さようなら愛しい君へ
1
君が笑ってくれていたらいい。
僕は、それだけで構わない。
その望みは、偽善とか、博愛主義とかじゃなくて、全部僕のわがままで、
そして、僕がとても弱いせいだった。
暑い夏の日。蝉が短い命を、懸命に歌っている。
だけど、僕は、うるさいとしか思わずに、
汗だらけの服をパタパタと肌に風を送り込む。
ひんやりとして気持ちいから動けない廊下から、太陽がぎらついていて、
僕は、それを薄目で見ることしか出来ない。
僕が、神様なら、太陽を落としてしまいたい。
なんて、一過性の激しい思いを抱きながら、
遠くで、甲高い声を聞いていた。
日常・平穏・平凡なんてかけ離れている忍たまを育てる、
忍術学園にも、日常・平穏・平凡があった。
一般からはなんてスリリングな、と言われるかも知れないけれど、
そこに居続けている僕らにはまったく分からないことだ。
そんな日々が崩壊、いいや、これは僕だけが思っているのだろうから、
変化したに変えておこう。
変化は、顕著に学園内に広まった。
最初は、僕はその変化についていけず、いけすかないとマイナスの思いしか
抱かなかったのだが、ちゃんとその人となりを知らずに、嫌うのはお前らしくない。
と友人の一人である食満 留三郎に言われて、考えを改めた。
会って、話ていくうちに、自分の中にあったマイナスは今のところ、プラスに変化している。
他の、い組の二人組は、お前だけは疑ってかかってい続けれると思っていたのに
と変な失望をさせてしまったけれど、しょうがない。
所詮、アホのは組なのだ。
い組のように、疑っている癖に、そんな素振りを見せない難しい行動ができるわけもない。
彼女・鹿江さんは、学園内のあだ名は、天女である。
もちろん、あだ名通りに美しい容姿に、声、考え、雰囲気を持っている。
しかし、本人曰く、ただの未来人らしい。
僕は、空に月が浮かんでるんだから、そんなこともあるだろうと、思っているけれど、
それがい組や、他の好んでいない生徒達にマイナスな情報を与えているらしい。
いいじゃない、未来人。
月から降ってくる奴よりも、よっぽど信頼できると思うんだけど、
だって、月から降ってきた奴は、絶対、地球侵略に来たに違いないと踏んでいる。
これは、一年の時に聞いた竹取物語の対しての感想だ。
発表の時に、爆笑をさらい、ろ組の中在家から、正しい注釈本を頂いた。
しかし、最初の考えはなかなか抜けるものではない。
僕は、未だに、月の使者=天女は地球侵略者と見ている。
だから、僕は天女たる人物にマイナスなイメージを持っていた。
というのは、一つの建前で、もう一つは。
「相変わらず、ぼけてるよね。鹿江さん」
横で同じく涼んでいる善法寺 伊作が原因だ。
鹿江さんを拾ったこいつは、運命の出会いとばかりに、
鹿江さんに惚れてしまった。
だから、僕は、鹿江さんが好きではなかった。
それは、6年間一番の友人を盗られたわけではない。
僕は、ずっと、この暑いなかで、汗をかいていても、自分と違う
爽やかなフェイスの彼に、一方的な思いを抱いていたからだ。
だけれど、「好きではなかった」とは、過去なのだ。
今は、もう。
「さん」
「鹿江さん。出会い頭に水かけるのはなんだか間違ってます」
「す、すいません。当て水していたら、ぼぅーとなっちゃって」
「ああ、熱中症ですね。そろそろ部屋へ戻った方がいい。これは僕がしときますよ」
お互いを名前で呼び合うぐらいには、面倒な仕事を引き受けていいくらいには、
彼女に好意を抱いている。
2
うっすらと霞がかった視界。
視界には、彼がいる。
僕はいつまで彼の傍にいられるんだろう。
と思いながら、僕は、しゃんと前を見て、
卒業して立派に忍びをしている僕が見えていた。
もちろん、横には誰もいない。しかし、それでいいのだと満足げに笑っていた。
それが普通なのだ。
い・ろ・はの組に分かれている忍術学園。
6年にもなれば、組が就職に関係ありそうだが、まったく関係なかったりする。
い組でも、忍びと関係のない実家の呉服店を継ぐとか、
は組でも、忍びになるとか、ようは各々の思ったとおりの未来・将来へ進んでいける。
僕は、横の親友を見る。
彼は、相変わらず薬草の匂いがしていて、
ぽわぽわした顔のなかは、外は危ないことよりも、治さなければいけない人がいるという
使命に燃えているようんで、忍というよりも医師や薬師のほうが向いている。
