口からボトボトと赤い血がこぼれて、白い着物が血を吸って真っ赤に染まる。
一瞬の出来事だった。
がくがくと足が痙攣している。それでも立ち続け口を拭った。
うっすらと青白くなった顔に、笑みを浮かべ、
やってくれましたねとばかりの挑戦的な目で、
辛いであろう体でありながらも平気だとばかりに笑う。
それが、彼女、の姿だった。
は、その姿のまま宗主に飛び掛った。
赤い血が空中で弧を描く。動きは遅くなったものの、優雅さだけは変わらない。
花の姿のまま枯れることなく根元から落ちていく椿のようでもあり、
水中では懸命に足を動かしている白鳥だったのかもしれない。
誰もが言葉を忘れている中、怜奈が叫んだ。
柊の術にかかっていなかったようで、自由に動き二人が戦っている近くにいた。
「もう、いいよ。ちゃん」
その声は震えていた。
「もう、いい。もう、戦わなくてもいいじゃん。謝って終わりにしようよ」
これ以上、二人の戦いは見たくないと魂の叫びだった。
二人の動きが止まった。
は、目を見開いて怜奈をみると静かに首を振った。
その行動に、怜奈は声をもっと甲高いものにかえ喚いた。
「なんで、よ。あんたは・・・どこまで自分勝手なの?
意地とかプライドとかそんなもん捨ててよ!!
あんたは、私の家族を殺して私をずっと一人ぼっちにさせたの!
だから自由なんてない。あんたの最後は私が殺すんだからぁ。
勝手に死ぬなんて許さない!」
怜奈は、ずっとこの戦いが仕組まれたものだと思っていた。
最後に宗主が勝って、に謝らせて全てが終わるせる茶番だと、
しかし、現実は違った。自分の知らない姉や宗主の姿。
殺意しかない二人の戦い。
決定打は、の吐血だった。
このままいくと、は死ぬ。
フーフーと息荒く涙ぐんだ目でをみる。
は、少し寂しそうに首を振って笑った。
「大丈夫。私は、大丈夫なんだよ」
嘘だ、と分かっているのに。
「私も本当のお遊びはおしまい」
そういった、の顔には自信しかなかった。
己を信じた純粋な強さがあった。
なんて、馬鹿なの。怜奈はそういえば、目の前の姉は少しだけ
本当の笑顔を見せた気がした。
あの時と同じように、に光が集まった。
その光に重鎮が騒ぎはじめた。
中には、それがなにか知っていて静かに沈黙を守っている人もいた。
宗主は、待ちに待ったおもちゃを渡された子供のような、
獲物を待ち構えている肉食獣のような笑みをすると。
「このときをあの時から待っていたぜ。。俺とお前の因縁が始まった日から。
今回で、それにかたをつけてやる」
に集まった光は収縮されそれから弾けるように消えた。
「なら、さっさとかたをつけましょうか」
の姿は、最初となんら変わっていなかった。喋り方も年齢も体もなんの変化もなかった。
ただ、髪の毛が艶のある真っ白に変化していた。
道場に差し込まれた光に髪が反射して誰も踏んでいない雪のようだった。
その姿に、柊は興奮ぎみでいつのまにか持っていた写真機で写真を撮る。
「まさか、もう一度覚醒した桜華一族を見れるなんて。フフフ。
あの時は、撮れなくて悔しい思いをしましたから」
「桜華家?」
「元々のと怜奈の苗字だ。引き取られて京洛になったんだぞ」
「ご存知でしたか?」
「裏でマニアで知らない奴はいない。肉弾戦で一番強いと噂されていたが、
誰もその技を見たことがなかったので、幻とされていた一族。
名前が一緒のときは、偶然かと思ったがそうか。そういうことか。
それなら、の強さは分かる。だが」
「なんで様だけなのかというところでしょうか」
「え、怜奈ちゃんは違うの」
「フフ。あの方のは京洛家の方で豪です。それに対して桜華家は柔。
まったくの別物です」
「一子相伝か」
「それも、ありますが、もともと教わるときに教える人間は死んでいましたからね」
写真を撮り終わったのか、柊は写真機を懐に入れていた。
錫杖の輪が風がないのに揺れた。
シャリン。
それが合図のように、二人は動いた。
さっきまでがフルではなかったのはお互い様のようで
の動きも宗主の動きも機敏になっていた。
数分間の交わりあいで、が右手で滑らかに円を描き両手を突き出した。
「『円華』」
その円を避けたものの、宗主の体からはいく本もの傷が入っている。
チッと舌打ちすれば、そのまま直進での体目掛けて突っ込んでくる。
がら空きだったその技の格好から猪を避けるかのようにひょいと上に飛ぶと
そのまま全体重を首の一点を軽く触りそのままふわっと空を舞った。
宗主は、首を押さえたもののそのまま足を折って地面についた。
さっきまでの試合が同等ならば、今の試合は完全にが支配していた。
段々と、重鎮がざわざわと話し始めた。
「なんなの、急に」
「最初に言ったでしょう?京洛家が変わるかも知れない日だと。
弱肉強食。弱いものは去り強いものだけ生き残る世界。それが京洛家です。
それは、上でもそうなのですよ。だから錬と燐の双子は京洛家でも名のある
怜奈様だけ倒そうとしていたのです」
「宗主が変わるということか」
「そういうことです」
「『生ある死か、死ある生か』ってこういうことだったんだね。
君は死ある生を選んだ。死にかけて戦って自由を得るんだね」
雲雀が、そうポツリとどこか寂しそうに呟けば、宗主が起き上がった。
負けそうだというのに、目は勝利を確信した姿で、
道場に響き渡るほどの声で笑っていた。
「相変わらず。糞強くいらっしゃられる。『桜華の鬼』はぁ」
ポキポキと首の骨を鳴らしす。
綱吉が、聞こうとする前に柊が先に答えた。
「一世紀一人出るかどうかの天才。人の子ではないということです」
クククと笑いを止めずに宗主はを見た。
はその顔で何かを悟ったらしく。急に宗主から背を向けると綱吉たちのほうへ走った。
「けど、所詮お前は人の子。切り札は最後にだすんだぜ?」
は、必死の形相で雲雀の前に来ると守るように手を広げれば、
プツと何か刺さる音が聞こえた。
2009.1.16