隣に落ちていた走り書きを見れば意味不明で捨ててしまった。
誰かが咎めても、誰かが悲しんでも誰かが喜んでも私はニコリとも怒りも悲しみもしないで
大勢の人たちの間をぬって隠れている人を探している。

コツンコツンと、一定のリズムを刻んだと思えば、急に早くなったり遅くなったりする。
緑一面の場所で空は切り抜かれたかのように白。
目に映る一箇所の場所に何匹もの鳥がユニゾンして聞こえてくる音色。
ようやく浮かび上がる空の色に同化してしまった彼は、私を見つけ笑ったあと少し悲しげな顔をして
手を上下に動かし私に来いとジュスチャーする。
彼の片手には杖を持っている。そういえば、彼は片足が不自由だったことを思い出して、
こんな広い野原の中でよくここまで歩いてこれたなと感心している、
思考が飛んでも、彼の手ははっきり見えた長くて白い怪我一つない綺麗な手。

ああ、どこかからフルートの音が聞こえる。
黒から白に変わっていく色にさっきのが夢だったのか今が夢なのか分からなくなった。
けれど。

「起きたのか」

聞きなれない声が直近くに聞こえて、それと同時にフルートの音が止んだ。
腹に力を入れて起き上がると、長い髪をもつ美形が現れた。
名前はなんだっけと朦朧としている頭でなくても考えていただろう事を思ってる。
そしてここが現実でさっきが夢だと分かった。


「・・・・・・ロンゲ君は何してるんですかぁ」

「名前ぐらい覚えろ、梓馬だ」

「はて、私はその名前で呼んだことありましたかね」

「ふん、それを覚えているなら名前を覚えていない振りなんてやめるんだな」

「覚えてないんじゃなくて覚えられないだよ」

「白を切るのか?」

「おや、ロンゲ君が本気で一番先に気にしたね」

今度は足に力を入れて立ち上がる、ロンゲ君との距離は丁度4歩分。
私を静かに見ている先輩から視線を外して、空気がムシムシしてアツイから窓へ向かう。
新鮮な空気が波になって私に襲い掛かる甘んじてそれを受け入れると
肺にあった紫の空気が青に変わる。私の中にいる空気は
青だったことを忘れられなくてだけど黒にもなりきれない半端もの、直に外に出て空に同化する
今が青でよかったね。
そうだ空には青という色があるのに、その時点であれが夢だと気付くべきだった。

「なぜ、人を受け入れない」

「なぜ、人を気にする」

変化ない空は好きだけど、変化がある人も好き。
だから、向きなおしてロンゲ君の顔を見る。その顔が夢の彼に少し被って笑えた。
彼は彼であり、彼も彼である。
そんな当たり前なことですら分からなくなるほど、夢に溺れている自分が惨めで笑えた。

言葉が、空気を振動して、人の耳に届く。
声は、空気を伝わって、人の心に届く。
馬鹿みたいなことを言った人がいた。

 

「うぃ」

「名前がどう言った物か分かるだろう?」

「でも、一瞬なんだよロンゲ君」

私は窓枠に座った。彼の顔の高さに合わせるために。
その顔はやっぱり、彼の顔じゃなかった。寂しげに笑ってなんかいなかった。
でも同じ綺麗で長くて白くて怪我一つない手が目に入ってしまう。
今彼が手を差し伸べたらその手を取ってしまうんだろう。目の前の人物がしそうもないこと考えていた。









2009・8・13