ちなみに、僕はと言うと。
教師から折り紙付きで「忍び」らしい。
優しい心を持っている彼と違うと言われたようで、傷つくけれど、最初から、
そのつもりで学園に入ってきたのだから、しょうがない。
ふぅっとため息を付くと、思いのほか顔が近い彼に驚く。
「どうしたの?」
なにがと聞く前に、眉間のシワに指を突っ込まれて、目を閉じてしまう。
「って溜め込むタイプだから、夜僕らの部屋に来なよ。ねっ、留さん」
「・・・・・・あ、ああ」
僕よりも、後ろの留三郎の方が顔色悪いけど、と思ったけれど、
たしかに、気晴らしもしたいので、彼らの部屋に遊びにいく予約をつけた。
3
ゆっくりと進むことを望んでいたのだけれど、僕らの数年を取り戻すかのように
彼らの数カ月の動きは早かった。
鹿江さんは、僕の横で笑って、可愛らしい。
キラキラ光っているのは、夏の日差しじゃなくて、彼女自身だろう。
僕は彼女の言葉に、笑った。
「それは、いい考えだ」と言わんばかりに。
今日、彼らが両思いだと言うことを知った。
伊作からは、前々から鹿江さんに気があると言うことは知っていたから、
後は、彼女の気持ちだけだったけれど、傍で見ていれば、時間の問題で、
いつか言われる日を、ずっと、ずっと先延ばしにしたかったんだけど、
時間って酷だなぁ。
もういない彼女。
上を見れば、黒い服で、包帯に隠れて、左目だけが僕を見ていた。
「こんにちは、雑渡さん」
「こんにちは、くん」
声をかければ、木上から降りてきて僕の横に座った。
い組の潮江からは、曲者扱いされている彼は、実はかなりの頻度で
学園を訪れている。最初は、警戒したけれど、伊作のほわほわした空気に、
彼が恩を仇で返すタイプじゃないことが分かって以来、
放っておいている。
それと、彼は。
「決まったの?」
「いいえ、決まったら、僕はここにいませんよ」
彼は、僕の秘密を知っている。
「そう。私も候補に入れといてね」
「ははは、あなたのような人だと大変そうですけどね」
それから、雑渡さんは下らない話をし始める。
その合間合間に、伊作と鹿江さんのことを考えている。
きっと今頃、保健室では二人仲睦まじく話しているんだろうな。
僕は、どうしようもない体のウヅキをそのままに、
何もかも見透かしているだろうに素知らぬ振りをする、大人の雑渡さんの話
に相槌を打った。
一人だったら、泣いていたかな?なんて考えながら。
4
「いいのか?」
いきなり拉致られたと思えば、真剣な顔の留三郎。
一体何がいいのか?か分からなくて、苦笑する。
いいも、悪いも、僕は端からメンバーの中に加わっていない。
なぜ?男だから?それもある。
なぜ?友人だから?それもある。
なぜ?片想いだから?それもある。
なぜ?振られるから?それもある。
一杯あることが多すぎるけど、もっと根本的な問題で、
それのせいで、沈黙を守り続けた。
最初から諦めることしかなかった自分には、ちょうどいい時間で、ちょうどいい障害。
「いいんだよ」
だから、答えはそれしかなかった。
唖然とした顔の留三郎の視線から離れたくて、そのまま逃げた。
僕らは、友人だ。と、言う事すら出来ない僕は、
伊作と鹿江さんの姿を木上から見ながら、笑うしか出来ないのだ。
厳しい日差しじゃなくて、木々が遮って、暖かな光だけが
自分のお腹の上に当たっている。
ほわりとした気持ちに、涙が出そうだ。
彼らの姿は、とても幸せそうで、とても暖かそうで、
手を伸ばしてみるけれど、そこに僕がいないから、保たれている姿だと
気づき手を引っ込める。
まさに、彼らは自分が夢見た幸せな姿だった。
僕は、彼に幸せになって欲しいから、
僕はいらないでしょう?
5
唐突だと思うだろうか?
僕はどこか、こうなることが分かっていた。
天女なんて大層な名前をつけられて、学園に保護されている稀有な存在に
惹かれないわけがないのだ。
僕は、その前の日、任務が終わったばっかりで、
その日は寝ていようと思ってけれど、私服の伊作が来て、
どうしてもいいたいことがあると、僕を連れ出した。
横に、鹿江さんがいて、彼女は、なんでか暗い顔をしていた。
なんでだろうか。
暑いのに、よく出来るなと思うほどの格好をしているからだろうか?
昨日は、女装していたから分かる。あれは地獄だ。
なんで、あんなにぎゅうぎゅうにして、ご飯とは食べれるんだろう?
