いつだってあなたは酷い。
私はいつも近くにいたからあなたの酷さを知っている。
それでも近くにいたのは、幼なじみだからじゃない。
好きだった。
何人と同時に付き合えるし、全然本気じゃないとか軽く言えちゃうし、
馬鹿にするし、先輩たちだってからかうしで、性格はちっちゃいし、
依存性高いし、その割にはぞんざいでわがままだし、一人じゃ死んじゃうとかうざいし
悪いところばっかりなのに、
好きの2つの言葉でひっくり返ってしまう。
鉢屋三郎は私にとってそんな存在だった。
ボロボロと大粒の涙が止まらない。
いつもだったら、不細工と言って三郎が来てくれるけれど、
涙の原因がその人なのだから、止まるわけもない。
「偽善者のくせに」
冷たい目で私を射ぬいた彼の言葉。
不破くんの顔を借りてても三郎の性格が出ていて、
誰の顔を借りていても三郎が三郎であるならそれで良かった。
私は彼の言葉に、
急にどうしたの?とヒクリと頬が釣り上がり、声が上ずった。
「冗談やめてよね」
「冗談じゃない。お前はいつだってそうだ。
誰彼構わず好かれようとして、安い芝居続けて、何が楽しいのか分からない。
今言ったろう?その女が怒っているのは分かった。
でも、なんでお前が仲裁しようとする?
お前は関係ない。
その上で、三郎、浮気はダメだよ。
本気に好きな子ができたとき、好きだってわからなくなるよ?
だと?お前は誰の味方だ。
好きな子がその女じゃないことを知って、
なぜ仲直りさせようとする。
お前は私でもその女の味方でもない。
大人数がきめた常識を振りかざすただの偽善者だ」
私はその言葉に何も言えなかった。
三郎が私に背を向けていなくなるまで動けなかった。
腹から襲いかかってくる熱いものに、飲まれようとしたけれど、
そこで泣くのも間違えな気がして、
長屋まで走って、布団を広げて、そのなかに潜り込む。
暖かかった。
自分の暖かさで、私は泣いた。
うぅーと小さなうめき声をあげながら、ボロボロと泣いた。
三郎のいうことはもっともだ。
私は三郎が浮気して悲しんでいる子が、
本命じゃないことは分かっていて、
そのくせ、本気になれと、三郎を怒る。
本気だったら、困ったのは私だというのに。
三郎は私を偽善者だと言っていたけれど、それは違う。
私は、偽善者すらなれない、怒るたびに優越感を抱いていたただの臆病者だ。
私が泣いているのだって、私の汚い心が三郎にバレたことの
悲しさで、三郎がもうそばに居てくれなくなるかも知れない恐ろしさだった。
ぐすっぐす。
泣きやむ頃になれば、夜をこえ、朝になった。
泣いてすっきりした私が自分のルールをこさえた。
きゅっと、手ぬぐいを目につけて歩く。
それから気配をさぐり、忍たまのほうへ歩く。
三郎の気配をキョロキョロ探していたら、
どこかから先輩の怒鳴り声と、以上すべて鉢屋三郎でしたのお決まりの言葉が聞こえた。
「三郎!!」
たしかに振り返った気配がして、私は手ぬぐいをとれば、
目の前にいたのは。
「あ、大丈夫?ここ、綾部の穴があるから」
「あ」
「うん?」
「あなたの名前、なんていうのですか?」
「え、知らなかったっけ?僕の名前は」
「言うな!!雷蔵」
誰かの声がしたけど、大切なきがしたけど、
それはもはや遠い過去の声で、私には眼の前の優しい人だけで
彼から言葉を出るのを富士山から太陽が昇る様な高揚感では待った。
優しい人は不思議そうな顔をしてお答えになる。
「不破 雷蔵だよ」
不破 雷蔵。なんて素敵な名前。
じーんと体の芯がしびれる。
一度今日から、このかただけが私の善意を受けとってくださる
私はにっこりと微笑むと雷蔵さまは頬を赤めた。
「私のすべてはあなたのものです。雷蔵さま」
誰かが盛大な舌打ちをした。
――――――――――――――――――――
どういうことなの?と説明を求めると、僕と同じ顔をした
鉢屋三郎は盛大に顔をゆがめる。
ここは僕と三郎の部屋で、一人いないはずの人がいるだけで、
部屋が変わってみえる。
ここに女の子を連れてきたのは初めてだ、
とそわそわとお尻がむずかゆい気持ちがあるのだけれど、
三郎はそんなことどうとも思っていないようで、
親の敵のように僕の横でニコニコ笑う彼女を睨んだ。
僕の記憶が間違えじゃなければ、彼女は三郎の幼なじみで、
僕とあっても、最初に三郎という子だったはず。
それなのに、今では雷蔵さま、何かしてほしいことはありますか?
