私・僕たちの誤算は,嫌いになる代わりに愛したこと。
僕は何時だって自分に自信がないから。
自信に満ち溢れた彼が羨ましかったのです。
嫉妬にかられた悪口を言うくらいに、羨ましかったのです。
真正面から悪口を言えば彼はそんなことかと返してくるのだから。無意味だと知ったけれど。
いつしか僕と彼が共にいることが多くなりました。
何を言っても彼は私の言葉を聞けと胸を張るのだから、
傍にいないでくれとは言えませんでした。
言えなかった理由?そんなもの一つでしょう?
僕は僕が嫌いだったので、僕が好かれる要素は何一つなかったので、終わらそうと頑張りました。
愛されないのに愛すことはとてもじゃないけれど僕の手には負えなかったのです。
重すぎて溶けてしまう。
僕の体は塩でできているので、脆くて水に弱いんです。
その結果、僕は彼に女の子を紹介し、ついに二人は結ばれました。
彼が胸を張って聞けと言います。僕は先に知っていました。
彼女は協力者だったので、僕にいの一番に報告に来たのですから。
彼は2日後に僕に言いにきました。それくらいの存在なのでしょう。僕と言う存在は。
それとも、嬉しくて興奮していたのかも知れません。
まぁ今の僕にとってはどちらでも構いませんが。
女の子はとても優しくて可愛くて将来美人になる子にしました。
彼の言葉をきちんと聞いてくれる子にしました。
なかなか捨てれないような子にしました。
ちゃんと愛してあげれる子にしました。
胸の中のおもい、おもいものもようやく浮上しました。
僕は自分のことが大嫌いですが、一つだけ好きなところがあります。
人のものは盗らないことです。それは幼い頃からの刷り込みのようなもので、
それを利用して僕はこの計画を企てたのです。結果、成功です。
ああ、良かった。僕はようやく楽になれる。頑張ったから苦しくなくなる。
塩で出来た僕の体から溢れたのは、しょっぽいものでその姿は大層哀れなので、
一人では苦しいので、大きなお月様と共に、笑いました。
ああ、せめて女だったなら、と思わなくはないのですが女でも変わらなかったでしょう。
だから、僕は海に溶けて消えてなくなってしまいたいのです。
彼は可愛い、綺麗とよく言われる私から見ても、綺麗な子だった。
じぃと見つめていたくなる子だった。
だから、私は彼が誰を見ているのかすぐに分かった。
でも、不思議なことに、彼はその誰かを他の女の子にあげちゃった。
「不思議」
私なら、絶対譲らない。足を取って手を取って誰にも届かない場所まで隠してしまう。
私は今日もじぃと見る。
「何?綾部」
私はずっと見ていたから分かるよ。
隠せていると思っている目の腫れとか、ちょっとだけ赤いとか、隈とか。
頬に手をやって驚いた顔。そのままがっしり固定したら、目の上にチュー。
手の上ならば 尊敬のキス
額の上ならば 友情のキス
頬の上ならば 厚意のキス
唇の上ならば 愛情のキス
瞼の上ならば 憧憬のキス
掌の上ならば 懇願のキス
腕の首ならば 欲望のキス
さてはてその他は 狂気の沙汰
ぺろりと唇を舐めた私に、数分経って赤くなっている彼に、なるほど、なるほど。
「なんで、好きなのに手放したの?」の変わりに。
「私のものになってよ。絶対逃がしやしないから」
これは、絶好のチャンスという奴だってね。
私のキスは、憧憬の振りした狂気のキス。
彼はとても正々堂々な男だった。
私の悪口など多くの人が言っている中で、真っ直ぐ私に言う人はいなかったので、
彼は私にとって特別になった。そして、今度のことで彼はとてもいい奴になった。
私に恋人を紹介してくれたのだ。
私・平 滝夜叉丸に似合う女性をわざわざ外まで探してくれた凄く私思いの奴だと感動したのは
ちょっと前のこと。
今は。
「綾部、離して」
「いーや」
「綾部、苦しい」
「じゃぁ、逃げないで」
「綾部、暑い」
「私も暑い。だけど、気持ちいい」
「綾部」
「なーに?」
彼は、私の傍にいつもいた。私の傍にいても許せるほど綺麗な顔もしていた。
前は、滝 滝滝滝と言っていた単語は、綾部のほうが多くなってくている。
イライラする。前はそのイライラを彼に言えたのに。原因は分かっても理由が分からない。
冷静な彼に理由なき怒りをぶつけるのはいけない気がして逆にすることにした。
「おい、喜八郎!!なぜこのごろ奴ばかり相手するんだ?」
大きな目で、私を覗き込んだ同室の喜八郎は、相変わらず表情が豊かではない。
でも、かなりあきられた顔をされた。ムカつく。
「なんでって、なんで聞くの?」
「なんでって、お前前はそんなに傍にいなかったじゃないか」
「・・・・・・滝ってずるいよね」
「ハッ?」
私のどこがずるいのだ?私の質問にも答えてないぞ。
それなのに、喜八郎は布団を被ろうとしている。
「いいでしょう?滝は恋人できたんだし、一番があるなら、その他はいらないでしょう?
