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違う。そうじゃない。







眩しい光のなかで、私は色々なものを見ました。
それは、喜ばしいことではなかったのですが、
いつか味わうならば、今まだ芽だったうちで良かったと、自分に言い聞かせたのです。
チチチと鳴いている小鳥は、私の思いなんてどうでもいいのでしょうね。
そうでしょう。
私だって、小鳥の鳴き声が一日中聞こえなくても、どうしたの?なんて
声をかけるほど、小鳥が好きでもなく、電波でもないのです。
私は所詮普通の女の子。
それが分かったなら、私は普通に生きることを望みます。
そう思っていたのに、くノ一には不釣合いの黄緑色の服を着た少年。

「・・・・・・ここはどこだ?」

きょろきょろと首を振っています。
運がいいことに廊下には私しかいません。
私は、声をかけるかかけないかの選択肢が、頭によぎったけれど、
少し前に気づいた思いに、小鳥が鳴くことと同じくらいどうでもいいこと
と言い聞かせて、彼に声をかけました。

「ここは、くノ一長屋ですよ。次屋 三之助くん」

「あんた、俺のこと知ってるのか?」

少しつり目の目の彼が私を見ました。
一瞬、胸がドキリと動きました。しょうがないことです。
それは後遺症みたいなものなのですから。

「ええ、三年で有名ですからね」

なんて、心臓の動きとは違う、なんの動揺もない顔で、
当たり障りの無い言葉を連ねました。

「あんたの名前は?」

「私の名前を知ってもすぐ忘れてしまうのに、必要ですか?」

「一方的に知られているのは、不公平だと思う」

「凄い言い草ですね。でも一理あります。
私は、四年、くのいちのですよ」

「なんだ。先輩か。だったら、なんで敬語使ってんの」

「そういうあなたは、先輩だと知ってもタメ口ですか?」

「どうみても先輩に見えないから」

「私のは癖みたいなものですから」

二人の解答に、二人とも納得してないけど、
沈黙がおとずれたから、お別れです。

「・・・じゃぁ」

と、言って私の横を過ぎる彼に、私は声をかけました。

「あ、次屋くん」

「なに?」

振り返るすまし顔の、生意気な後輩に苦笑し、心のなかでは大爆笑。

「そちらは、風呂場ですが、覗くならもっと大人になってからが好ましいですよ」

「ち、違う。俺は長屋に戻ろうと」

慌てふためく彼に私は笑みを深めました。

「ああ、そうなんですか。殺されるためにいくなんて、ドMかと思ってましたけど、
そうですよね。あなたならそうですよね」

「なに勝手に納得してるんだ」

むっとしてますけれど、私にあまり楯突かない方がいいですよ。
だって。

「丁度いいところに、土井先生に渡すプリントを持っているので、
三年長屋も通ると思いますけど、どうします?」

「・・・・・・よろしく、お願いします」

「ええ、よろしくされときますか」

あなたは、きっとここで数回迷子になって、
そのたびにくノ一に殺されるかけるでしょうから。
それにしても、おかしなものです。
私はもうあなたを諦めた瞬間に、あなたと出会って、あなたと話せるなんて。
きっと、神様は愉快な痛快なコメディ好きに違いありません。
そうなら、気が合いそうです。
私も恋愛ものよりもコメディが好きですから。






光のなかに現れた花のような少女。
見方変われば、少々毛並みのいい泥棒猫らしいです。
私は、彼女の姿をみて、客観的に言えば、
日に当たっているのか怪しいほどの白い肌。
立花先輩よりも、美しいのではないかと思えるまっすぐで黒い髪。
唇は、この前買った可愛らしい髪紐と同じピンク色。
黒目がちの大きな目に、その大きさを証明するほどの長いまつげが縁取り、
調度良い鼻が中心にありまして、完全に美少女である少女の身体は、
まだ出来上がってはいないけれど、足も手も長く、あと数年すれば、
可愛らしいがまだ強い少女も、美しいが強くなるでしょう。
そういう見解を、私はくのいちの誰にもしゃべることなく、心の中にひめてました。
くのいちが集まって、与太話をしています。そういえばどうなのよ?
と一人のくのたまが私に話しかけました。彼女が言いたいことは分かっていたのですが、
あまり喋りたくはありませんでしたが、ここで、美しい少女がいかに美しいかを
言うよりは、マシだと思いまして。

