煩わしい男
1・
?って誰だ?
ん?ああ、あの暗い奴か。
その言葉に俺は凍りついた。
俺は人をあまり気にしない性質の人だから、俺が知らない誰かに言われても、
友達だと思っていた奴に言われても痛くも痒くもない。まぁ、友達はいないけど。
問題は好きな奴に言われた場合だ。
目まで覆ったボサボサな髪をもっと振り乱して俺は幼馴染のもとへ走った。
「元子!!」
「なぁによ。騒々しい」
「お、俺って暗いか?」
「あら?今頃気づいたの?」
あっけらかんに言うと、その話は終わったとばかりに鏡台に向かい
整っていると思われる顔に化粧を施している。
「も、もどごぉお」
俺の執念じみた声に、何よ。今、いいところなんだからと、怒って振り向いた
元子は口元を押さえた。
「・・・・・・別にそこまで泣かなくてもいいじゃない」
「だっで、だっで」
濁流のごとく流れている俺は涙を拭いながら、
ことのあらましをいえば、元子はふむっと腕を組んで、
俺の前髪をがっと掴みあげた。
「い、いだ」
「そうねぇ、元は悪くないんだから、がそこまで言うなら、手伝ってあげるわ」
後ろにハートマークが付いた言葉に、ニコニコの笑顔で、元子は言った。
「私があんたをイケメンにプロディースしてあげる!!」
そうして、元子による俺のイケメン計画が始まった。
男の視線を集めて、胸を張りながら歩く少女は、
いかにももてる女である。小奇麗な格好に薄化粧。
俺は、後ろから無理やり押された力に負け、少女に声をかけた。
「あ、あの」
昔、色の授業があったとき。俺の成績は下だった。
声をかけても鼻で一笑された。
いくら、髪を切って、服を変え、元子に女の扱い方、流行を教えられても
中身は、元のさえない、もてない、くらいの三大要素を持った なのだ。
前と同じように鼻で一笑だろうと思ったが、
「・・・なにかしら?」
目の前の可愛らしい少女は、口元を押さえてにっこりと笑みを作っている。
目を見開くほど驚いたが、後ろから元子の矢羽音が聞こえて、
彼女の笑顔へ笑顔で返す。
「あなたのご都合がよければ、ご一緒に甘味屋にいきませんか?」
少女が、考え込んでいる。
「あそこ、男女一緒に入れば半額なんですよ」
と、言えば一瞬気落ちした顔をする。
なーんだ。安くなるからかと、小さな呟きを聞き漏らさず、
俺は茶目っけな顔で。
「ふふ、一緒に入るならあなたのような、可愛らしい人と入りたいじゃないですか?」
と、優雅に手を取り、荷物を持ち、暖簾をあげ、扉を開けてエスコート。
彼女の顔は真っ赤だ。そうだろう。俺だってそんなこという男なかなか聞いたことがない。
キザだ。わざとらしい。
なのに、少女は俺の仕草に、俺の言葉に、ぽーと真っ赤になりっぱなしで。
そうして、最後には、
「はしたない女だと思わないで下さい。私、あなたと離れたくないんです」
と裾をつかまれました。
そうして、俺は脱童貞。
告白なんてされたこともしたこともない俺が、初めて告白されました。複数に。
町を歩けばあ、あのと真っ赤な少女から老女まで何かものをくれます。
後ろでは、ぐっと親指を立てている幼馴染。
こんな感じで、丸々休みを使った、元子による俺のイケメン計画は成功となった。
2・
「今日さ、くんに会っちゃった」
という言葉だけで、自分の体がビクリと反応する。
「えーずるい」
「えへへ、荷物重いからって持ってもらちゃった。もう理想だよね。くん」
きゃきゃと頬をそめ、のことを言うくのたまは、あの恐ろしいくのたまか?
