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鈍い男







暗闇の中、俺たち二人しかいなかったから、手を繋いだ。
ただ、それだけのこと。


そう、それだけのこと。







俺は大概、人の気持ちに鈍い。
三郎に言われたなら、変装を得意であり、
そのために、人をよく観察しているお前に敵う訳ないだろうと言いたい
が、不破に言われてしまえば、しょうがない。
三郎と俺は、幼馴染と言う関係で、
一年の頃は、お互いの手が繋がっていた。
というか、お互いの手しか知らなかった。
社交的ではない三郎は、俺の手を離さなかったのだ。
俺は、別段他の誰と関われなくても良かったから、それを享受して、
お互い共、友達はいなかった。
だけど、5年の月日が経てば、三郎はたくさんの友達を作っていた。
顔を真似続けて、双忍と呼ばれるくらいの仲の良い友達。
「愛してる、雷蔵ー」と三郎が言った戯言に、
双忍の片割れの不破が、ふふふと微笑むくらいの仲だ。
その他にも、友達が出来た。
ボサボサヘアーの竹谷に、豆腐少年の久々知、くねくねした不思議ヘアーの尾浜。
たくさんできて、良かったなと、頭を撫でると、三郎は、子供扱いされたのが癪に障ったのか、
ムッと、むくれた顔で、お前は私以外の友達が、出来たのか?と聞かれた。
そんなの。

「だって、三郎作っちゃヤダっていうから」

て言えば、彼は、呆れた顔で、お決まりの台詞を言う。

「お前は馬鹿で鈍感だ」

それに俺は苦笑する。
俺はもう俺自身の気持ちなんか分からない。
だからなおのこと、他の奴らの気持ちが分かるわけないのだ。
でも、例外。
三郎、お前のだけは、分かるぞ。
そういえば、三郎は、不破にはないもっと幼い笑みで笑う。
お前が笑うなら、俺は鈍くても、馬鹿でもいいと思うんだ。







「鈍いね君は」と、つい嫌味がポロっと出てしまうほど、目の前の男は酷い男だ。
は、酷い男だ。
漆黒の髪を、下で結んで垂らしている彼は、僕の言葉にそうかと苦笑した。
そういう対応も、鈍くて酷いのだ。
彼が故意ならば、殴ってやれた。
しかし、彼は故意ではなく素でそうだから、どうしようもない。
彼に嫌味を言っても、三郎に、やっぱり俺、鈍いらしいなと笑うほど、
僕の嫌味に気づかないほど、に彼は鈍い。
今日だって、三郎と二人で和やかに話していたのに、
急に、話を区切って、走りだしていく三郎を追いかければ、
案の定、彼がいた。僕と話すよりも楽しそうに話す三郎。
ねぇ、三郎。
僕は三郎が恋しくて、愛しくて、君もそうだって、言ってくれたから
恋人になったというのに、どうして?
ねぇ、僕は三郎にとってなんなの?答えてよ。彼と僕どっち?
その質問は、
三郎が、どちらを選ぶか、分からなくて、怖くて、
もしかしたらが頭によぎるから、今日も飲み込んだ。
ぐっと拳を握りしめて、二人を睨みつけても、
効果なんてないから、僕は、三郎のもう一つの選択を、消すことにした。
そうしないと、毎日、心配で、怖くて、恐ろしいんだ。
このジリジリとした焦燥感を、君は知らないだろうね。

僕がしたことは何も悪いことじゃない。恋人としては当たり前なのに、
ねぇ、三郎。どうしてキスをしている所をに見られて泣きそうなの?



****



同じ組の久々知から、三郎に渡してくれと頼まれたから、
長屋に行けば同じ顔が口吸いをしていた。
俺は、どちらが三郎か分からないので、しょうがなく。
三郎これ、久々知から渡せと言われた。と、言えば、片方が、最悪だと呟いた。
だから、俺はどちらが三郎か不破か分かった。
だけど、そういう問題ではないのだ。
ここは何も言わずに出て行く所だったのだ。
大概鈍いと言われたが、本当に鈍いな俺。と思いながらも、
過去の失敗は取り戻せないと、開き直ったのがいけなかったのか。
泣きそうな顔の三郎と、睨みつけられているような気がする不破。
悪かったよ。そう怒らないでくれ。気をきかせることが出来ないのが俺なんだ。

