・・・ポツリ・・・・・・・ポツリと、雨が降る。
おかしいね、ここは学校内で、外は綺麗なオレンジ色の夕日。

私、分かっているつもりだった。
ちゃんと理解しているつもりだった。
だけど、忘れようって思って言ってるだけだった。
ある日、突然。
全ての告白の日のような、
真っ青な空と、一本だけの飛行機雲がある日に
「全部嘘だ。おまえのこと好きだよ」
と、笑って、私は泣いて。
「嘘だってずっと信じてた」
抱きついて、私を離さない藤くん!
・・・そんな幻想をいだいていた、なんて、下らない。
どこまでも情けない。どこまでも救われない。
自分が醜くて、自分が信じられなくて、自分が悲しくて、
こんな私、消えちゃえ!!
そう思えば、涙の大きさも、涙の量も増えたのに、
雨は水たまりを作る前に、止められた。
大きくて、ガサガサで、ひび割れた冷たい手によって。
それが誰か私は分かっていた。だって、私が呼んだんだ。

その手は私から視覚を奪った。
その手は酷い現実を覆い隠した。
その手が私を救った。

心のなかに、悲しいのと消えればいいという気持ち以外に、
ほわんと宙に浮いたはっきりしていないものを感じた。

「もう、いいよ」

目を開ければ保健室。
白く学校内であるのに、学校から切り離された場所。
コポコポとお茶をいれるハデス先生をぼうっと見ていた。
あたりまえだけど、身長が高くて、背幅も大きい。
顔の前で、手を広げて、先生の姿、覆い隠してみた。
それでもちょっと余っていて、そんなつまらないことがなんだかおかしかった。
私の頬に、涙の跡はあっても、涙の存在はなくなっていた。

「どうしたんだい?」

コトリと置かれた湯のみ。
いつから、私専用が出来たんだっけ?
分からない。
いつから、私が美味しいって言ったお茶なんだっけ?
分からない。
いつから、ハデス先生が、前の席じゃなくて私の横に座るようになったんだっけ?
分からない。
いつから、この人はこんなに優しい瞳で優しい手で私は撫でるんだっけ?
分からない。
ぐるぐるまわる疑問の数。

「なんで先生は」

先生は、の続きが出なくて、目の前に置かれている湯のみを取った。
液体の色は相変わらずトドメ色。
誰もがこの色をみて飲まなかった。
意外と口当たり爽やかで美味しいんだけど、誰もが嫌がった。
だって、私、これが美味しいって誰にも言わなかったから。
誰にも見られないように飲んでいたから。
本当に美味しいって、理解されなかったら怖くて言えなかった。
とても内気で、とてもマイナス思考で、とても臆病な私。
顔をあげればひび割れた顔でも、
整った顔をしているハデス先生が私を見ていた。
綺麗な瞳をしている。

「赤い」

すっと涙の跡を撫でられた。
前まで、感じていた違和感は、いつからか消えて、細く目を閉じる。
臆病な私は、安心に目を瞑ったようだ。

「先生は、なんでそこまで私なんか」

「私なんか」は、私の癖だったんだけれど、ハデス先生が怖い顔するから、
今だってちょっと目がクワって開いてるから、慌てて言い直す。

「・・・私に、そこまでしてくれるんですか?」

「分かっているでしょう?」

「分からないから聞いてるんです」

ハデス先生は、ふっと笑った。
それは、今までの先生のなりを隠して、男の顔。

「ねぇ、

呼び捨てにされてドキリとする。

「藤くんとはキスしたの?」

さっきよりもっと近くなる距離。
手は私の顔にしっかり固定されてる。
ああ、私はどうやら踏んではいけない地雷を踏んだようだ。
いいや、これは地雷じゃない。時限爆弾。
いつだって、着火する時間は秒刻みだった。

とうとう、先生の影と私の影が重なった。


でも、私は、この手を離すことは出来ない。
いくら禁忌でも構わないって思ってる。
だってね。
いつからかな。消えちゃえって思ったときに、
助けてって心で呼ぶ名前が藤くんじゃなくて、先生になってた。
ヒーロはいつでもどこでも駆けつけてくれる。
だけど、それって現実じゃありえないから、
私の都合全部押し付けて、嫌われるのが嫌だったから、いつも心の中にいたのに。
今、現実に存在してる。
目の前にいる。

私のヒーロが、変わった。
前のヒーロよりも、悪役がよく似合う顔してるけど、
泣いてる子どもがもっと泣くけど、
怖がられて誰にも寄られないけど、
今度こそ、彼は私を救ってくれるヒーロ。

「さっきのこと、忘れさせてあげる。

と、抱き抱えられてポスンとベットに移動した。

「これは、したことないでしょう?」

・・・・・・やっぱり、悪役かも知れない。
真っ赤になって展開についていけパクパクしてる私に、
可愛いだなんて、言って微笑んだ。

雨はやまない。
しょっぱい雨が甘くなっただけ。












2010・7・19