と疑いたくなるほど可憐だ。
俺は、A定食を、机に置くと、もう定食に口をつけている三郎がボソリと口にした。
「、人気だな」
同じ組の勘右衛門が、箸をあげて言う。
「の人気は凄い。あのくのたまがしおらしくくんいますか?って来るんだから」
その言葉に、さっきまで豆腐に夢中だった、兵助がむくれる。
「おかしい。髪切って、笑うようになっただけで、あんなにもてるなんて」
その言葉に、ぷっと笑いながら三郎が兵助をからかう。
「妬くなよ。兵助。昔はお前だったからって」
といえば、兵助が、とても言葉じゃ言い表せない変な顔で三郎を見ていて、
私、変なこと言った?と雷蔵に言い、おたわたし始め、
ごめんね、兵助。兵助は、いまでももててるよ。
と雷蔵がフォローし始めたが、顔はそのままで、
その姿を見かねた勘右衛門が、二人に向かって言った。
「違うよ。兵助は、のこと好きだもん」
好き?と、皆が頭に?を飛ばして、ああ、そうか。
好きって言っても、憧れとかか?友人としてか?
なんて淡い期待していたけれど。
「か、勘ちゃん」
と、小さい声で勘右衛門を咎める兵助の姿で、それ以外の好きだと分かった。
三郎は目を見開き、雷蔵は笑顔のままで、
みんなの微妙な空気すら気づかず真っ赤な顔して、彼は止めを刺す。
「だ、だって、最初からちょーかっこいいのに、誰も気づかないとか、
良さ知ってもらいたいなとか思ってたんだけど。
気づかれてからこうだったら、俺、気づかれない方が良かった」
と、ちょっと半泣きの兵助。
「だから、あんときのこと言ってたのか」
三郎、よく休み前のこと覚えているなと関心するものの、
好きな人の好きを知ってもらいたいのと、好きな人をみんなが好きかどうかを知りたかった
なんて微妙な兵助の乙女心を知って、俺は目がくらくらした。
「どうすればいい?俺、昔も今もにどうしていいのかわかんないんだ」
なんて、可愛い恋心を相談され、縋りつかれたのは、近くにいた俺で。
長い睫毛には、さっきの涙が少しだけ乗っかっていて、
俺から見ても、兵助は男だけれども、いけるほうで、
自分のでこぼこした傷だらけの手を見て、俺は笑うしかなかった。
ここで、俺も好きなんだ。なんて言えるほど空気が読めない男ではない。
「はっちゃん。応援して!!」
でも、時々七松先輩になりたいと本当に思っている。
全部壊してしまいたい。衝動を抑え、まかせとけと言うしか出来なかった。
3・
きゃきゃと笑いあう少女達。彼女らの中心で俺は笑顔をつくる。
別段、何が楽しいというわけでもないけれど、
笑顔は攻撃で防御であった。俺を愛してくれるように、
俺は彼女らの理想の虚像になるために、空っぽな言葉と行動をする。
そうすれば、彼は俺を見てくれると思っていたから。
欠片でもいい。
ちょっとだけでも俺を意識してくれればそれでいいと思っていたのに、
恋とはわがままだ。
彼女達と別れて、宿題でもしようか、元子の所へ行こうかの
二択を考えながら廊下を、歩けば
あははは。と甲高い声と低い声が聞こえて、体がピクリと反応した。
彼が見えた。
ボサボサの髪で、珍しい薄い色素の髪には、葉っぱなら色々なものが付いている。
太陽の下で、後輩に笑う彼の顔は、太陽そのもので、
ぽーっと見ほれてしまい、声をかけようとしたけれど、自分の姿が近くの水溜りに映った。
前に比べて、かっこいいと言えなくもない男の子が映っているけれど、
それが本当の自分ではないことを知っている。
言動も行動も自分ではない。本当の自分は影のようなものだ。
はははと、自嘲気味に笑う。
こんな俺を愛してくれる人なんていないだろうに。
恋とはわがままだ。
俺自身を受け入れて欲しいだなんて。
俺は伸びかけた手を下ろし彼に背を向けた。
彼がこっちを見ていることなど気づかずに。
鬱々とした気持ちのまま、部屋に戻れば、
仁王立ちして待っている存在など知りもせず。
4.