「悪かった」

と言えば、三郎は俺の頬を思いっきり殴って言った。

の馬鹿!!お前なんてもう要らない!!」

俺の横を走って逃げた三郎を、捕まえようと思えば捕まえられた。
だけど、俺は手を伸ばさず、マヌケ面さらして、叩かれた頬の痛みを感じていた。
三郎!!と不破が大声をあげて、俺の横をすり抜けて、三郎を追いかけていく。
不破が三郎を追う姿に、彼等が恋人同士だと思い知った。
それは、三郎が望んだ構図。
そこに、もはや、俺が要らないことに、俺は大概鈍いから気づいていなかった。

ずっと、手を繋いでいたいと、願っていたのは俺だけだった。







僕・左門は、先輩を、あんまり好きじゃない。だけど、尊敬はしている。


今日も、なぜか道がなくなって、行きたかった場所に行けない。
なぜだ。真っ直ぐ走っていただけなのに、なぜ迷子になるのか。
しかも、運も悪く、雨が急に降ってきた。
最悪だ。
僕は、また真っ直ぐ走れば、大きな木。その木の下には青紫色。
誰かと思えば、5年の会計委員の先輩・先輩がいた。
先輩は、いつも、空笑いの姿か、苦笑しているか、黙っていることが多い先輩。
だけど、そこにいる人は違かった。

先輩?」

本当に先輩か、分からないから、疑問詞をつければ、先輩はゆっくりと顔を上げた。
先輩はこんな顔をしていただろうか。こんな目をしていただろうか。
誰かが変装しているのだろうかと疑ったけれど、

「ああ、神崎か。どうかしたか」

僕の苗字をいったから、彼は紛れもなく先輩でしかなかった。

「どうかしたかはこっちの台詞です。顔、濡れてますよ」

と、手ぬぐいを渡そうとして、僕は気づいた。
先輩は、雨で濡れているんじゃなくて、泣いていた。
自分より先輩である人が泣いている姿をみたことがなくて、
泣くようにみえない先輩が泣いていることにもっと驚いて、

そして

「どうかしたか?神崎?」

先輩は、自分が泣いていることに、気づいていたなかった。

先輩。なにか悲しいことでもありましたか?」

「悲しいこと?あったけな?ただ、殴られて要らないって言われただけだよ」

あまりにも自然に言う先輩は、泣いていなければ、悲しんでいることも分からなかっただろう。
大概鈍いと言われるこの人が、怒られることは珍しくない。
でも、だからしょうがないと、笑って、許される人だった。
そんな雰囲気を持った人だった。
そんな先輩が泣くほどの相手に、僕は単純だから一個しか浮かばない。

「言った人が、好きだったんですか?」

「好き?ああ、そうかもね。そうだったのかもね」

ははは。と笑う先輩はいつも通り。
顔は無表情のまま涙を流す。
その姿に、僕の方が、苦しくなってくる。

「だったら、好きだって言えばいいじゃないですか。当たって砕ければいいじゃないですか。
僕ならそうする。好きならそうする」

そういって立ち上がって先輩を見れば、先輩は少し眩しそうに僕を見た。

「そうだな。俺が、あの時、そうしたなら、こんなことにはならなかったのにな。
俺は、お前が羨ましいよ」

「こんなことって」

「愛も恋も分からないんだ。一緒に手を、繋いでいたかったから」

よく分からない言葉を口にして下を、向く先輩。
僕は、これ以上この人をここにいさせなくて、これ以上この人を泣かせたくなくて、
俺は先輩の手を取り、雨の中を、走る。
何も考えずただ前へ前へ。

「神崎?」

と、先輩の声を聞かないふりをして。







俺は昔から、一人だった。
隣に人がいることに気づいて、見れば、同じくらいの年の子で、
暗い中で、二人でいたから、手を繋いだ。
笑って、泣いて、怒って、悲しんで、すべてのことを、彼としてきた。
そして、いつの間にか、俺だけが違う感情を持ってしまった。
好きで、愛してて、恋してて、口付けして、抱きしめて、全てを手に入れれたなら、
至上の幸福で、そうなればいいと望んだ
意識してしまえば、以前と同じにはいかず、
でも、二人きりだったから、手は繋がれたけれど、
人差し指を持つことしか出来なくて、それに満足できない彼は言った。
前みたくしてくれと。
「出来るわけない。俺はお前が、好きなんだ。愛しているんだ」と、
言い返すことが出来ず、黙って、気持ちに蓋をして、手を繋ぎなおした。
怖かったんだ。俺の気持ちを、気持ち悪いと拒否されてしまえば、手はもう二度と戻ってこない。
意気地なしだったんだ。神崎の言うように、当たって砕けてしまえば、まだ良かったのに。
いつしか、お前は、俺以外の友人を作りはじめた。
その姿に、素直に喜べなくて、
俺の名前を呼ぶあいつの顔は、もはやあいつの顔じゃなくて、
真実を見つめないでいれば、
横から同じ顔で、まったく違う奴が笑う。嘲笑う。
彼に、醜い感情しか沸かない自分を、お門違いだと笑った。
目を瞑って、心を瞑れ。
お前が俺じゃない違う誰かを愛しても、笑えるように、
誰かに泣かされたときは、そっと肩を貸されるように、
お前の幸せを、遠くから願えれるように。
激情はいらない。
お前に恋して、愛していたときの気持ちを、全部、全部、そのときのお前にあげる。
恋も、愛も、分からなくていい。
だから、お願い。手を、離さないで。一人は、悲しい。一人は、寂しい。
大概鈍い俺になった俺は、また間違いを犯したらしい。
彼にとって俺は、要らないらしい。
ほろり、ほろりと、頬を伝う水滴が、もう何か分からない。
だから、これも要らないものなのだろう。