伊作と僕と鹿江さんという歪なようで、よくいた三人で歩く。
街へ行くのだろうか?どこへ行くのだろうか?分からないけれど、
体は安眠を欲している。ここで、僕たち恋人になりました。と
言われたら、その場でノックダウンしそうなくらい、疲れている。
伊作、できれば次の時でいい?と声をかける前に、
空気は変わったのに気づいた。しかし、どこか抜けてる伊作と、
未来人にて一般人な鹿江さんが気づくことはない。
僕は、自分の装備を確認した。
ああ、なんてことだろう。こんなことなら、数分待ってと言えばよかった。
昨日の任務でクナイを使うんじゃなかった。
と色々巡ってぐるぐるするけど、吐きそうだけど、それを耐えて、
伊作に向かって投げられたクナイを払った。
「走って!!」
僕は、落ちたクナイを拾って、前の二人に叫んだ。
鹿江さんは理解できない顔をしたけど、伊作は一瞬で、理解して、
彼女の手を掴んで、走った。
僕は、何本も投げられているクナイを払って、
そのまま森の中に入った。
気配をめぐれば、数人。きっと少人数になるところを狙われたんだろう。
「大丈夫?」
「う、うん」
と鹿江さんは言うけれど、伊作の目が光った。
鹿江さんは、足をひねったんだろう赤く腫れている。
気配はそろそろ僕らを囲む。
その後のことは、最悪しか考えられない。
さぁ、僕。考えろ。考えるんだ。
どうしたら、最小限にとどめておけるか。
目を瞑る。
さぁ、僕。考えがまとまっただろうか?
あと、数秒で、忘れなくちゃいけない。辞世の句。
この場所はなんて温かかっただろう。
伊作がいて、留三郎がいて、とても幸せだった。
学園のみんな大好き。
生きていたら、忘れないだろう。
ここから、なにが起きても、幸せだと言える過去を抱きしめていよう。
さぁ、僕、目を覚ませ。
カッと見開いた目に、伊作を見る。
彼は狼狽していた。
優しい彼だから、僕は優しい嘘をつくことにしよう。
「二人とも、走って学園に行って、援助を呼んでくれないか?」
「なっ、は!!」
「伊作、僕だけの方が、強いよ?知っているでしょう?
僕は、は組の委員長だから、こういうことには慣れてる」
ニッと笑って、僕は、後ろから来たクナイを受け止める。
こういうことだから、自分がどうなることも分かってる。
「早くしないと、僕死んじゃうんだけど」
といつもの雰囲気で茶化すと、彼は、頷いて、鹿江さんを背負って、飛んだ。
「すぐ、帰ってくるから。、絶対、生きて」
最後の言葉に、僕は笑って、
「幸せになってよ」
僕の望みを口にした。
6
ここからは、俺・食満留三郎から伝えよう。
俺たちは組には、とても頼りになる奴がいた。
い組の優秀と称される潮江や仙蔵が、目にかけるほど優秀で、
なんでい組に来ないと言われていたけれど、彼は苦笑して、
僕は、は組が一番似合っていると言っていた。
実践が多いは組のなかでも、彼は委員長で、頭で、
彼がいたから助かったことたくさんあった。
知識、実践、実力、経験。
はっきり言えば、実践、経験が乏しいい組よりも、
彼は、忍びとして優秀だったんだろう。
その答えは、忍術学園は、上に上がるほど、死亡率が高いのだが、
は組には、誰一人とも死人を出さなかった。
それは、一重に彼のおかげだろう。大げさじゃなくて、そう思う。
彼はだから、教師からも一目おかれていた。
俺は、奴と友人で、伊作と三人一緒に学園を卒業するんだと思っていた。
お前のおかげで、死なずにすんだと最後にいう台詞もちゃんと決めていたのに、
どうして、彼は帰ってこないのだろうか?