俺の部屋の前で仁王立ちしている存在を知っている。
5年生は、学園の中でもあまり目立たない存在だが、
それでも彼らは有名である。その中の一人、豆腐の住人
久々知 兵助。同じ組であるが、俺はロンリーな根暗。
5年間友達ゼロ、会話の成立など10分できれば凄いと思われている。
で、今回のイケメン計画が成功して以来もっと、ロンリーになった。
声をかけても無視、時々ヒソヒソと話されている。
元子には、「もてる男は、嫉妬の嵐ね」と言われた。
違う。俺がもてたいのは一人だけだ。といえば、
その一人にも見向きもされないのね、かわいそう。
もう、この子とかで手を打ったら?化けの皮がはがれないうちに。と言われた。
「 だな」
と、俺よりも幾分身長が低い久々知を見る。
真正面から人を見れるようになったのが、この変化した点でいい所だろう。
久々知は、女の子よりも整った顔しており、睫毛が長かった。
睫毛の長さは目の大きさに比例しているのだから、目も大きかった。
長い髪は、艶やかで、綺麗だなと、思った。
正面からちゃんと同級生を見れた喜び、そして待ち伏せされた理由を考えて、
「嫉妬の嵐ね」を思い出し、汗が濁流のごとく流れた。
「俺、お前にいいたいことがあるんだ」
き、きたー。なんだ、果たし状か?俺はそういうの弱いからダメ。
いや、友達もいないから、やることといえば、宿題課題に実習の練習とかだから、
ぶっちゃけ、負ける気はしないけど、そういうのあんまり好きじゃない。
授業で俺の本来の動きを知っている元子が、
「あんた、なに、出し惜しみ?」と睨まれたけど、違う。
実力が出せないんです。人に見られていると。
「で、いいか?」
あ、しまった。俺、まったく話を聞いていなかった。
だけど、目の前の久々知に、もう一回リピートプリーズ
なんていえないほど真剣な顔に、俺は首を縦に振った。
思えば、これが原因だ。
5・
「やったよ。はっちゃん。俺、と、一緒に飯食うことになった」
と部屋に来て抱きついてきた兵助に、良かったなと笑顔を向けながら、
腹の中がぐるりぐるりとどす黒いものが動いていて気持ち悪い。
吐きそうだ。
今日の、の活躍からかっこいいところまで言う兵助は、
頬を染めて目を潤ませてまさに乙女だ。
だけど、俺よりも漢である。
俺は、何年も機会があったのに、何もしなかった。
遠くから、俺に気づけとか、話しかけてくれないかと願うだけだった。
兵助の言葉に適当に相槌を打って、俺の心は、過去を巡る。
そうしないと、やっていけなかったから。
と俺の出会いは、二年の頃だ。
俺と彼は同じ委員会だった。
俺は、最初奴が苦手で、あまり喋らないし、い組だし、
長い前髪から見える切れ長の目が馬鹿にされているようで、
嫌だった。話しかけれれば、話すけれど、それ以外はまったく無視。
その日、俺は赤点を取り補習で、気が立っていた。
上位成績表にの名前が載っていて、俺の存在が惨めでちっぽけだって、
言われているようで、何もしていないに当たった。
「何してんだよ」
「駄目な奴!!俺がしとく」
そういって、無理やり、から鍵を奪って俺は、イライラしながら、
生物に少し当り散らしながら、そのまま飼育箱から出た。
その次の日。生物委員のみんなが呼ばれた。
内容は、誰かが、学園でのペットを殺し、なおかつ、飼育箱の鍵を閉め忘れた
という内容で、俺は真っ青になった。
飼育箱から出たときに、俺は鍵を閉めたのか覚えていなかったからだ。
そして、ペットが殺されたのも、俺が八つ当たりをしたから、
6年生の委員長は、何よりも生き物を大切にしている人だから、
最初は許してくれても、ペットを殺したことを、怒るだろう。
ニコニコと笑顔であるけれど、薄ら寒い。
他の学年の先輩ですら、委員長の顔を見ることが出来ない怒っている。
その中で、はい。と甲高い声と手をあげるが見えた。
俺は全部言われると思った。
だって、俺はに悪いことしかしていない、
今までにし続けたことのしっぺ返しをされると、
