猫かぶりの女 1
「ごめんね。いつもありがとう」
「いいえ。私がしたかっただけですから」
にっこりと、たんぽぽみたく地面に根を張っている安定した
やすらぎと可愛らしさを与える笑みを持った少女は、
今度は泣いている子どもが泣いていたことを忘れるほどの
恐ろしい般若のような顔に変えた。
「な訳ないだろう。お前がミスするたびに、次が進まないんだよ。
ありがとうって言葉だけじゃなくてちょっとは精進しろや。
色ばかり鍛えないで、脳みそも鍛えやがれ。
・・・ったく、ストレスたまるわ」
ガンと大木に拳を打ち付けている少女。
大木には、羽の入った布団が巻かれている。
拳を大木に打ちつけている少女による応急処置である。
そのまま直に打っていたら、少女のあまりに激しい怒りが拳にのり、
大木に穴が空き木がダメになってしまったため巻いたのである。
はーと深い溜息を吐くと少女は、齢13歳には思えない思い息を吐いた。
それから、よっこらと声をだししゃがみ、
大木の横あるお地蔵様の皿の上に団子を置いて。
「お地蔵様。そんなわけで私、今日も色々耐えました。褒めてください
『褒めて使わす。好きなだけ、隠れて忍たまに、罠をしかけると良い』
有難き幸せ!!はー」
わざわざ低い声をだしお地蔵の声を演出している自分の惨めさを噛み締める。
気分を帰るために、少女はよっと声をだし、大木の木の上にのった。
頬に当たるのは生ぬるい風と、カラスの鳴き声。
「本当、ここが呪われるとか、うめき声が聞こえるとか、ミシミシいってるとか、
変なものに襲われたとか、噂があって良かった。
おかげで誰も近寄らないし、私はストレス発散ができる」
なにもかもこの場所から始まった。
少女は少しの間暮れゆく景色を見ていたが、目を瞑りそのまま姿を消した。
忍びなんかなりたくないと思いながらも、忍びに染まっていく自分を恨みながら。
私・にとって最悪最低な日は、
平滝夜叉丸に、「では、付き合うか」と言われた日である。
その次に、最悪なのは、両親に、忍術学園に行けと言われた日である。
その次に…、と私にとって嫌な出来事は多すぎて、
これが何番目に嫌な出来事か分からないけれど、
とても不可解で、不愉快な日。
天から女、私よりも年齢が高く、精神年齢が低い女が、落ちてきた。
幻覚ではない。すぐ横にいたシナ先生が、幻覚返しをしていたから。
間者ではない。学園長が、彼女を試したから。
肉体的にも、筋肉という筋肉がなく、脂肪だらけで、
どんないいものを食べたのか、乳ばかりに栄養がいっている。
精神的にも、殺しあうことはいけないこととか、命の大事さを問う彼女は、
この場所ではなく、僧の所へ働きに出たほうがいい。
いや、彼女は、見目麗しい顔をしているし、行動だって可愛いし、
なにやっても大丈夫だし、
忍たまの信者も、くのいちの信者も多いのだから、
新しい宗教作って、開祖になればいい。
そしたら、名前は天女教かな?天女さまによる、ありがたいお話。
「命は大事にって、忍びにいいました」
みたいな。
でも、それで「大事ですよね」って忍びが返えすんだから、
ここにいる忍たまもくのたまも、ここを出れば一般人になれるに違いない。
あはは、それマジで笑える。
「あ、さん」
「はい、なんでしょうか。エリカさん」
私はぱっと笑みを浮かべる。
さっきまで考えていた天女ことエリカさんが花を周りに散らかしながら現れた。
「えっと、あのね。さんが作ってくれたお菓子、すっごく美味しかったよ。
だから、教えて欲しくて」
巫山戯んな。
なんで鍛錬時間を省いてらくして遊んでいるだけのお前に付き合わなくちゃいけない。
「ふふ、他の人にやっかまれちゃいそうです」
「え?なんで」
カマトトぶんな。みんなから好かれてること分かってるだろう。
分かった上で誰も選ばないくせに。
「あら、分からない?・・・そうね。エリカさんは、天然さんだものね」
「えー、そんなことないよ」
いやいや、天然の馬鹿だよ。
「ふふ、可愛い。あ、そうだ。立花先輩たちが探していましたよ」
「あ、そうだ。文字教えてもらうの忘れてた、じゃぁ、またお菓子教えてね」
「はい」
いやいやいや、立花先輩たち総でで文字教えるのは、おかしいだろう。
むしろ邪魔だし。
しかも、人が軽やかに流したのに、最後に釘刺しやがって、このちくしょう。
そう。私・は二面性が激しい少女だ。
忍術学園なんて行きたくなかったのに、家が代々忍びの家系だったから
無理やりここに連れてこられた。
嫌でしょうがないけれど、幼少時から培われた猫っかぶりで
「は、ちゃんと立派なくのたまになって家に帰ります」
なーんて。
実は、この学園なら両親にも分からなかった私の二面性に気づいてくれて、
それでも友達なんて子ができて、私は素の私を晒せれると期待してたんだけど、
忍びというのは、面倒なことには関わりたくないようで、
私はますます二面性に磨きをかけただけだった。
しかも、このごろは。
「。いいところに、私は今日、実施試験で主席をとったのだが、
そのときの私の戦輪のさばき方がいかに素晴らしかったか、聞きたくないか?」
「はい、もちろん!!」
あーうぜぇ。なんで私は滝夜叉丸の恋人になってこいつのゴミより素敵な話を
ながながと聞かなくちゃいけないんだ。
部屋へ帰る前に茶色の髪がすっと揺れた。
見知った人物に息を飲むと、彼・田村三木エ門は鼻で私を笑った。
「ずいぶんお疲れのようだな。
おまえのようなやつにはちょうどいい相手が釣り合ったんじゃないか?
