ここはどこだろう。
真っ暗な世界に一人閉じ込められた私は、周りを見渡した。
何もない。手を伸ばしても、私の手が見えない。
でも、私はもともとこういう世界にいた気がする。
外に行くことが嫌いで、人が嫌いで、
私の世界は全部ブラウン管のテレビと本だけで構築された世界。
その世界には痛みもなくて見たいものだけ見てた。
私は一人がお似合いだ。
茶色の人が笑って、下手くそな音楽が流れた。
私はその歌でハミングしたけれど、ぱっといなくなった。
暗い闇は私を捉えている。
ぼぉっと立っていたら、その闇が私を飲み込んでいった。
私はどうとも思わない。
私なんかこの世界からいなくなっても誰も覚えてないよ。
誰かの声が聞こえた。私はもうねむりたかったから目を閉じた。
「・・・なんだこれは!!」
僕が現場に到着すると、大きな黒い塊に、生徒が群がっている。
なんなんだと混乱する頭に、
黒い塊を叩いていた藤くんが僕をみるなりすがってきた。
「ハデス。どうにかしてくれよ」
「藤くん。どういうこと」
凄い力で藤くんに白衣を掴まれた。
あのいつもだるい眠いがテンプレの藤くんが、
必死な形相をしているなんてただごとではない。
「俺を、俺をが突き飛ばして、この黒いのにが食べられて、
あいつの目がの目で」
の名前に頭がぐらついた。
詳しく聞く前に、藤くんが言っていたあいつが、
僕の後ろで踊り笑う。その少女は見覚えがあった。
「見て見て、綺麗。なんて素敵な目!うふふふ」
その目は、見覚えがあった。僕が好きな目。
それはその子のじゃない。なんでこの子がそれを持っている?
理解したとき、体中に電流が流れたような心地がした。
僕は女の子でも生徒でも関係なしに殴りそうになったが、
藤くんが僕より先に、その子の胸ぐらを掴む。
「を返せよ」
「酷ぉい。麓介は私の彼氏で、彼女はいらない子なんでしょう?
麓介がそういったのよ?」
「お、俺は」
ぐらりと藤くんの瞳が揺れて、その子から手を離した。
そういえば、藤くんは、本来の藤くんに戻っている。
病魔の臭いがしない。
だけれど藤くんは記憶があるらしく、くそっと小さく呟いて肩を落とした。
「藤くん。君は操られていたんだ。あの子に。
あの子の病魔はー略奪ーplunder。君はから藤くんを奪った」
目の前の子に言うと、彼女は頭を傾げた。
あどけない顔で、心底不思議そうな表情で、僕を見た。
キラキラと違う彩色を放った目だけが異質だった。
「・・・・・・何を言ってるのか分からないわ。
でも・・・・・・あなたは、敵ね?」
パチンと指を鳴らせば、彼女の後ろにたくさんの生徒たちが並んだ。
彼女はサーカスが始まる前の子どものような顔をして、
「敵なら、何がなんでも奪ってあげる。あなたの命を」
「くっ」
操られているだけの生徒たちを攻撃できなくて
戸惑っている僕に、目の前の子は笑う。
「うふふ。おっかしー。なにそんな必死になってるの?
あの子にそれだけの価値があるの?
誰からも忘れ去られるような子なのに」
黙れ。おまえがの何を知っていると言うんだ。
あの子は僕の。
そう叫ぶ前に、見知った声が響く。
「先生ここはぼくら等がどうにかするから、ちゃんを!!」
「明日葉くんに、美作くん本好くんに、鏑木さんまで」
「人相手ならかかってきなさい!!」
そういって鏑木さんは男なら鳩尾に一発、
女の子なら優しく手刀で落としている。
「ホント頼もしい」
あはははとから笑いが出たが、彼らのおかげで病魔までの道があいた。
僕は、手を出して彼女の後ろにいる略奪の病魔に向かう。
「欲しい欲しい欲しい欲しい欲しいほしーーーーーーーーい」
「咀嚼完了」
略奪の気配は消えた。僕はたしかに、略奪を食べたはずだ。
ヒビはほとんど消えて、髪も半分黒髪に戻っている。
生徒たちも糸が切れたマリオネットのようにみな行動を止め、
床に倒れている。それなのに。
「倒したはずだ。なのに、どうして壊れない?」
目の前の黒い塊は存在し続けた。
はこの中にいる。割れないその黒い塊に、
咀嚼すべき手を伸ばせば、バチリとはねられた。
「これってなんなんだ?」
「美作くん。むやみに叩かないほうが」
「ううん。明日葉くんみっちゃんがすることはなんでも正しい」
コンコンと美作くんが叩けば、声が響いた。
”私はいらないの”
「・・・・・今の声」
明日葉くんが呟いて、僕が答える。
「?」
”私はいらないの、だからいらないものをあげてもなんともないの”
まさか。さっと顔が青くなる。
「まさか結合したのか」
「どういうことですか?」
「はもともとー自己嫌悪ーself‐hatred。
の病魔を持っていた。だが、自身の力で消したはずだ。
今回の略奪の病魔によって、の病魔が目覚め二つが組み合わさった」
「・・・それって、どういうことだ。ハデス。
病魔を倒したんだから、は帰ってくるんだろう?
