【京洛 怜奈】
口にゴムを加えて、髪を結う。
手入れを怠らない長い髪がサラっと揺れた。
鏡で出来を見てニコっと笑う。
うん。今日も私は可愛い。
毎朝、日課であるように心の中で呟く。
実際、私は可愛い。
通学路では、視線を集め、どこへ行っても声をかけられる程度には。
でも、何か違うっていつも思ってる。
理由なんて簡単。
私は、恋を未消化のまま終わらせてしまった。
つまり、その・・・・・・まだ恋している。
いまだ忘れられないのは、その人がやたら素敵でかっこよかったというのもある。
それ以前に始まる前に終わり、告げることのなかった思いで、
自分のなかで終わっていないというのが一番だ。
今日も誰か知らない人に告白されて、断る。
相手の「なんで?」という言葉にくすぶり続けた感情が、また火がつく。
なんで?残酷だね。私も、そう言えれば幸せだったのかな。
私は、なんでなんていえない。
だって聞かなくても分かるもの。
するりと、髪を解いて、下ろした髪に触れる。
無性に泣きたくなった。
あの人が褒めてくれた髪は、もうこんなにも長くなっていた。
そんな思いのなか、恭弥さんと出逢った。
初めちゃんが好きな相手だということしか興味がなくて、
私の感情は一つのことだけにしか動いてなかった。
それは、ちゃんの好きな人を奪ってやること。
なんでかなんて簡単。
ーーーーーー復讐だよ。
私の好きな人はずっとちゃんだけを見ていたからだ。
告白することも出来ない。ちゃんが好きだって体全体で感じる。
彼女が嫌いだ。
彼女はその感情に、気付くこともないのに、誰にも触らせることなく彼を傍におかせている姿も
嫌いだった。
私の計画は上手くいって、
ちゃんから恭弥さんを奪ってすっきりしたけれど、心は空洞で。
そんなの、当たり前だ。
自分が奪ったと思った相手はすべてちゃんに計算されて出逢わされた相手だったんだから。
悔しくて、やるせなさしかない自分を救ってくれたのは、なんと恭弥さんだった。
最初は皮肉すぎる展開に戸惑ったけれど、
笑えば、いつもピンと張っている空気が和らいで、年相応の幼い顔になる。
暖かい場所や涼しい場所を好んで・・・・・・猫みたいで、
自分にだけ見せる仕草や表情、それだけでのめりこんでいくのが分かった。
でも、それは長く続かない。
私は最初から一つ見ない振りをしている所があった。
ーーーーーー奪った。
その言葉だ。
ほっとけば、恭弥さんとちゃんがくっつくのは分かっていたんだ。
恭弥さんは確実にちゃんを意識していて、ちゃんはどうかしらないけど
私にと選んだはずだから、嫌いというわけではない。
奪うだけでよかった。でも、今は傍にいて欲しい。
「だってずるいんだよ。ちゃんはいつも私が欲しいものを全部とっていっちゃうんだ」
恭弥さんとキスして浮かれた気分はちゃんが現れてすべて台無しだ。
「・・・・・・気付いていたんだな」
黒い可愛いベイビーに、私は笑う。
「私が酷いっていうなら、あの二人はなんなんだろうね」
そういえば、リボーン君は帽子を下げて一言「さぁな」とだけ言った。
ちゃんと恭弥さんの仲のために私が邪魔だって忠告しに来たはずなのに
コーヒーをおごるって男前に行為に涙が出そうになる。
まただ。
恋が始まる前から終わっている・・・・・・なんて。
外は、もう赤く色づいている。
ブラックのコーヒーを飲むベイビーの姿を横目に、ミルクと砂糖を一杯いれる自分に苦笑。
くるくるまわして黒が薄くなった。
黒で思い出す二人の人に。
一人目は、恭弥さん。
本当はもう返さなくちゃいけないことなんて分かってたよ。
キスしてちゃんを見たときに少し動揺したでしょう。
『僕と怜奈は、恋人だよ』
なんて、嘘つき。
ちゃんが好きな癖に。
もう一人に。
ちゃんの妹としてみないで、私は京洛 怜奈だよ。
それとね、ずっと言いたかったことがあるんだ。
好きだよ。ずっと好きだったよ。
黒いコーヒーの中に、水が入っていく。
ねぇ、お願い。そう言わせてよ。鏡さん。
【鏡】
カラン。と音が鳴れば、ここは桃源郷。
一夜なんていわないで、ずっと夢を見せてあげる♪
いらっしゃい。ゲイバーひび☆きへ。
なんて、常等文句言いなれた。
お客さんを悩殺していれば、ボーンと鐘が鳴る。
もう、こんな時間か。
「ごめんなさい。鏡ちゃんはこれで、お・ひ・ら・きよぉー」
えー、とブーングを鳴らすお客さん。
ママが言ったことに一体何のことだか、分からなくて裏で聞けば。
「うちはあんたでもってるけど、一日ぐらいじゃ潰れないのよ」
「え」
ごついなりをした、中年男性の女装としか言えないママは、ため息を吐いて、
「鏡ちゃん、アナタ何回時計見たか分かってないわね?