の口から俺の名前が出ることに。きゅっと目を瞑ったけれど
が言ったのは。
「俺がしました。すいません」
そうして、は委員長に連れられて、
その後二度と生物委員に入ることを禁止された。
だから、実質彼と俺が委員会で一緒にいたのは少しの時間だ。
だけど、その記憶が今でも俺の心の中を占めている。
彼に何度そのことを謝ろうとしただろうか。
だけど、俺は子供で、に対してどうしていいのか
分からない感情も芽生えていたので、
彼の後ろ姿を見るだけで、彼が誰とも一緒にいないことに安堵していた。
だから、兵助に聞かれた。
「 って知っているか?」
に、驚いた。俺だけがを気にしていると思っていたからだ。
彼は、暗くあまり協調性がなく、いつも一人だから。
だからと言って、
俺の懐かしい記憶を、大切な記憶を誰にも言いたくなくて、
を誰も知られたくなくて。
「?って誰だ?」
なにも、知らない振りをした。
「ん?ああ、あの暗い奴か」
誰も、興味を持たないような言葉を口にした。
まさか、それを本人が聞いているなんて思わずに。
まさか、それで本人が変わろうなんて思ったなんて知らずに。
はっちゃん?と、兵助の声で現実に戻される。
彼は、大きな目で俺をじーと見つめていた。
驚いて、身を後ろに引けばそのまま床に頭がぶつかった。
兵助は俺の行動など、どうでもいいように、笑顔で爆弾を落とした。
「でね。はっちゃん。一緒にご飯食べようよ。
俺、がいると何していいのか分からないから」
それは、俺も同じだ。
何していいのか分からない。
だけど、兵助と違って俺は、好きだなんていえる資格なんてない。
俺は、最悪なことをしているし、彼だって俺を嫌ってるはずだ。
だから、兵助に怒りをぶつけるのは間違えだ。
6.
俺は今至上の幸せを噛み締めている。
真正面にいるのは俺が長年憧れ続けた 。
彼が変わって少し親しみやすくなってきたから、出来たことだ。
いや、彼が女の子にもて始めて焦った俺というのが正直な話だ。
整った顔に、切れ長の目に、薄い唇。ああ、その唇に貪りつきたい。
そう思うのは俺だけではない。
彼が、味噌汁をすするたびに女どもの視線を感じる。
えーい、今、と食事しているのは俺達だ。
女邪魔。と思いながらも、真正面で見れる優越感に浸っていた。
大体、彼女らは卑怯だ。たかだか、目が見れるようになっただけで、
優しい言葉を覚えただけだ、を好きになったと、横から来るのだから。
俺は、彼女らが知る前から、彼が優しい男だと、格好いい男だと知っていた。
「そういえば、久々知。なんか用だったのか?」
と、前は前髪で見れなかった切れ長な目が俺を捕らえる。
えーと、うーんとな、と俺は最後に食べようと思っていた豆腐を細切れにしていく。
横にいるはっちゃんが、突いて、早く言わなくちゃいけないことは分かっているのだけれど、
彼の存在をこんなに近くで感じられることを、何度夢にみたか分からなかったので、
どうしていいのか思考がショートしかけている。
だけど。妙に覚めているもう一人の俺が俺に言う。
彼の中に俺という存在を刻み込まないと、そこらの一同級生だぞ。
と、その言葉にひやりとした気持ちを抱いた俺は意を決して口にした。
「ありがとう。って言いたかったんだ」
切れ長目が見開く。何を言われたか良くわからないようだ。
そうだろう、はただ傍にいただけだ。
昔の話と言っても、一、二年前。
組同士の対立が酷くなって、俺は、い組だけど、ろ組の彼らと仲が良くて、
一時期、い組から総無視なんて、ちょっとしたいじめなんて当たり前で、
友人と思っていた人物が、簡単に裏切っていく姿に、
泣けないで、自分の心がちょっとずつ壊れていくのが分かった。
だけれど、みんなに言えなかった。
言えるだろうか、仲間だから、仲間はずれにされているなんて変な話を。
先生から、まかされたお願い事も一人でしていた。
そんななか、みんなが俺の存在をいないことにするなかで