私は滝が捨てたその他が欲しい」
「その他って奴のことか?」
「うん、滝は恋人が出来て満足。私も彼を手に入れて満足。それでいいでしょう?」
おいおい、喜八郎。私が認めるほど綺麗な顔をしているが。
「奴は男だぞ?」
と言えば、喜八郎は布団からがばっと起き上がった。
「だから、何?欲しいものはなにがなんでも欲しいもの。両方は駄目だよ滝」
と、布団を被ってしまった喜八郎に私は何も言えなくなった。
理解不能だ。喜八郎は私よりももてるのに。女ではなく男の奴がよくて、
あーもう。他の男なら、まだ良かった。なんでよりにもよってわざわざ奴なんだ。
私の言葉を聞いてくれる奴を取らなくてもいいのに。
それからも喜八郎は奴に付きまとう。そのたびに私と奴は離れていく。
「しょうがないな。喜八郎は」
名前を呼ぶまでは時間がかからなかった。
私の傍にいて当たり前が喜八郎がいて当たり前になっていく。
くっついているのも当たり前。前は嫌がっていたことも段々となくなっていく。
笑うことも増えてきたかも知れない。
私の知らない彼が増えて、私の知っている彼が減っていく。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「どうかなさいましたか?」
恋仲になった彼女が心配そうに私を覗き込む。
久しぶりの逢瀬だというのに私は上の空だったらしい。いかんいかんぞ。滝夜叉丸
私は綺麗で美しくいつもやる気で誇り高く「馬鹿でしょう?」
なんだ、今の声は。
「馬鹿でしょう?無理にそんなことして。
手とか傷だらけとか、修行とか努力は分かったから、自分の体もちゃんと見なよ。
綺麗で、誇り高い滝夜叉丸なんなら、目の下に隈とかありえないでしょう?」
「滝って本当に馬鹿だよねぇ」
「滝、あれはないよ」
「いやいや、滝。サラスト一位はどうみても立花先輩だから」
「滝がモテたほうが僕にはビックリだ」
滝、滝、滝、滝、滝。
滝、笑って、僕は滝のこと嫌いだけど、それはあまり嫌いじゃないよ。
お前の声がする。どんどん聞こえてくるのに、
お前との距離は段々遠くなって今は背中だけしか見えない。
今のお前は私じゃなくて、喜八郎に私に笑えといったときの笑顔を見せるのか。
「滝夜叉丸さん!!?」
ああ、可愛い人が驚いている。何を驚いているんですか?の声は出てこなくて
彼女が懐から手ぬぐいを頬にこすって、ようやく気づいた。
私が泣いていることに。
この私が泣いているのだ。お前はすぐさま来て私の言葉を聞きに来るはずなのに、
もうお前は来ない。
奴はとてもいい奴なんかじゃない。私に彼女を渡して、私から逃げたんだ。
最後に、喜八郎の声がした。
『両方は駄目だよ。滝』
嫌だ、両方とも欲しいんだ。
消えてなくなりたいと思ったら、神様は意地悪で、
今度は絶対逃げられない罠を仕掛けられました。
彼は大概しつこく、大概我慢強く、大概わがままで、大概自分勝手。
僕は、どうやら逃げれそうにないみたいです。
彼は塩でできた僕を、海に流れて消えようとする僕を、
海を干上がらせ、出てきた塩でまた僕を形成するらしい。
「喜八郎」
「なーに?」
「僕は、僕が嫌いだ」
「そう。私も嫌いだよ」
「なら」
「だって、滝しか見てないから。私を好きになれば、ものすごく好きになるよ。
自分が嫌いな君ごと好きになってあげる」
凄い言い様です。
しかし、僕はこんぐらいが丁度いいのかもしれません。
くしくも、彼が泣いた日。僕は喜八郎と笑いあいました。
私・僕たちの誤算は、
嫌いになる代わりに愛したこと。
2009・11・4