「ここはどこだー!!」

ここが、どこか分からない。
どうしてこんなことになったんだ。
走れば、少しは気がまぎれるかと思ったけど、ただ、疲れるだけだ。

先輩、すいません」

と言えば、先輩は、はははと笑った。
涙は、流れていないけど、先輩の顔は、無表情だ。

「いいよ、いいよ。お前なりに励まそうとしてくれたんだろう?」

大概鈍くて、よく怒らせている先輩には珍しく人の気持ちを汲み取ったようだ。
僕の表情から読み取った先輩は、

「馬鹿にするな。お前はいつも迷子になってるけど、
真っ直ぐ行くことは、おまえにとっていいことなんだろう?」

と言い、無表情から一変して先輩は、朗らかに笑った。
今までそんな笑顔を見たとこがなくて、キュンと一回胸から音が鳴った。
そんな僕のことを知らないで、先輩は僕に尋ねた。

「なぁ、神崎。俺は大概鈍い男だから、教えてくれ」

「な、なんですか」

なんでか、急に先輩の顔を見ていると、顔が火照る。
なんかの病気かなと、帰ったら保健室に寄ろうと考えていた僕は、

「俺さ、要らないって言われたんだ。
前みたくならないように、愛とか恋とか、そういうやましいの全部捨てたのに、
友情なら一生だからそばに入れるって思ったのに、
要らないって言われた。そっから、俺の存在価値はゼロになった。
何がいけなかったのか、俺は分からないから、神崎、俺に教えてくれないか」

先輩の言葉に、ドクンと、心臓が鳴った。
なんだ、それは!なんていう高慢さ!!
要らないだって?
そんなやつのために、この人は涙を流して、
好きだとか当たり前の感情も、理解できなくなっちゃたのかよ。
カーと違う意味で、顔が赤くなって、頭がぐつぐつする。

先輩!!」

僕は、手をもっと強く離さないとばかりにギュッと強く握り締める。

「僕は先輩のこと要らなくないです。だから、これで存在価値は、ゼロじゃないです。
恋とか愛とか分からないなら、僕が教えます。僕は先輩が好きです。愛してます」

はぁはぁ、と勢いで言った言葉で自分の気持ちを整理できた。
病気は病気でも、保健室では治らない。
かぁと、赤い色が体中を、廻る。

雨の日、委員会の先輩でも、紫か緑色だったなら、近くに寄らなかった。
むしろ、走り抜けた。泣いているからといって、走りまわることなんてしなかった。
嫌いじゃなくて尊敬・・・そんなわけない。
この人に尊敬できるところなんてないのだから。
だったら、その感情は。

先輩。好きです。愛してます」

もう一度、先輩の顔を見て大声で叫ぶ。
ごちゃごちゃしていた感情が理解できたら、前に進むのみ。







後輩である彼は、堰を切ったかのように、愛の告白をしてきた。
俺はやっぱりその意味が理解できなくて。

「俺に、恋とか、愛とかしても分からないよ?」

「愛してもらえるまで、恋してもらえるまで、離しません」

と、ぎゅーと、手を離さないから、俺は諦めた。
人は変わる。人は飽きる。
だから、彼もつまらない俺を放ってすぐに、飽きると思っていたのだけれど。
一日なにかあるごとに神崎は手を繋いできて、
先輩は先輩に代わってて、
何が嬉しいのか俺を見れば、嬉しいそうに駆け寄ってくる。
そして、ことあるごとに俺を迷子にさせた。
神崎の手を離せば、帰ることが出来ても、徐々に手を離しがたくなっている俺がいて、

先輩」

と、笑った顔が面白いと思って、

「なに?左門」

もっと笑顔がみたいなんて思いはじめていた。
彼は、あいつと違うくしゃっとした陽だまりのように笑う。
変な顔。だけど、それも悪くないなんて。
そういえば、そんな感情を昔も抱いたな。でも、前と全然違う。
今のは、ゆっくりと進んでいく感覚。
道を知っていても、迷子になるのだって、長く手を繋いでいたいからで、
そこに留まるより、前に進ませてくれる彼が、嫌いじゃないなんて。
これは、なんて感情?