一人、顔の半分を髪で隠した男が俺の横に座った。
そのときから、組でなにかあるたびに、彼は俺の近くにいた。
彼は何もしなかったけれど、俺にはとても心地よかった。
とても、癒されていたのだ。
それから、大人になった俺達は、そんな馬鹿みたいなことをしなかったけれど、
俺にとって彼は特別になった。
同じ組であって話す機会が多かったけれど、彼は孤高だったから、
どうしていいのか分からずに、言葉はいつも絶え絶えになっていた。
彼が変化してようやく、話しかけやすくなった。
他の奴らだって、狙っている。
今がチャンスなのだ。今しか、チャンスはないのだ。
俺が彼の一番になれるチャンスは。
そう、第六感が告げる。
だから、俺は笑って言う。
「俺は、に助けられたんだ。ありがとう、覚えてなくても受け取っていてくれ」
「・・・・・・ああ」
「で、こっからが本番。友達になってください」
呆気にとられていたに、そのままノリで押し切ってみた。
彼は同じ答えを口にした。
うん、こっからスタート。少しずつ、逃れようもないほど愛してみせる。
「よろしくな?」
と握手した手は当分洗えない。
そして、俺はぐちゃぐちゃにした豆腐を食べることをはじめて忘れた。
それくらい、ぶるぶるかくかく、でとってもビビッてた。
7.
棚からボタ餅。
久々知改め兵助と友達になったら、竹谷とも友達になれた。
これって、最高じゃないか?
しかも、初めての男友達だよ。兵助良い奴だ。
俺、大切にしちゃうよ。他の女の子から休日お誘いきても、
兵助から、遊ぼうって言われればいっちゃうよ。
一緒にお勉強?OKです。委員会で人手不足?俺をお使いなさい。
「最高な友人をゲッチューです。竹谷とも知人くらいのレベルになれたし」
「ふーん・・・・・・・・・恋は盲目って本当ね」
「盲目って、そんなに俺周り見えてないか?
あ、でも、久しぶりに竹谷の声聞けたよ。本当、嬉しいなぁ」
にまぁ、と笑っていればキモイと元子から枕を投げられた。
酷い。
元子は、顔にクリームを塗っている。
彼女の手元は忙しそうに動き、俺はその動きが昔から嫌いじゃなくて
じぃと見つめていれば、元子の口が開いた。
「そういえば、なんでって竹谷が好きなの?」
「いまさらな質問だな」
「あら、教えてくれたかしら?」
「いいや、教えてないよ。聞かれなかったし」
「あらそうだった。聞いていてムカつくだけだと思ったからね」
元子は、女子らしくなく、恋話が嫌いだ。
元子は、可愛くて美人で男も選り取り緑だが、
彼女は誰も真剣になれたことがない。それが彼女にとってのコンプレックスのようで、
俺が、好きな人できた!!男だけど。と言ったとき、
幼馴染が同性愛者になったことよりも、
自分よりも好きな人が先に出来たことを怒っていたくらいなのだ。
理解できないものを永遠と聞くことが拷問以外のなにがあるの。
それだったら、滝夜叉丸の自慢話のほうがマシよ。といいのけるほどだ。
だったら、俺の話も拷問に違いない。
だから、俺の出来うる限りで話を短くした。
俺と竹谷は一時生物委員だった。
そしてそのころの俺は、誰からも話しかけられず話さずに、
同級生で話しかけてくれるのは竹谷だけだった。
色々構ってくれるし、駄目な奴だって分かってるのに、
嫌だった生物の掃除も俺がするって言ってくれたし、
しかも、わざわざ事件まで作って、
俺を生物委員会から辞めさせてくれたんだぜ。良い奴だろう。
「・・・・・・それだけ?」
「生き物に構っているときの笑顔にきゅんと来て、自覚したんだ」
「なお、分からないわね。恋ってやつ」
「いつか、元子にも分かる日が来るよ」
「ふーん、でも、竹谷って、良い奴ね。あんたが動物アレルギーだって、
知っていてくれたなんて」
「そうだよな。俺言ってなかったのに。
だけど、あそこまであからさまに近づかなかったら分かるか。
現にあんときの委員長にはばれてて、
生物委員には二度とならないように手配してくれたんだから」
8.
