音楽科は普通何かしらの機会を与えられその人の音を聞くことが出来る。
コンクールに選ばれたほどの人となると特に。
普通科の人たちの音は聞いたことはない。それは当たり前。


音楽科で聴いたことがない人物が一人いる。
それが だった。

変人としての噂は数々耳にするが、彼女の歌の評価を誰もしない。
理由は?

聞いたことがないからだ。




温かな日差しの中、柔らかな風が頬を撫でている。
光が目の中に入り込んだ。
起きたら光の中に誰かがいて、よくよく目を凝らせばそれは先輩だった。
情報に疎い自分ですら名前は知っている有名人である先輩はじっと僕を見ていた。
まったく閉じられない目は真っ暗でそこには自分が映っていた。


「えっと初めまして、志水」


「君、羊っぽいよね」


自己紹介をしている最中にそういって先輩に頭をわしゃわしゃと犬のように撫でられた。
これが先輩との第一コンタクト。




「羊君はさ」


何度言っても名前を言わない。きっとわざとでなく僕の名前を本当に羊だと思い込んでいる節がある。


「コンクール出るんだっけ?」

「でますよ。先輩も出ます」

「そうなんだよね。それでさ最初の課題なんだっけ?」


自分はよく人からマイペースだといわれるけどそれは違うと思う。
本当は、こんな人をマイペースというんだろう。


一週間も切り、コンクール三日前に彼女に言われた言葉。


「僕は先輩の歌楽しみです」

「私も楽しみだよ。羊君とか、月森とかぁとか、、、とか?」

名前を覚えるのが得意でない僕ですら、これはヤバイと思う。
そういえば。

「月森先輩とは仲いいですか」

「月森はさ、理想オカン像だよ」

「はぁ」

よく分からないけど、なんとなく分かった。
月森先輩の大変さが。

ちょっとだけ安心した。 ? 何にだろう。・・・・・・まぁいいか。


コンクールまであと三日。
口で言う以上に僕は、先輩の歌を聞きたいと思っている。

違う。

聞きたいけど、聞きたくない。なんだろうこの感情は?


穏やかに時が過ぎていく。いつもそうだ。けど先輩がいるときだけ少し空気が違う。


先輩」

「うにゃ?」

「僕が歌って欲しいっていったら歌ってくれますか」

「変な羊君」


綿菓子みたいな匂いとへらりといつもみたいな歪な形をした笑みを貼り付けた彼女を見て。
僕はそのまま眠りに落ちた。
誰かが僕の頭を優しく撫でていく、きっと先輩じゃないことは分かっているけど


貴方はいつも犬のように乱暴に撫でる


風なんだと分かっていても貴方ならいいと思ってしまう。
この感情はなんなのか。よく分からない。








2008.4.4