****




このままじゃいけないと思っていた。
分かっているんだろう?と言えば、
雷蔵が、これが最後だから頼むと言われて、
この関係が少しでも改善できるならばと、一枚かった。
だけど、余計ねじれたように見えるのは、俺だけだろうか。
雷蔵と三郎が、恋人な関係だと知ったとき、俺は大層驚いた。
三郎が嬉しいそうに笑う。
雷蔵が少し恥ずかしそうに笑う。
矛盾を隠して二人とも笑っていた。

なんで、幼馴染で仲がいいには雷蔵のこと教えないんだ。三郎。
どうして、好きあっている同士なのにを離そうとしているんだ。雷蔵。

雷蔵が悲しそうにと話す三郎を見ているのに、なんで気づかないんだ。三郎
なんで泣きそうな顔で、三郎の傍にいるんだ。雷蔵

「だって、僕は知ってんだよ。兵助」

あまりにも見ていられなくて雷蔵を酒に誘えば、
彼は酒の中にぽろぽろと涙を流して言った。

「放っておけば二人がそういうことになることを知っていたんだよ。
僕が、無理やり中に入ったんだ」

なぁ、三郎。ここでお前が好きな奴が泣いている。
なのに三郎。なんでお前が見つめているのは雷蔵じゃなくて、なのか。


本当に鈍かったのか誰か?鈍い奴は鈍いと自分で言わないものだよ。







「要らない!!」と、言った日から奴を見ない。
どこにもいない。いつもいる木の下にもいない。
ちょっと気が動転して酷いことを言ってしまったから、謝ろうとしていたのに、
雷蔵とはぎくしゃくしちゃって、それも全部のせいだから!!
私はムカついて、探すことをしなかった。
私が奴を見つけることが常だったから、少しぐらい尋ねにくればいい。
そうしたら許してやる。とぶーたれていれば、い組とろ組の合同実習。
しょうがない。そこで見つけて、殴って全部チャラにしてやる。
心優しい私だろうと思って探したけれど、どこにもいない。
教師もはどうした?聞いている。
兵助が、

「あそこです」

と指差した。
奴は青紫の服を泥だらけにして、だけどどこか機嫌よさげに、何を背負っていた。
黄緑色したそれを背負っている奴は、
俺たちのことなんかどうでもいいと言わんばかりに、そのまま通り過ぎようとする。

。合同実習だぞ」

と、兵助が言えば、ようやく奴は立ち止まった。

「実習?ああ、そういえば」

「ふにゃ」

「おいおい、久々知、起きちゃったじゃん」

「あれーここは、先輩?」

「ここだ。下だ。左門」

「また迷子か。

「迷子じゃない。真っ直ぐ行っていただけだ。なぁ左門」

「その通りです」

ぎゅーと抱きついている黄緑色。
なんなんだこれは。
なんで、名前を呼ばせている?
俺がイヤだって言ったからお前は誰にも呼ばせなかった。
なんで、名前を呼んでいる?
俺だけがいいって言ったから、お前は誰も呼ばなかった。
友達も、後輩も、先輩も、いらないって言っていたじゃないか。
なのに、なんでそんな甘い顔して、
そんな下ろすのが惜しいみたいな、
行くのがイヤみたいな顔しているんだ。
私は、そんなお前は知らない。

「組み手。 鉢屋と

一礼して、顔を狙えば軽く手で受け流される。
クナイを取り出して一撃でも入れてやろうとしているのに奴はすべて受け流す。
そうだよ。お前はそういう奴だよ。全部受け流して。

「お気に入りが出来たか?