くしくも、初めての死亡者が、彼自身だなんて、そんなこと思いたくなくて、
いなくなってから、何日も過ぎても、俺は彼を探していた。
彼は、友人だった。
親友と言っても過言じゃないほどの仲だった。
今、伊作が吠えている。
「なんで、君なの。なんで、がいなくて、君がここにいるんだ」
鹿江さんは、縮こまって、泣きながらごめんなさいを繰り返している。
鹿江さんの胸ぐらを掴みそうになる伊作を、留める。
伊作の顔は、ぐちゃぐちゃで、そんな顔見せたら、はびっくりするだろう。
そんな、思いを知っていたら、は。
と、本当は殴りつけたい思いを堪えて、唇をかみしめた。
俺は、伊作が最初から最後までに恋をしていたのを知っていた。
一年の時、不運で仲間はずれにされていた伊作を救い出した、
に好意を抱くなと言うのが野暮な話で、
伊作は、盲目的にを愛していた。
も、熱く隠してもいない率直な思いに、
ちょっとずつ、ちょっとずつ、ほころんでいっていた。
二人が付き合うのは時間の問題だななんて、蚊帳の外の俺は思っていた。
天女さま・鹿江さんが来たときに、不貞腐れているに、伊作は、
彼女を当て馬に使うことにした。もちろん、違う方向にいってしまわないように、
慎重に慎重を重ねていた。なにかとあれば、部屋に誘って、
自分を好きになるように仕向ける。おまえ、色、得意だよな。
と言えば、限定だよと答えを頂いた。
時々、部屋から追い出されそうになったけれど、
と伊作を二人っきりにすることは、俺の良心が痛んだ。
もちろん、伊作じゃない。だ。
の湯のみに、薬やらなにやらいれて、何かしそうだったことなんて、
山ほどで、それを阻止したら、食事に、しびれ薬が入っている稀ではなかった。
伊作は、が二人の姿をみて、焼くたびに、嬉しそうな顔して、俺に報告してきた。
「はやく、が僕のこと好きって言ってくれないかな?」
お前が、言えばいいじゃないかと言えば、
もし、に拒否されたら、僕、どうなるか分からない。と恐ろしい言葉を頂いた。
だから、俺も友人が、変な方向へ行かないように、
それとなくフォローしてきたつもりだ。
が、ちょっとずつ、ちょっとずつ、伊作の方から目をそらしていくのが見えて、
元に戻そうともした。状態は、最悪で、伊作を諦めそうだから、
伊作に言ったら、「僕さ、今日あの子から、告白されたんだ」
と、なんともタイミングが悪い。伊作の顔は、般若のようだった。
「当て馬なら、当て馬らしくしてればいいのに、
本当に、なんてことしてくれるんだろう」
僕の6年間の全てパーにするなんて。
と、震える拳で、目だけが異様に、ギラギラ光っていた。
その後、俺は、鹿江さんを見たら、顔色が思わしくない。
伊作を見れば、震えて、過剰に反応する。
一体、彼は、何を言ったのだろうか。
だけど、伊作は最初から最後まで、しか愛さないのだから、
はっきり決別がついて良かったのだろう。
それから、伊作は、言ってくると、
無理やり鹿江さんとを連れて、出かけたのだけれど。
「君が死ねば良かったのに」
最後に届いたのは、血のついたの私服の一部だけだった。
彼女は、泣いている。
だけど、俺は同情出来ない。
だって、伊作と同じことを思っているから。
は、とってもイイヤツで、俺の友人だった。
俺たちにとって、中心で太陽だった。
それを、どこかから来たわけわからない人物に奪われることに、
怒りを抱かないわけがない。
7
「それは、言い過ぎだよ。伊作くん」
6年全員集まっている部屋の中で、その男は現れた。
真っ暗な黒い服に、片目しか見えない包帯の男。
潮江が曲者!と叫んで突っ込んでいったけれど、拳は、男に当たる前に
誰かに止められた。
「お、お前は」
「」
同じく黒い服をまとっているが潮江の拳を受け止めていた。
伊作がの元へ駆け寄った。
「、生きてたんだ。良かった。なんで、すぐに帰ってきてくれなかったの?」
は、何も話さなくて、潮江の拳も離さない。
「?」
「無駄だよ」
包帯の男は、目だけを弓なりに微笑んだ。
「は、学園の子じゃなくて、うちの子だ」
「どういうことですか?」
伊作が、睨むと、曲者は、に、くいっと首で合図して、
潮江の拳を外して、曲者の後ろに下がった。
まるで、絶対の忠誠を誓ったようだ。
「目付きの悪い君、その通り」
と、指さされた。
「彼は、私に、忠誠を誓ったんだよ」
「だけど、ここまで変わるなんて、なにか暗示でもかけているんじゃないか?」
仙蔵の言葉に、皆が頷いて、
全ての視線が曲者に集まる。
「暗示、そうだね。暗示に近くて、それより厄介だ」
ふっと、曲者は笑う。