もう、鈍いんだから。素直になりなさいよ。
・・・・・・あの子と一緒にいたいんでしょう?」
言っていることがわかって、はっとママから顔を背ければ、ママ笑って続けた。
「ワタシはこんななりだけど、乙女心わかっているつもりよ。
それに、一人じゃ寂しいものよ。こんな日はね」
「・・・ごめんなさ「そうじゃねぇだろ」」
一瞬の地声とマジ顔にビビリながらも言い直す。
「ありがとう。ママ」
頭を撫でられたと思うと、皆がコートやら箱やらをもって現れて、
さっさといけとか、これワタシからって言って頂戴。とかいって私を外へ追い出した。
外は、もう真っ暗。時計をみればまだ間に合う。
赤い服にコートを羽織渡された箱をもって駆け出した。
帰る場所は、オンボロのアパート。
家にまだ明かりはともっている。
息を整えながら、扉の前まできてなんていうか考える。
まとまらない。なんていっていいか分からない。けど、時間が終わってしまう。
ぐるぐるしたままつったっていれば、扉があいた。
着物姿でもう眠る姿のあなたがこっちを見つめた。
丸い目が私を捉える。
カーと顔に熱がたまるのが分かった。
いい年して一つの言葉すらいえない、なんてなさけなくて、恥ずかしくて。
ああ、でも。
下げた顔を上げてあなたに。
「た、誕生日おめでとう」
そういって、渡された箱を差し出す。
あなたはそれをみてむず痒そうに笑って
「ありがとう」
部屋に入って渡された箱の中身を開ければ、ケーキでちょこんとウサギがのっている姿を
おおーと感心したように見つめていた。
そういえば、こういったケーキが初めてだったことに気づく。
いつも、どっか高級なもんしか出されたことがなかったし、
それと、二人での誕生日も初めてだ。
やっぱり照れくさいと、コートの中のものをなかなか渡せなくて、
でもコートは脱げなくて、そんな姿に気付いたは怪訝な顔で
「なんで脱がないの?」
息を整える。本当、自分がもう20代後半の大人だろうかと疑うくらい初心で
どうしようもないけど・・・・・・やっぱり。自分の場所に置かれた湯飲みを見て、
小さい箱を差し出した。
「私からのプレゼントよ」
極力、動揺せずにいえたと思う。
は、すっとぼけた顔して私に?と恐る恐る箱を取った。
ちらりとこっちをうかがうから、大きく頷くとはカパと開けて中を見る。
反応がない。
趣味ではなかったのだろうと、思えば、
久しぶりに、彼女らしい笑顔を見た。
良かった。勇気をだしてあげれて、はなかにはいったリボンで自分の髪を結うと
似合うかって聞いてくる。
「私が選んだんだもの、似合うに決まってるわ」
一週間考えたなんて、いえないけど。
「さーケーキ食べましょう?おなかすいちゃったわ」
切り分けるなか、興味深そうにみていたうさぎをのっけると嬉しそうな表情をした。
可愛いもんだ。
ああ、けど。
また、言えない言葉を飲み込んだ。
ずっと、一緒にいよう。
なんて、
ため息と共に歯がゆい気持ちも飲み込んだ。
【紅】
自分には、立派である主人がいる。
そのお姿は神々しく、一言の言葉は重く、手は温かく
何日経ても語りつくすことが出来ぬほど素晴らしく聡明な我が主・一己様は
毎日が詰まらなそうにしていらしゃる。
理由など、いいたくないが、あの女のせいだ。
あの女は、一己様からのかいがいしいご寵愛を袖にし眠りのふちへついた。
自分から言わせると因果応報としか言いようがないが、そのことで我が主が
心を痛めている姿に胸が苦しくなる。
あんな女のどこがいいかなんて一向に分かる訳がないが、
一己様があれほどいれこむのだからきっとどこか素晴らしい所をお探しになられたのだろう。
そんな日が何年か続いて、自分の非力さに涙が出そうになる。
自分の力不足の故だ。と今日も今日とて糸を振るえば、
胡散臭い男が立っていた。