なぁ、教えてくれよ」
藤くんはそれがどういうことか分かっているようだ。
必死に僕に否定の言葉を期待して声を荒げるが、
「っ黙れ」
僕だって信じたくなかった。
は病魔に食べられた。もう戻ってこない。なんて。
僕の荒ぶる声に、しーんと静まり返り、みんな悲痛な顔をしている。
そのなかで、明日葉くんが一歩進み黒い塊に触れた。
「ちゃん。聞こえる?」
「あなただぁれ?わたしっていうの?変な名前」
記憶がなくなっているようだ。
「明日葉だよ。ちゃん」
「明日葉・・・明日葉・・・明日バ・・・アシタバ・・・アシ」
狂ったカセットテープのように何回も繰り返して、
最期に言葉を忘れていく。
「僕達といてちゃんは笑ってたよ。楽しいって言ってたよ」
「そお」
一言だけの言葉に何も言うことが出来ず明日葉くんはうつむいた。
黒い塊は少し小さくなっていた。
「俺が悪いんだ。俺が全部お前を苦しめた。
なぁ、。ようやく名前呼べたのに、なんでお前はここにいないんだ」
横からドンと藤くんが黒い塊を叩いた。
一拍間をあけて、は答えた。
「悪いって、あなたが?そんなことはないわ。
悪いのはいつでも私だけ。誰かに迷惑しかかけない。
だから、そんな悪い子はいなくても大丈夫。それだけよ」
藤くんは泣いて、ちくしょー、ちくしょう。
と徐々に猫のパンチぐらしか叩けなくなって、ついに手を下ろした。
黒い塊はまた小さくなった。
「ちゃん。ちゃんは、ハデス先生と幸せなんでしょう。
私に面と向かっていったじゃない。譲らないって言ったじゃない。
先生を一人にするの?」
「私なんかといるよりも、あなたといたほうがいい」
なんかが戻ってる。が苦しんで、
でも戦ってようやく勝てたものだったのに逆戻りだ。
黒い塊はもっと小さくなった。今は、人一人分の大きさだ。
分かっている。あとは小さくなって消えるだけだ。
僕は黒い塊を優しく撫でた。
「聞こえている?」
返事はない。
「ここは苦しかったかい?」
間が長く開いた。
「苦しい?さぁ?分からないわ。もうなにも分からないの」
感覚まで奪って、人一人消そうとしている。
僕は爪を手のひらに食い込ませて、口端をあげて、
もう僕より小さくなった黒い塊に笑いかける。
「。君がその世界にいるなら、僕も一緒にいく」
「・・・・・・だめ。あなたはその世界に必要なの」
返ってきた言葉に何をと嘲笑う。
「勝手に決めるなよ。俺の世界はお前で出来てる」
「ヒビが」
さっきまでちょっとあったヒビすべてが消えたようだ。
冷血が食べきれないほどの感情が溢れている。
口調も昔の冷血を宿す前のものに戻る。
「言ったよな。俺はヒーロで、なにがあっても助けに来るって、
俺はので、は俺のだ。だから、一人になんてさせない」
ぐっと黒い塊に入ろうとすると、それを俺を食べようと俺の体に纏わり付く。
俺は、と一緒ならどこへでもと目を瞑りすべてを受け入れようとすると、
駄目!!と震える声が響いた。
さっきまで淡々とした声だったのに、感情を宿した声に、?と聞き返す。
「だめだよ。きちゃ、だめ。ごめんね。私最後まで迷惑かけちゃってる。
ごめんね。大好き。愛してる。私だけのヒーロー。だから私を忘れて」
「忘れるもんか」「何があっても絶対」「帰らせてみせる」
僕の声にみんなの声が重なった。
の声は、揺れた。
「だめだよ。これ、強いの。どうしても割れないし、みんな食べられちゃう。
逃げて。これは私のだから、私が」
君は最後までそう。自分が一番ではない。
そんな君が大好きで。
「」
僕の呼びかけで、の声が止まる。
「君は愛されている。すべてに」
黒い塊は小さくなった。もう手のひらサイズだ。
は、最期の最期に叫んだ。
「・・・・・・・・・・私、帰りたい。帰りたいよ。
みんなのところへ、帰ってまた笑いた・・・い」
2011・5・8