「はね、そういう血筋の子なんだよ。
人生で一回だけ、一人に、絶対の忠誠を誓う。
血からの束縛だから、暗示のようにとけるわけがない。
生涯を、私に全部くれた。髪の毛一本、血の一滴でさえ、私のものだ。
今の彼に死ねといえば、簡単に死ぬさ。
まぁ、私はそんな勿体無いことしないけどね」
伊作は、曲者から目を離して、を見た。
嘘だろうと縋るような目だったけれど、は何も言わず、
何も瞳に映さず、曲者の後ろに控えている。
「だから、彼は忍びにして、優秀極まりない人物。
絶対、裏切らない。手が取れても、足が取れても、守り続ける。
彼自身を気に入っている私としてはちょっとした付属品だけど。
伊作くんには恩があるからね、悲しいままの別れは嫌だろう?」
と、伊作の耳元で言う曲者を殴ろうとすれば、
後ろから、間の抜けた声が響いた。
「あっれ?曲者さん。あ、先輩もいる〜」
どうやら、人が集まっていたらしい。
保健委員の一年の伏木蔵が、止められているのに、
曲者のところへ来る。
「おっと、くん。もういいよ」
パチンと音ともに、は、昔と同じ笑みを俺たち向けた。
「久しぶりだね。みんな」
お前が死んでいなくて、嬉しかった。
曲者の言うとおりなのが、悲しかった。
よく分からない感情はぐちゃぐちゃで、
一年生に、柔らかい笑顔を見せている奴が誰だかよく分からなかった。
じゃぁ、と行ってどこか行く曲者の後を、当たり前だとばかりに
つけていくに、伊作は叫んだ。
「待って、行かないで。僕は、僕は君が好きなんだ。
行かないで」
後ろをちろりと振り返ったの顔には、何も無くて、
俺たちの6年間親友だった奴は、伊作をきっと好きだった奴は、
「行こうか」
曲者の言葉に従って、前を見て、進んだ。
伊作は、ボロボロと行かないでと、言い泣き続けている。
俺はどうしていいのか、分からず他のヤツらと共に突っ立ているだけだ。
8
「良いのかい?」
付いてくる彼に尋ねた。
彼は、綺麗な黒髪をなびかせて、柔らかな笑みをたたえている。
相変わらず、綺麗だね。と髪をとると、前は、叩かれた手が叩かれることはない。
「心残りを消化してあげようなんて、
親切なことを思っているわけじゃないことぐらい知っているだろう?」
「知ってますよ。だけど、これで良かった。
あなたが主人で、僕は、結構幸せだと思うんですよ。
だって、僕は、僕のままであれたんですから。
恩がある人を殺すなんてしないから、僕は、彼を殺さずにすんだ。
ふふ、僕の兄様なんて、一番大事な人を殺してしまいましたし、
それを考えれば、僕は、自我を殺すことも殆どないし、幸せでしょう?」
最初、欲したのは、伊作くんだった。
だけど、伊作くんを追いかけているうちに、彼が目に入った。
綺麗な容姿であったけれど、それ以上に、精神が凛としていて、
汚れない彼自身、全てが欲しくなった。
あの時、私は、彼の声を聞いて、駆けつけた。
体は地に伏せていて、傷だらけのボロボロ。
天女さまなんてよりも、貴重な存在を知らないで、
彼の喉元にクナイを当てた。
私は、もちろん、そいつらをなぎ払う。
彼は、私に言った。
「あと、三人なんです」
「・・・・・・いいだろう。だけど、くん。私の欲しいもの分かるよね?」
彼は目を瞑る。
私は、彼がなにか知っている。
それを知ったのは、彼と言う存在を知った後だけれど、
彼の全てを欲しかった私は、その性質がとても優位に働く機会を狙っていたのだ。
彼は、彼自身以外になるかも知れない恐怖に、
友人や恋人を殺せと言われる恐怖を抱いて生きてきた可哀想な子供。
その中で、自我を失わず、真っ直ぐ生きてきた彼は、
泥だらけ、血だらけだけど、なによりも尊く美しい。
彼は、数秒考えた後、決意した目で私を見た。
「ええ、お願いします。僕はあなたに絶対を」
ああ、なんて、なんて、最高な日だ。
数年間ずっとずっと欲しかったものが手に入った。
たとえ、伊作くんを助けるために、自分を捨てたとしても、
これから彼は全部、全部私のものだ。
彼のものじゃない。フフと笑い声が自然に出てきて。
「君は、今日から私のものだ」
と無理やり振り回してしまい、気絶させた記憶は新しい。
後で、部下にしこたま怒られた。
それから、私は、天女なんて馬鹿なものを求めた奴らを全員殺して、
彼を手に入れた。
伊作くんには悪いけど、あげるつもりも返すつもりもない。
だけど、
最後、彼と伊作くんを引き離したことに、ちょっとした罪悪感があるから、
二人とも、嫌いではなかったから、
彼が、私以外に、静かに、泣いているのは黙っていてあげる。
2010・07・11