「大っ嫌いだ」
なんで?なんでなんで?同じ言葉が、何百も浮かんだ。
私に優しくなった世界は、丸くて青くて、
宇宙船からみた美しい宝石みたいな物に違いない。
今だって、自転公転を繰り返して、動いてる。
じゃぁ、何が起こったんだろう。
テレビを見たけど、今日はちゃんと昨日の続きで、
地球が入れ違ったとか、世界が変わっただとかそんなことニュースでやっていなかった。
じゃぁ、なんでだろう。
なんで昨日まで優しかった人が
放課後になった瞬間、私を叩いて、悪意を口にして、
目を釣り上げているんだろう。
先頭にいるのは、初めて私を好きだと言ってくれた人。
藤 麓介くん。
あの人は、もう違う人が好きになってしまって、
私のことなんてどうでもいいってふうだったのに、前はそれが悲しかった。
私との記憶を全て、なかったことにされたことが悲しくて、しょうがなかった。
でも、ようやく立ち直って、お互い違う人を好きになれて、
彼の言ったように友だちになれると思っていた。
なのに。
どうして?
色々楽しいことを教えてくれたみんなが私を白い目で見る。
「本当はウザかったんだよね」
「そうそう何も知りませんって顔して、本当は全部知ってるんじゃないの」
「カマトトぶってんじゃねーぞ」
「なんかさ、暗いのが明るくなったくらいで勘違いしちゃってない?」
「根暗は根が暗いから根暗なんだ。いくら取り繕ったて、暗いんだよ」
「みんなあんたが可哀想って思ってただけだけどさ、今は大丈夫そうじゃん?」
「言いたいこと一杯あったんだよね。ほら、前さ」
「てかさ、髪の毛がウザくない?」
「体が弱いって嘘ついて休むのはよくない」
色々な言葉が上から降ってくる。
床にペタンと座って、頬を手で覆っている私は、何が起こったのか
未だに理解していないのに、周りを見渡して、ほっとした。
良かった。
明日葉くんがいなくて、美作くんが、真哉ちゃんが、本好くんがいなくて。
優劣つけるつもりはなかったなんて言わない。
私に言葉を投げかけてくる人たちよりも、さっきの4人が私の中で
大切だから、彼等に言われたら、前のように壊れてしまいそうになる。
「なにか言ったらどうだ?」
綺麗な顔が見えた。
「俺も、馬鹿だった。こんな女と付き合っていたなんて、梨華と付き合って、
お前の酷さがよく分かったよ。
つまらないし、下ばっかり向いてるし、いつも私なんかって、
いくじなしの弱虫で、なにがしたいのかもはっきり言えなかった。
お前といるのは正直面倒だったよ」
藤くんの言葉がヤリのように刺さって、一瞬心臓が止まった。
世界は、まっくろけ。
目の前の鏡しか存在しない。
鏡を覗けば、真っ黒クロスケで原型をとどめていない私。
醜い、汚い。
何一つ思い描いていた自分と真逆な姿に、絶望し、叫んで、顔を隠して、
そのまま消えてしまいたいと思っていたのに、私の手を誰かが掴んだ。
カサカサで、ひび割れで、あんまりさわり心地が良くない手。
誰かすぐ分かった。
また心臓が動いて、世界に戻ると、藤くんが私を見ていた。
藤くんの瞳は、相変わらずあの日のように綺麗だ。
私は、のろのろと、立ち上がる。
「そうだね」
近づけば、少しだけ藤くんは後ろに、体を動かした。
「は、何笑ってんだよ。気持ち悪いな」
「うん。私は、藤くんの言うとおりだ。
でも、私は、藤くんのこと好きだった。
綺麗な顔だけど、普通の男の子よりもシャイで、
意外と一杯失敗ばかりしてて、それを隠すのがうまかった。
本物に固執しないで、違うもいいじゃないかっていう頭の柔らかさも好きだった。
みんなから愛されるその性質は羨ましくもあった。
恰好がいいのに、そんなことどうでもいいって、ちょっと優しくてサバサバしていて、
全然真面目じゃない藤くんが大好きだった」
「な、なんだよ。俺は嫌いだって言ってるだろう?」
「そう。藤くんが嫌いで、私が嫌いなんて、
そんなぴったり合わせるは、おかしいじゃない。
藤くんが嫌いでも私は好き。それでもいいじゃない」
そういって、一歩近づく私に、藤くんが一歩下がった。
「大好きだよ。藤くん。ありがとう。面倒だって思っても、傍にいてくれて、
好きだって言ってくれて、幸せな時間をくれて、ありがとう」
「頭おかしいんじゃねーか」
「・・・・・・ねぇ、藤くん。どうしたの?」
苦しい顔をしている藤くんに触ろうとすると、
後ろから女の子が叫んだ。
「なにしてる?麓介、はやくやっちゃってよ!!」
「梨華」
ハッと藤くんは私を掴んだ。後ろから人が押してくる。
体が床に叩きつけられた。
体がミシリと鳴いた。痛いなぁ。なんてゆっくり考えていれば、
梨華さんを横につれた藤くんが、体育座りをして私を見下げる。
「ごめんなさいって言えば、許してやる」
私は、何を謝るのかな。
苦しかったけど、幸せだった藤くんといれた時を?
みんなが優しくて温かくて泣けてしまった日々を?
前より、自分がちょっと好きになれた今を?
それは。
「それは、無理。だって、私、それを零にするくらいなら、死んだほうがいいわ」
そういったら、藤くんは顔を歪めた。
「なんでっだよ。たった一言言えばいいだけじゃないか。なんで、いわねーんだよ」
「だって、私は楽しくて幸せだったの。みんなが違くても、私にはそうだったの。
私がなくならせちゃったら、誰があの幸福な時を覚えているの?」
「幸福だと?お前、今この時も幸福だと思ってんのか?俺と別れても幸福だって?」
「そうだね。幸福じゃないよ。
でも、幸福は、それを乗り越えたあとにあるの。
藤くんと出会えたこと、みんなと出会えたこと、付き合って、別れて、
悲しくて、でも温かくて、謝ったら、全部なくなっちゃうんだ。
私は、いくら苦しくても、もう逃げないよ」
「・・・っ、なんでっだよ」
藤くんはそういって、ぽたぽたと涙を流した。
2010・12・28