嫌がよくなるのだ。
きっとこいつはわざと俺に怒られているに違いない。
撫でられているときにちらりとこっちを見るのだ。
それがどうだ、いいだろうといっているようで。
羨ましいよ。羨ましすぎる。
苛められた後はすぐに空蝉姉の膝枕で寝ている。
交換しろよ。このガキ。くそ。
俺が、じっとガキを見ていれば、空蝉姉は苦笑して俺に言う。

「鏡、あなたはどうしてそう様を苛めるの?」

「・・・・・・俺はそいつの従なんてなりたくない」

「なぜ?」

「だって、わがままだし食い意地ははってるし泣くしうるさいし
そのくせ、何もしないし、まだ怜奈様のほうにつきたいよ」

空蝉が何かをいようとすると鏡が言葉を遮った。

「姉さんは分からないよ。あの優しくてかっこよくて強い
皆が憧れる慕われる当主様についているんだから」


「鏡」

「そいつは違う。毎日苛められて笑われて帰ってくる。
大きくなったら、当主様のようになるわけがない。
だってこいつは甘やかされて、何かあれば他の誰かのせいにして生きてる」

「鏡」

空蝉の声が大きくなった。空蝉を見ればにっこり微笑んで、

「あなたが様につきたくないのは分かったわ。
けれど、一つだけ言わせて頂戴。あなたは何があっても様を傷つけてはならないわ」

「なんだよ。それ」

鏡は、むくれてそのままその場を後にした。
最終的に自分の大好きな姉ですら、自分ではなく桜華家をとるということに嫉妬したのだ。
そのときの鏡には理解できなかった言葉を、のちに嫌というほど知ることとなる。




自分のなかで桜華家は絶対のもでなにものにも侵されない領域だった。
それを、踏みにじったのはであると勘違いをしていた。
真っ赤になった建物を唖然としてみる。ことの成り行きさえも分からないまま
自分の最愛の人の場所へ行けば、ぐったりと横たわっていた。
もはや、息もしていない。体温だけが生きていたという証になっていた。

俺は、自分の中の何かが壊れる気がした。
ぷっつん。と音を立てて切れた俺は、敵がいるなか大きな声で叫んだ。

「あぁうぁあああああああああああああああ」

殺されてしまいたかった、自分にとって姉は全てだった。
そのうえ桜華家さえもなくなれば自分の生きる理由はもはやない。
それなのに、来たのは自分の小さな主。

主は、泣きべそをかいて鼻水をたらしみるからに哀れだった。
手には、小さな赤子・怜奈をぎゅっと握り締めている。

「か、がみ」

こんなときにまで俺に縋るというのか。自分の名前を呼ぶ主に俺は切れた。

「なに泣いてるんだよ。泣いて誰も助けてくれるない。
俺の名前を呼ぶな。虫唾が走る。俺はお前なんていらない。
お前のせいで全てが駄目になったんだ。それなのに、
なんでだよ。なんで姉さんが死んでお前は生きてんだよ。
桜華家が滅びるのも、姉さんが死ぬのも全部お前のせいだ。
お前が悪いんだ。お前がいるから・・・・・・お前が死ねば良かったのに」

本当に俺はどうしようもない男だった。
自信家で弱いものには強く強いものには弱い典型的な卑怯者だった。


何人もの敵が来る姿をみて、俺は自分のことしか頭になくてようやく
楽になれると思っていたんだ。どうしようもない現実から逃げたかったんだ。
目をつむれば、急にが泣きやみ初めて違う風に俺を呼んだ。

「鏡ちゃん」

その言葉に聞きなれなれなくて感情を全て落とした声が誰なのか分からなくて
後ろにいる人物を確認した。

は、鏡に怜奈を渡すと感情というもの全てを抜け落ちた顔をして笑った。

「私は一つだけおまじないできるんだ」

「何言って」

「3数える間。目を閉じて、そしたら何も怖がらなくて大丈夫」


この場に不釣合いな穏やかさをもっていて俺は言われるままに目を閉じた。
に言われて、体が震えていたことに気付く。






はい

もう大丈夫

物音一つしない。の声で目を開けてみれば、敵は全て倒れていた。
自分より小さな子供は笑って、足を進めるその後ろ姿を情けなくついていった。
結局自分が馬鹿にしていた子供が一番大人で
そして俺が一番の自分のことしか考えてない子供だった。

着いた場所は、当主様の部屋で、炎のなか真っ赤に染まる部屋。
それだけでなく、真っ赤に飛び散る血。



か細い息で父親が呼んだ。母親はもう死んでいて静かに横たわっていた。
若干の差で宗主のほうが上であったがもう虫の息だ。
息をするのも苦しそうに、立つことのできない体で
はいつくばっての足を取った。
その目には狂気と独占欲しかなく、は冷たい瞳のまま宗主に言った。

「哀しい人ですね。あのままでいればよかったのに。なぜ、私に固執する」

「お前の並はずれた才能と強さだ。それさえあれば京洛家はもっと大きくなれるからだ」

「残念です。教えるときのあなたは嫌いではなかった」

そういって手を振り落ろす姿に宗主は笑った。
そうだな。俺も嫌いじゃなかったよ。ただ純粋に。

「お前と戦いたかった」

強い奴と戦って勝敗なんてどうでもよくてただ感じるままに生きたかった。
それを言えたらこんなことにはならなかった。
そうさせてくれなかったのは、京洛家。いいやもう一つの自分。
親友に言われたように、父親として一己にいえればよかった。
京洛家に縛られるな。力だけがすべてじゃないと。
息子になにを言われるのかが怖いなんて思わずにいえれば全ては変わったはず、
ああけど、もう叶うことはないけれど。
宗主は静かに手を離し、地面に顔をつけた。



パチパチと音がし木が燃える匂いに人の燃える匂い。
そろそろここも崩れるだろう。
は父親の元に向かった。
父親は死ぬかけているのにいつもと変わらなかった。

「これで、桜華家は終われます。ようやく終われる。
ですが、。あなたは、生きるべきなのです。
自分を殺すことだけは許しません。あなたにはまだ役目が残っています。
怜奈です。自分のためではなく怜奈のために生きなさい。
あのこを哀れだと思うならその倍愛しなさい。
今から、あなたが怜奈と鏡を守る主です。
それを肝に銘じときなさい。
ああ、もうお別れの時間です。さぁ、行きなさい。


こくんと頷くとは何も言わずに外へ出て行った。

一人だけの部屋で当主は呟いた。

「ごめんなさい。私はあなたに何一つさせてあげれなかった。
あなたを何一つ守れなかった。
そしてありがとう。
こんなにも心の清い優しい子に育ってくれて、私はあなたを上でのんびり待ってます。

。なにがあってもあなたは私の子です。

化け物なんかじゃありません。私の愛しい娘」


言えたら良かったんですけどね。私もこの馬鹿と同じで大切すぎて言葉がたりない。
そういって笑った。


が建物から出て紅く光る場所をみればガラガラと建物が壊れていく。
は足をとめ呟いた。


「さようなら。愛しい人たち」


そういって笑った姿は、泣く姿よりも哀しい。






2009.124