俺は、彼らがくっつまで、拷問に耐えなければいけないのか。
兵助が、連れてきたのは、彼が愛しいと思っている男。
兵助が、友達になったのは、俺が愛しいと思っている男。
この三角関係に気づいているものは、いないだろう。
なんせ、俺も三郎とともに彼らをからかっているのだから。
遠くから見ていてなんとなくそうじゃないかと思っていたが、
は、鈍い。
男色がありえないとか思っているのだろうと、思えばそうでもない。
先輩同士の恋愛に、嫌悪感も何も示さず、普通だったからだ。
だけれど、
兵助のあれだけの、他への牽制とかラブアピールをものともしないのはなんでだ?
三郎曰く、まぁ、女にあれだけもてていれば、麻痺するのかもな。と笑っていた。
今、みんなで酒を飲んでいる。
がいることで、酒のペーズが早くなっている自覚はあるが、
理性が飛ぶほどではないのに、俺は、にしがみつく。
とても心地よい声で、竹谷、大丈夫かと聞こえた。
それから、ぬくい温もりに涙が出る。
ずるいぞ。はっちゃんという兵助の声は聞こえない振りをした。
今だけはこうしていたい。
彼の傍にいることは、拷問だろう。
兵助が彼をじわりとじわりと追い込んで、
彼と手を繋ぐ日が来るかもしれないのだから。
そして、俺は何をしているかというとその地獄への案内を手伝っているのだから。
だけれども、その時間は俺が描いていた夢のようなものだった。
まだまだ兵助はしかけないし、は気づかない。
束の間の夢でも、それでもいい。
俺は、の傍にいたい。
彼の手は少しだけ俺よりでかくて、その手を強く握り締めた。
ああ、けど本当は、お前は俺を愛して、俺に微笑んで、
お前の全てと俺の全てを分かち合えばいい。
兵助なんて関係ない。お前が好きだ。と叫びたい。
9・
風がふわりと元子の頬を撫でる。
空には大きな満月が一つ。彼女は一人月見酒を楽しんでいた。
今回のイケメン計画をふっと思い出し、
彼女はにたぁと人の悪い笑顔で笑った。
元子は、最初から竹谷がを好いていることを知っていた。
そうして、もう一人近くでを好いている男がいることも知っていた。
ただ、こいつらは、元子に嫉妬や色々な感情をぶつけてきたり、
舐めるようにを見ているだけで、一向に動かなかったのだ。
変身させたのも、ことの発端であるの言葉でプツンときてしまってやってしまったのだ。
だって、アイツ、好き好き光線でまくっているっていうのに、なんて言い草だ。
今の今まで、人に変な感情ぶつけておいて、
殴ろうと思ったのを我慢したことが何回あったと思ってるんだ?
だったら、お前以外の奴にくれてやんよ。な計画だったが、
今はいい兆しになっている。
だいたい、二年も三年もずーっとあの煩わしい視線を、
いつまで我慢しなければいけないのか。はた迷惑極まりない。
そうして、どうして我幼馴染はあれに気づかないのか。
きっと、年がら年中ああだから、慣れてしまったのだろう。
昔から、 は、人を惹きつけるなにかがあったのだから。
それを、目を隠すという行為で隠していたのだけれど、
昔みたく、人攫いに攫われても自力で逃げれるし、
ちょっと煩わしい髪の毛だと思ったのが第一なんてことはない。
酒を酌もうとしたら、空っぽだった。しょうがないと、ごろりと床に横になる。
それにしても、恋やら愛やら煩わしい。
理解不可能。
さっさと当たって砕ければいいものの。
まぁ、今の彼にどっち?と聞いたら面白そうだけれど。
彼は気づいていない。
竹谷の思いと兵助の思いに。
そうして、無意識下に、どちらかの選択をしていることに。
ああ、でも結局の所、
彼が、どっちをとっても、煩わしい。
2010・3・14