とキラキラした目で見てくる。
昨日まで僕の事全然興味なかったよね、君。
困惑していると、三郎がようやく口を開いた。
「こいつは記憶隠蔽がうまいんだ」
「ふーん、で、どうしてこうなってるの?」
「それは・・・」
その後からなかなか続かない。
しょうがない。ちらりと横を向けば、目があっただけで幸せそうな彼女がいた。
昨日との雲泥の差に戸惑いを感じながら尋ねる。
「どうしてこうなったか、君は覚えている?」
「どうしてというのは?」
「いや、だって君昨日までは三郎、三郎って言ってたでしょう?
記憶隠蔽って言われても、よく分からないんだけど」
「まぁ、雷蔵さまは私に好かれて迷惑ですか?」
ずいっと大粒の涙をたたえて近づかれる。
正直嫌な気はしないが、ちらりと横を見ると三郎が眉毛を八の字に哀しそうな
顔をしてから、僕の視線に気づくとぷいっと横を向いた。
そうだ。鉢屋三郎は、彼女が好きなのだ。
あまりに三郎は幼稚な愛情表現で、
恋人をつくりまくり、嫉妬してもらい、
いつかあちらから告白なんていう漢気ないプランを立てていた。
僕は三郎の友情と彼女の涙を天秤にかけて。
「迷惑じゃないよ」
と答えた。
その瞬間、彼女は僕に抱きつき、三郎が「雷蔵!!」と情けない声を出した。
その後、どうにか彼女と三郎から話を聞くことができたが、
なんて、なんて、はた迷惑な理由だろう。
「え、何?つまり、ここの馬鹿が偽善者とかいって、傷ついて、
偽善者なら、本当の善者になろうとして、目があった人の下僕になるような
暗示をかけただって?」
「違います。下僕じゃなくて、私のすべてをかけて幸せにするだけです」
「似たようなものじゃない。ああ、でも三郎。
君、彼女にそうとう好かれてたみたいだね」
だって、彼女は三郎を探していたんだから。
そういうと、三郎は目を見開いてからテレテレと横を向いた。
「そ、そうだろうな。ま、私に惚れるのは当たり前だ。
あ、おい、私の分のお茶」
彼女にいつものように三郎がいうと、彼女は三郎に急須を渡した。
「・・・・・・ついでくれよ」
「え、なんで私があなたにお茶をいれなくちゃいけないの?
あ、雷蔵さま、このお茶にはこのお菓子が秀逸です」
冷徹な顔からさっきのが見間違えだと思うほどの
人懐っこい笑みを僕に向ける。
三郎はお菓子を見て、吠える。
「あー。それ私が好きなの、頂戴」
「すいません。これは雷蔵さまのですから」
「二個あるじゃん」
「二個とも雷蔵さまのです」
ぎゃぎゃ言っている二人を知り目に、渡されたお菓子を口に含むと
ふんわり柔らかい甘さが広がる。
少し濃い目にいれていたお茶とよくあう。
「これ美味しいね」
「喜んでいただけたなら、嬉しいです」
ぱぁっと彼女の後ろから後光がさす。
その後ろでぎりっと歯を食いしばっている三郎がいたけど、
三郎と彼女が一緒にいると、話が進まないので、
無理やり三郎をおいて外へ出た。
木の多い場所を通る。
彼女は僕がどこへいってもいいようで、
後ろをちょこちょこと3歩分開けてついてくる。
ぴたりと僕が止まると彼女も止まった。
「三郎は放っておいてと言いたいところだけど・・・君はそれでいいの?」
「すいません。愚かな私の脳みそでは雷蔵さまの言いたいことが分かりません」
「言い方を変えようか。下僕の暗示が解けるのは?」
「はい。雷蔵さまが幸せになれば解けます」
「それは、とても抽象的だね。・・・でも、それを三郎にしたってことは」
僕のもしかしたらに、彼女はキラキラしたすべてあなたに託しますの
笑を消して、少し悲しげに笑った。
「推察力もご立派で、そのとおりです」
「・・・・・・いいのかい」
僕の問いに、彼女はゆっくり頭を振り、
僕が三郎の近くで見ていることしかできなかった寂しい笑みを浮かべた。
「・・・私はずっと待っていたのです。
