頭の中で音が聞こえた。とても心地いいリズムと、歌手の声。
気分がよくなるとつい出てきてしまう歌。
だけど、俺の頭は、全ての歌詞を覚えるほど賢くはなくて、
適当に歌詞をつけて歌う。
めちゃくちゃな歌詞の内容は、我ながら、酷いものだった。
なんせ音楽・美術・文学・詩といった芸術方面がてんで駄目なのだ。
歌も外れていれば、歌詞だっておかしすぎる。
なのに、横にいたあの子は、目尻を下げて、口端を少しだけあげて笑ってた。
クラスの組の女と違う。
甲高く声をあげることもなく、ほのかに、ほのかに笑う。
よく見てなくては、笑っているかなんて気づかない。
そんな儚くて、消えそうな彼女の笑みを見つけたときの感動を忘れない。
そう、彼女の名前は。
「麓介・・・ねぇ、麓介ってば!!」
ぷーと膨れている姿がリスみたいで可愛い。
そうだ。この子が俺の彼女で、・・・・・・名前を、江嶋 梨華という。
名前を呼び合うまでになったのつい最近。
可愛くて、元気よくて、俺の横にいれば安心出来る存在だ。
「あ、ああワリィ。なんだ」
梨華の声をもっとよく聞きたいから、耳につけたイヤホンを外した。
イヤホンを外して聞こえた梨華の声は大きくて、元気よくて
向日葵のようだ。あの子もそうであれば良かったのに、
声が小さくて時々聞き取りにくかった。
ん?あの子って、ああ、そうだ。俺には、初めての彼女がいた。
名前を、 という。
の名前を呼ぶ前に、俺は勘違いに気づいたんだ。
俺は、梨華の方が好きだってこと。
今から考えるとなんで、が好きだったのか分からない。
いつだって、下を向いているような子だった。
いつだって、胸をはれない子だった。
いつだって、太陽の方向へ顔を向けれない子だった。
梨華と正反対。
梨華が太陽なら、
は、・・・・・・・
『イケメンだとか、他の奴のほうがお似合いだとか、
そんなもん関係ない。俺が一緒にいたいんだ。俺がお前じゃなきゃ嫌だ』
・・・・・・なんだ今の?
はっと顔をあげれば、眉間にシワをよせてすごい形相をしている梨華が
俺を見ていた。
「り、梨華?」
「・・・麓介。今、誰を考えていたの?」
「・・・・・・おまえのこと以外あるかよ。ばーか」
嫉妬なんて可愛いじゃないか。
短い前髪は額が見えていて、額にデコピンをすれば、
ぎゃっと声をだして、頬をやや赤く染めて、へへヘと歯をむき出しにして笑ってる。
あー可愛い。誰にもやりたくねぇ。
その気持のまま抱きしめようとすれば、梨華が俺に尋ねた。
「さっき歌ってたのって、何の曲?」
「知らないか?ほら、携帯のCMで前流れてた奴」
「それって、もしかしてあの歌?・・・・・・ぜんぜん、違う!!」
ん?あれ、こいつはこの歌を知らなかったっけ?
歌詞が違うことなんて知っていて当たり前なのに、
なんで今更、言うんだろう。
俺が疑問を聞く前に、梨華は俺より早く口を動かした。
「歌詞もおかしいし、そういえば、麓介って歌あんま上手くないよね。
イケメンなのに」
「なんだよ。おまえは歌えるのかよ?」
イケメン関係ないし、そもそも俺の顔は、至って普通だ。
そう思って、むっとした俺に、梨華は私カラオケで平均90の女だよ。と歌を歌った。
・・・・・・悔しいけど、上手い。
リズムも歌詞も全部完璧で、すげぇなと思っているのとどこか、
頭の中で、違うと思っている自分がいた。
なにが違うのか。
俺より全然うまいし、声だって綺麗で、リズムだってとれているのに、
もっと、音量が小さかった。
もっと、声が透明で、透き通ってて、
もっと、消えそうで、
色々な「もっと」が積み重なったけど、どう?と満足気にこちらに顔を向ける
梨華に、「上手かったぜ」という事しか出来ない。
俺は、梨華がいると梨華以外考えれなくなる。
それを、美作にいったら、ノロケと言われた。
これが恋してるってことなんだろ
これが好きってことなんだろう?
前のは偽物で、今が本物なんだろう?
「ねぇ、麓介。私、ご褒美が欲しいな?」
俺の裾を引っ張って、近づいて、可愛くおねだりする梨華。
放課後の教室で、二人っきりというベストポジションに、
ドキリとしながら、目を瞑った彼女に、俺は顔を近づけた。
俺はやっぱり梨華のことしか頭になかったから、
教室に残っていた一つのカバンとか、扉の前の影に気づきはしなかった。
梨華からは、花の匂いがした。
なんの花の匂いか分からないけど。
『・・・・・・藤くん、ありがとう。私ね、とっても幸せだよ。
幸せすぎて、死んじゃいそう。きっと、こんな幸せをくれた藤くんは』
くらりとするほどの匂いで、
『藤くんは、私だけのヒーローだね』
そんな言葉を誰かに言われた気がしたけど、忘れてしまった。
ポツリ。雨が降る。
2010・07・16