「あらん。紅ちゃん。元気ー?」
手を振っているが、無視だ。大体男の癖に女の格好や言葉ずかいをする変な男に
修行を邪魔されてたまるか。
「相変わらず。無愛想ネェ。フフフ、ボンボンに見捨てれないように笑えばいいのに」
カーチンときたが、これがこの男の手段だ。
いつも嫌味をいってからかうのが好きな男だ。悪趣味極まりない。
「あらあら、拗ねちゃって。っと今日はそのためにきたんじゃないのよ。
報告しに来てね。ボンボンに」
コイツが着たということはそういうことで、その報告が我が主が望んだ物だって分かっているけど
糸を手元に引き寄せる。
自分は一己様の従だ。従は主の気持ちを最優先させ自らの気持ちなんて二の次よりも
下位で、
むかつく男を我が主まで案内する。
我が主は、案の定鏡の報告をきいて久々に嬉しそうに笑った。
鏡は嫌そうに、あの女の除名とここを出て行くことを言う。
自分もその意見に賛成だ。我が主を煩わすものなど反逆者などいなくなればいい。
我が主さえ是といえば、自分はためらいもなくむしろ嬉々としてあの女の首をはねるだろう。
しかし、我が主が言った言葉は、除名以外を認めるとの言葉で、
鏡の顔が苛立ったものに変わったが、これ以上聞き入れないと思い帰っていった。
いつもみたく根性だしていえばいいのに。と思いながらも上機嫌な我が主に酒を注ぐ。
「なぁ、紅。聞いたか。あいつは生きてた。クククこんな嬉しいことはねぇ」
「・・・・・・なぜ」
「除名のことだろう?久々にお前の嫌そうな顔見たぜ。
紅。あれはな、どこに行こうが何をしようが、俺のだ。
所有物には名前が必要だ。そうだろう?」
自分は答えられなかった。
もう、忘れて違うものをみつけてはと言うことは出来ない。
だって自分は、我が主を絶対好きにならないであろうあの女を好きであり続ける限りは
一己様は誰のものでもないから。
身の程しらずの思いが自分を苦しませる。
一己様。自分を見てくれとは言いません。
せめて最後のときを傍に置かせてくれれば
それはなんて、幸福な人生。
【ディーノ】
「あーあ」
大きな邸の中で、自分の声だけが嫌に響く。
目の前にはたくさんの書類。自分が日本に言っていた間溜まったもので、
終わるまで、部屋から出てはいけないと、
外の扉には部下まで設置してある。
ディーノは蜂蜜色の髪を揺らしながら、天井を見た。
綺麗に掃除してある天井はシミ一つなく白い。
「もっと、頑張ればよかったな」
ぽつりと呟いて、思う人は、一人。
真っ白い髪と強い意志を持ち、此の頃は普通に笑えるようになった、
だけだ。
彼女は、自分の力で今は家の中を直している最中で、
学校を辞めて忙しい日々を暮らしているらしい。
人づてに聞いた内容だ。
目を瞑れば、今でも鮮やかに浮かぶのは、
笑って、困っている姿だけで、
自分の弟子でもある恭弥はそれ以外の表情を見れるのだろうか。
嫌だなぁ。
声には出来ない思いを心の中で呟く。
言ってしまえば感情が爆発しそうなのだ。
窓の外に目をやれば快晴で、外へ出たくなる。
しかし、それを妨害するのは高くつまれた書類。
「あーあ」
二人一緒にいる姿がお似合いだって気付かなければ良かったな。
中途半端に大人な俺は、今すぐ彼女をさらいに行くこともできない。
けど、一番の理由は。
恭弥といるときの彼女がとても嬉しそうでとても穏やかなこと
そんな彼女の幸せを奪うことできない。
結構本当に好きだったことに振られて気付いた。
だって、振られた今でも君の幸せを祈ってる。
ああ、でも本年を言えば俺の横にいて欲しい。
「へんだよなぁ」
一つ笑って、ペンを握った。
さっさと終わらして、愛しい君に会いに行こう。
おめでとうなんて、言えるはずもないけど。
恭弥に飽きたら俺のところにおいでくらいは、言いたいから。