ひどい子ひどい子ひどい子ひどい子。
ううん、本当にひどいのは。
目の前にいる少女は、私の欲しいもの全て持ってた。
華奢な体。守らないとと思わせる儚さ。料理が得意だとかの女らしさ。
私が欲しかったものすべて持ってた。
私だって、と頑張って作った料理は全て消し炭で、
驚いてる男の子に、教えるよなんて言った少女。
私は、ううんと首を振った。彼女に悪意なんてなくて、
本当に善意だって分かってても、私負けたくなかったの。あなたに。
なんでって、そりゃ決まってる。
背の高くて白衣が似合う人。
二度目に恋した、大人で綺麗な目のハデス先生。
大好きで、仕方がなかった。
毎日、会うたびにドキドキした。
触れたら顔が真っ赤になった。
私の名前を呼んで、私だって呼んで、
毎日昼ごはんの時は、みんなと集まるふりして、先生目当てだった。
中学2年生と先生とは駄目だろうってなんとなく思ってたけれど、
それ以前の問題。
先生に、私の姿なんて目に入っていなかった。
禁忌・禁断・停止線が、先生の中に存在していたなら、簡単に諦めれたのに。
先生が、好きだったのは、同じ教師じゃない、同級生でもない、
大人な女性でもない、同じ年の女の子。
いいよね。病弱なのは。
私、一日中雨に打たれてみたけど、全然風邪する気配もなかった。
なのに、あの子ったら、一日に何回来れば気が済むの?
何回大丈夫って、心配されれば気が済むの?
それで、先生をゲットして、本当にずるい。
ずるい、ずるいよ。
私は、目の前の少女は、ぎっと睨む。
それで、大体の男の子は、びくりと驚くから、女はなおなのに。
彼女は、静かに、こちらを見返していた。
それには驚いた。
だって私が彼女を睨んだのは、こちらを見ないと思っていたから、
いつでも下を向いて、小さな声で、睨めば泣いてしまいそうだって思っていたのに。
射ぬかれた彼女の瞳は。
「ごめんなさい。
私、ハデス先生と好き合ってます。真哉ちゃんの気持ちを知ってるのに、
ごめんなさい。だから、殴って!!」
とても綺麗な瞳をしていた。
それは、私が好きになった人の瞳と同じで、
ああ。ああ。そうだよ。分かってた。
私が拳を握ると、ぐっと体を硬直させた。
私の拳の威力をちゃんと知ってるのに、体だって丈夫じゃないくせに。
「バ、バッチコーイ」
だって。
きっと怖いんだろう。なのに目を閉じやしない。
私は、彼女の気の抜けた台詞と、ガチガチな姿に、降参。
参りました。
彼女の頬を、ペちりと打った。
「これで、いいよ」
目を見開いて驚いた顔をしてるちゃん。
これでいいよって?違う。これで、もういいじゃないだ。
ごめんなさいと言うのは、私であなたじゃない。
本当は私が、ひどい子なの。
私ね、ハデス先生とあなたが二人っきりにならないように、
藤くんとタッグを組んでいつも邪魔してた。
変な噂を、教師と生徒の恋?なんてもの流して、
ハデス先生とちゃんを離してみたりもした。
これは、すぐにご破算になった。それはそうだ。
ちゃん、保健室に行かなくちゃ、すぐ倒れるし、
なんでかハデス先生じゃありえないって。
それと、毎日、ハデス先生がさっさと諦めてるようにって祈ってた。
祈りが効いたのが、呪いが効いたのか分からないけど、
藤くんとちゃんが付き合った!
ガッツポーズ。
好きな人が落ち込んでる姿に、歓喜。
そんなのおかしいよね、私、先生のこと好きなのに、
悲しい顔するたびに、微笑んでたなんて。
だから、そんな嫌な子ってことバレてたんだ。
きっと体の外側に、にじみ出てたんだ。
好きなの知ってるのに、ごめんねだって、私だって言ってないことがある。
私ね、ちゃんとハデス先生に振られているの。
藤くんとちゃんが付き合ったときに、私じゃいけませんか?って聞いたの。
答えは、想像の通り。
私ね、気づいてたの。二人が本当にくっつくべき相手だって、
だって、あんなに信頼しあえないよ。
最初から、運命みたいな二人だった。
藤くんだって気づいてたから、頑張ったの。
けど、藤くんは正当で、私は卑怯。
ねぇ、藤くんとちゃんが別れたときにね、私は、天罰だって思った。
誰にって、私の。
凄く邪魔ばっかりしてた。凄くいじわるなこともした。
次に二人の邪魔なんて出来なかった。
それどころか、保健室に行くことすら出来なかった。
怖かった、悲しかった、悔しかった。
諦めなくちゃいけないって分かってるけど、
まだちゃんと吹っ切れてなんていない。
女々しいのは私。
酷いのは私。
嫌な子なのは私。
弱いのは私。
そんな私に、ちゃんは、目の前で、殴ってって真っ向勝負。
勝ち目なんてない。負け戦。
分かってたの。
前を向けば、声をあげれば、真っ直ぐみれば、こんなにも
彼女が美しいこと。
彼女が、ぺちりと叩かれた頬に涙をこぼす。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私のこと嫌いにならないで」
って泣いてる。
本当にこっちの台詞だ。
私は、泣いているちゃんを、ぎゅっと抱きしめて、
ようやく私も、泣けた。
それから、ようやく、私、好きな人の幸せを祈れた。
先生。ハデス先生。
助けてくれてありがとうございます。
頼っていいって言ってくれて嬉しかったです。
だから、私は、あなたの幸せを祈りたいんです。
あなたが笑っている姿に、笑っていたいんです。
ちゃんなら、必ず先生を幸せにしてくれます。
だって先生と同じ瞳をしてます。
綺麗な瞳です。
それから、先生。
片隅にちょっとだけ覚えていてください。
私、あなたのこと好きでした。
2010・07・31