でも、待ちすぎて、何が正しいことなのか、どうすればいいのかの
判断が鈍ってしまって、ずっと醜い気持ちだけを
持ち続けてきました。
泣いていくあの子たちがいい気味だと笑っているのに、
表ではごめんねと謝る。
本当に、偽善者だったのです。
それを当てたのが三郎だからこそ、私は変わらないといけないと思いまして」
「なんで?」
遠い目はここにいる僕を見ていない。
未来も今も、ただ過去だけを見ていた。
「好きだった人にあんな目で言われてしまえば、それは嫌いと同異義語なのですよ。
だけど、一緒にいれないのは、悲しい。
もう私のことを好きじゃなくていいから、そばにいたかったのです。
嫌われてもうざがられてもそばにいるには、私が変わるしかなかった。
考えた結果がこれです。でも、私は今雷蔵さまにつけたことがこれほどの
幸福だとは知りませんでした。
あなたに出会えて、私の醜さは消えていってしまいました」
実は彼女は暗示になんてかかっていないすべて嘘だと思っていた。
三郎がいなくなれば、すいません。私の演技に付き合ってください。
というと思っていたのだ。
しかし、三郎のあしらい方、そして今の告白で、
彼女が本当に暗示にかかっているのだと分かった。
彼女は嘘でも、僕に出会って、幸福だなんて言わない。
彼女が幸福なのは、三郎に出会ってだからだ。
ふぅっと空をみあげて、彼女に不安にならないにできるだけ優しい笑みを向ける。
「・・・・・・分かった。
あ、僕、先生に用紙をもらってこなくちゃいけなかった」
「私がいってきます!!」
だよね。と言葉を最後までいうことなく、彼女は走っていった。
どの先生か分かるのだろうか。
そんな疑問がつらつら浮かんだけれど、
先程から、感じる気配に近づく。
「で、どんな気分?三郎」
「・・・・・・最悪だ」
「うん、最悪だね」
「私はそんなつもりで言ったんじゃない」
「全然嫉妬してくれなくて、あまつさえ、相手の味方して、
イラついたのはわかるけど、その相手に八つ当たりはないんじゃない?」
でも、だって、といくらかつぶやいてから、座っていた三郎が
捨てられた子犬のように僕をみあげる。
「どうしよう、雷蔵」
「こればっかりは、暗示が解ける人を探すか、僕が幸せになるしかないんじゃないの」
僕の提案に泣きかけていた三郎が驚いている。
「協力してくれるの?」
「しょうがないよ。三郎に顔を貸した点で、三郎がしつこいことは知ってるし、
協力しないって言っても、協力するまでずっとそれっぽいことをうじうじ
言ってこられる方が面倒だし」
「・・・う、うん。でも、いいや。
じゃあ、私は暗示が解けそうな人を探しに行ってくるから、
雷蔵は幸せと連呼してみて、あ、それと」
「なに?」
三郎は、わざわざ戻って僕の近くまでくると、
いつものけだるいような、本気にならないような瞳を消して。
「好きにならないでくれ」
そういって消えた。
僕はその場所で、うーんと考える。
ぐるぐる考えていると、思考が絡まってほぐすことが難しい。
どこからが出発点だったのか、忘れるほど丸まってしまった
思考に、甲高い声が響く。
「雷蔵さま、見てください。最新記録で帰って来ました。
あの、どうですか?私使えませんか?
使えないならもっと頑張りますから、私を拾ってくれませんか?」
と、ふるえる手で僕の裾を掴む。
一人が寂しい、三郎以外どうでも良くて寂しがり屋の君は
とほうもなく馬鹿だ。
ちゃんと考えればどうして三郎がそんなことを言ったのか分かったのに、
ちゃんとヒントは転がっていたのに、斜め右下で螺旋を描いて進んでいく。
でも、こんな馬鹿な子、近くで見てて好きにならないほうがおかしい。
僕は彼女の手を握った。
それは無理かな。だって、最初から好きだったんだから。
だから、僕の幸福は、この時が続くことだったりするんだ。
ごめんね。三郎。
2011・10・20