「あれは、前宗主様が来たときだ。
日本庭園造りの庭は、春、いっせいに桜が咲き乱れる。
白い桜は桜華家を象徴したもので、何百年前の桜もあった。
桜華家は京洛家の分家であったものの、本家と変わらない力を持っており同等だった。
京洛家は表を。桜華家は裏を。
それくらいの差しかなかった。
前宗主は、桜華家の当主と大変仲がよかったが。あまり表立って一緒にいることが出来ない。
表と裏は一緒でありながら、であうことがないように。
だから、二人は、一年に一回、
桜が満開になる頃にあまり人が寄り付くことのない静かな桜華家で
桜を見ながら酒を酌み交わしていた。
けど、あるとき宗主は一人の男の子を連れてきた。
それが、一己だった。
宗主が子供のことを語り始めると、当主に子供がいたことを思い出す。
紹介しろとせがむ宗主に、当主はおれて自分の子供・を紹介した。
そこから、全てが始まった。
出会ってから一己はなにかとつけてを京洛家に呼び、いじめ倒し始めた。
は、家に帰るたびに体に傷をつくって泣いて戻ってきた。
そのたびに、当主はを慰め、一つ約束を交わしていた。
は、その約束を撫でてくれる父親の手によっていやいや頷いていた。
『いいかい。。一つだけ約束しよう』
は、泣きながら帰ってくるのに、なぜか行かないとは言うことはなかった。
理由は簡単。
彼女は、彼らの技をすべて家に持ち帰っていた。
うすうすと気づきはじめるものもいるだろう。
彼女の才能にいち早く気付いたのが父親で、その次に気づいたのは宗主だった。
一度技をかけられても、次にもう効くことがない。
それどころか、時々技を仕返すことがある。まったく同じ技で。
そしてもう一つは、彼女自身の技を一度も見たことがないということだった。
いくら小さいといっても裏の頂点である時期当主になんの訓練をさせていないわけがない。
気づいた日から、宗主はを観察するようになった。
観察していくうちに、
宗主は自分よりも何回りも年下の子供に恐れと尊敬の意を抱くようになっていた。
それよりも、武道家としての血が騒ぎ始めたのだ。
宗主はが来るたびに訓練をつけはじめた。
そんな父親の変化に一己が気付かないわけがない。
次第に一己も理解し始めた。
彼女は闘うときに力を抜いていることに。
自分が凡人で、が天才であるということに。
弱い弱いと周りがをはやしたてている姿がどんなに滑稽か。
段々と自分よりもに力をいれて教え始める父の後ろで一己は拳を握った。
『これを、破ってはいけないよ』
そして、あの日ことがおこった。
その日は、時期宗主の力見せの日で弱肉強食を掲げる京洛家の一大イベントだった。
道場の中には、数人の重鎮が座り、そのなかに桜華家の当主も来ていた。
上座には宗主が座り自分の子供の様子を嬉しそうに見ていた。
一己は、全ての用意された相手を一撃で倒すと、宗主に頭を下げた。
そして顔を上げると覚悟をした目で宗主に言った。
「もう、一人どうしても闘わねばいけない相手がいます」
宗主はその言葉でピクリと顔を動かすと、目線でうながした。
一己は父親のやめろという合図を無視して、立ち上がり
を中へいれた。入ってきたの姿に宗主は何か諦めたように
「いいですよね?父さん」
「・・・・・・勝手にしろ」
『絶対何があっても』
その試合は一方的なものだった。
は宗主の攻撃を受けて、ぐったり血まみれで床に伏せていた。
一己は、それでもなお攻撃をやめない。
当主が宗主に目配らせをして、宗主がやめるようにと一己に言ったが
一己は狂ったかのように攻撃し続けていた。
はその姿を目を閉じずにじっと見ていた。
「なんだよ。その目は、少しぐらいは泣き喚いたらどうだ?
ええ、おい。なぁ、全力出せよ。俺が、お前を負かす。
お前が本当に弱いって、証明させるんだ」
「一己、もうやめろ。はこれ以上闘えない。お前の勝ちだ」
「はん、嘘だろ?知ってるんだ。こいつはこんなんじゃない。
もっとでっかくて化けもんみたいなヤツだ。
こんくらいで死ぬかよ」
一己が蹴るとの口から血が流れた。
その姿にたまらず、当主が口をだした。
「やめてください。もうこの子は闘えません」
当主の姿をみて一己は笑った。
そして動けないの髪を掴むとに聞こえるくらいの声で話しかける。
「見ろよ。。お前の親父はなんて無様だ。
細い体に弱そうな顔。ああ、けどお前を生ませた男だ。あいつも、化け物だろう?」
なら、退治しなくちゃな。
そう、言ってを離して当主の元へ行こうとする一己の足をは掴んだ。
『技をつかってはいけない。いいかい?』
は、父親との約束を破った。
ボロボロで背中が半分見える着物で起きあがると
雰囲気が一転した。当主が止めようと必死で何か言っていたが
の耳にも一己の耳にも入らない。
一己は怖いものみたさの好奇心により興奮していた。
だが、それはすぐに終わる。
結果がでるまでかかった時間はものの数秒だった。
すぅと柔らかな手つきで少し触れたかと思うほどの力、
それだけで一己は、顔を地につけた。
一己が見たものは、背中に紅い牡丹の華と、
髪の色が白く変化したの姿だった。
そして、彼女は自分をつまらないものかのように言い捨てた。
「弱虫」
『そう分かったか。いい子だ。、いい子だ。』
約束を破ったことによってすべてが崩壊した。
2009.1.22