あ、あと、エリカさんに毒なんて教えるなよ。迷惑だから」
・・・・・・別に、そんなことわざわざ言いに来なくてもいいじゃないか。
そもそも滝夜叉丸が付きあおうなんて言ったのはお前のせいなのに。
とぼとぼと歩いているとバタバタと忍びらしからぬ足音。
覚えがある気配に回れ右をしようとしたが、回れ右には三木エ門の気配。
まだこっちのほうがマシかと、そのまま相手を待つ。
忍びを学びに来ているくせに髪の毛が金髪とかどんだけなめてんだ?
と、思う斎藤タカ丸が現れた。
斎藤は私を見ると、ちょうど良かったと小さな小瓶を渡す。
「ちゃん。これ、シャンプーの試作品なんだけど緑ちゃんに渡しといて」
まいどまいど違う女の名前に辟易する。
どんだけくのたま食ったんだよ。この腐れ男が。
「ん?どうしたの変な顔をして」
つい嫌悪感がMAXになってしまい少しこぼれてしまったようだ。
天女に滝夜叉丸に三木エ門のコンボが効いたようだ。
私はわざとひくりと震わせ口端をあげる。
「何人目かなと思いまして、タカ丸さん、そんなことばかりしていると
本命ができたとき大変ですよ」
「あはは、君みたくはならないよ」
「・・・・・・私は滝夜叉丸さんとうまくいっていますが?」
「本命には嫌われてるよね。かわいそう」
「何を言っているのか」
「だって君が本当に好きなのは」
ダンと木を殴る。振動で木が何十枚か落ちた。
この場所は、周り住人にいわくつきの場所と言われている。
木々にカラスがたくさん止まり。ボロボロの社に一体の地蔵。
昼だというのに、ここは暗くて寒い。
だけど、私は知っている。この場所は別に、呪われても何でも無いことを。
だって、その呪われている噂の原因はすべて私だから。
カラスは餌付けた。
社から声が聞こえるのは、私の愚痴で、
ドォンと大きな音がするのは、私が大木を殴っているせいだ。
参拝者を来なくしてしまったことは申し訳ないけれど、
ほぼ毎日私が来ているので、お供え物もちゃんと置いていくので、許して欲しい。
だって、私、誰も来ない場所がないと、気持ちを吐露出来ない。
ストレスで死ねというの?くのたま、死因ストレスとか、嫌。
「あーの腐れバナナ。髪がもげて腐りおちればいいのに、毛根死にさらせ。
てか、なにあの上から目線。あの全部分かってるぜ。バカ女。の顔しやがって、
あーそうだよ。馬鹿ですが。何か?
でも、お前より馬鹿じゃねー。
・・・ちくっしょー分かってる。滝夜叉丸は周りの4年が恋話してて
一人だけおいてかれるのが寂しいだけだし、自分の話を聞いて欲しいだけだし、
ちょうどいたのが私なだけだし。私がNOなんて言わないの知ってるし、
そんで私も私だし。超嫌われてるのに、馬鹿すぎる。
でも、なによりも三木エ門があの女を好きになんてなるから悪い。
全部悪い。そうならなかったら、滝夜叉丸は私に付きあおうかなんて言わないし、
私だって、好きな人がいるんでって断れたのに。
くそぉ!!!」
私は暗い闇の中で、地蔵とカラスが集まる不吉極まりない
小さな社があるだけの神社で私を見ている存在に気づきもせず、叫びつづけた。