キン、と金属音がして至近距離のせめぎあい。お互いに聞こえるしかない声。

「お気に入り、ああ、そうかもな」

「なんで!!」

嫌そうな顔をすれば、お前はじゃあ止めるっていうからそんな顔をしたけれど。

「左門は、教えてくれるから」

奴は俺の顔を見ていなかった。
気づいていなかった。

「俺に愛とか恋とか教えてくれるから」

と、言って私の鳩尾にガツンと一撃が入った。
勝者、







「神崎、顔をかせ」

「僕も先輩には用がありました」

僕が一人のときを狙ってやっぱり現れた鉢屋先輩。
僕だって色々聞いてようやく先輩の言っている人が分かったから、
この人にどうやって勝つのかずっと考えてたんだ。

から離れろ」

言われると思った。
あの実習の僕と先輩の仲を見せつけた日から、
彼の視線が強くなったからだ。

「なんで離れなきゃいけないんですか?」

「迷子になってばかりで、実習も座学も出ない。
それはに、迷惑だろう?」

「先輩は迷子になることが好きですよ。僕と一緒にいることが好きですから、
ああ、でもそれなら先輩に言っときます。実習と座学、頑張ってくださいって」

「それですむと思っているのか?」

「なんで、幼馴染だからってそこまで介入するんですか?」

「・・・・・・大事だからだ」

なーんだ。気づいていないのか。
僕はビックリした顔を出さずに、好都合とまくし立てた。

「それは恋人の不破先輩よりもですか?この頃あまり元気ないって聞きましたよ。
先輩は幼馴染の恋路よりも、ご自分の恋を頑張った方がいいんじゃないですか?」

鉢屋先輩の作り物の顔に表情は出ない。
鉢屋先輩お得意の変装術で先輩の振りして僕に
嫌いだって言えば、終わったのに。
それすら考え付かなくて、直球でくるほど精一杯だったのに、
あなたはどこまで鈍感なんだろう。

「この」

殴られる瞬間に見えた顔にふっと緩む。
知ってましたか?鉢屋先輩。先輩は僕を探しに来てくれるんですよ。
あなたは体験したことがないでしょう?

「なにをしている」

!!」

「なにをしている。三郎?」

「だって、、私は」

「三郎。俺はきっと左門が好きなんだと思う。だから、心配しなくてもいい。
俺のことは、俺でできる。
お前は、不破のことが好きなんだろう?愛してるんだろう?
だったら、手を離しちゃいけない。さっき不破が暗い顔をしていた。行って来い」

はい、終わり。決定打。
先輩も鈍いけど、そうさせたあなたも大概鈍かった。
決定打を打たれて、自分の気持ちを知るなんて、なんて可哀想。
でも同情はしない。そのおかげで僕が欲しいものは手に入れられたのだから。
それが、あなたと先輩が結ばれなかった、唯一の原因。




10


私は、呆然としたまま木の下にいる。
私と彼の二人の場所。
そういえば、私はいつも探しているのではなかった。
いつも彼が私に見える場所にいたんだ。
小さいとき。最初に彼の手を握り締めたのは、私だった。
離さないでと言えば、俺は離さないよ。お前が離さない限りと、言って笑ってた。
独占欲だけが強くて、ワガママで、あれはダメ、これもダメ。彼は笑って、いいよと言った。
私に甘い男で、それ以外には興味がないのがすぐ分かったから、
彼は私を離すことはないと思っていた。
だから、安心して雷蔵を好きになれた。
なんで雷蔵が時々悲しそうな顔をしているか、今なら理解できる。
雷蔵が好きなのは、
が絶対傍にいるからの前提だった。
が私を愛していることの前提だった。
気がつけば全て気がつく。私は私で、全てを潰していた。
彼が私を愛してくれて、恋してくれたときにも、まだ幼い私は要らないと言った。
だから、彼は私をそういう目で見ることはなくなった。
彼は顔を変えても、友達を作っても、笑って、一人でいた。
そうさせたのは紛れもなく私だ。
子供でもなくなった私は、無意識下で彼が私に恋しなくても
誰かを愛さないだろうと理解していたから、雷蔵を好きになったんだ。
そして、あの要らないで、全てが終わった。
あそこでに見られて、恥ずかしくて、悲しかったのか分かっていれば、
は今でも、私の手を繋いでくれていたのに。
なんで、終わった後に、こんな感情を気づかせてくれるんだ。
。あの鈍男。
お前が誰かのものになるのが嫌だ。私のものでなければ嫌だ。
欲しいんだ。は、神崎のでなく、私のものなんだ。
と、叫ぶことも、奴を叩いて起こすことも出来ない。
だって、彼が私の手を離したんじゃない。
私が彼の手を突き飛ばしたんだ。

「三郎」

そういって握り締めてくれる雷蔵の手が暖かいのに、違うと叫んでいる。

「なんて馬鹿で鈍感なんだ」

それは私の方でした。












2009・12・17
訂正:2010・09・29

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