「私、彼に恋することをやめました」

そうのたまったのです。
彼女は、私の言葉に驚いて、身を乗り出しましたけれど、
その美少女・天女さまのせいだと目を吊り上げましたけれど、
ちなみに、天女さまというのは、光のなかに現れた美少女のことです。
忍たまは花といい、くのたまは毒花と称する少女の事です。
なぜ、天女さまなのか。
とても簡単で、男がいかにロマンチストか分かるような
内容なのですが、その少女があまりにも美しく光のなかに現れた、
浮世離れしていることから、ついたらしいです。
単純明快。

「これは、私自身の問題で、そうですね」

そうですね。その言葉の後ろで、小鳥が鳴きました。
そうですね。その後ろの答えはなんと言っていいのかわからない私は、
ふふふと微笑し、

「あら、誰かが、罠にかかったようですよ」

と注意をそらすことにしました。


小鳥は夜には鳴きません。
きっと、小鳥だって夜には寝ているに違いないのです。
今は、まだ日がのぼっているというのに、おかしな事です。
小鳥は鳴いていません。
そんなことを思いながら、私はふふふと口をあげて笑いました。

「そうですか。そんなに素敵な方なのですね」

「そう。なのに、くのたまはまったく分かってくれねぇーし、
女友達がいないって嘆いている」

「そうですか。ええ、ここで言っときますけれど、私は無理ですよ」

「え、なんでだよ」

「なんでって、次屋くん。私は、平穏を愛してるのです。
あなただって、急に空からイケメンが降ってきて、
あなたの好きな人が盗られたとします。
そのイケメンと友達になれますか?」

「・・・・・・なれねー。悪かったな。あんたなら、いける気がしたんだ」

変な期待をかけてしまってすいません。
あんたならに嬉しさと、それを叶えることが出来なかった罪悪感。
だけど、それ以上に、私には出来るはずはないという思いのほうが強くて。
そっと、話を変えました。

「いえいえ、次屋くんがいかにその方を思っておいで分かって、良かったですよ」

良かった本当に、良かったんです。次屋くんの恋愛話を聞いて、
いつでもそう思います。その時、次屋くんがどういう顔をしているのか、
一回目とても眩しそうな笑顔をしてましたので、次から言う時に
顔をみるようにしてました。しかし、今回ばかりは、曇り顔で。

「なぁ」

「はい?」

「さっきの例え話だと、あんたは、好きな人盗られたの?」

「おや、気になりますか?」

「いや、ただ」

ただで、剣呑な目。ずくりとどこかしらが痛みましたが、
彼が忍びの卵で、成長しているさまに、ふっと笑みがこぼれたほうが強いようです。

「盗られたとは、違うのですよ。恋仲でもなんでもなく、ただ一方通行です。
だから、あなたが思っているようなことはおきません。さっきも言ったように、
私は平穏を愛しているのですよ」

だから、私があなたが愛している方を攻撃することなんてないのです。
と笑顔を強めれば、あーと唸ってから、今度は次屋くんが話を変えました。

「どんな奴だったんだ?」

どんな奴で、私が愛した方を言っていることが分かりました。
私は目を瞑ります。そうすれば、私の愛した方が笑っているのです。

「そうですね。自由で、風みたいな方でした。いつもどこか遠くにいて、
気さくで、物怖じしなくて、そんな彼に憧れていました」

「ふーん」

次屋くんから言ったのに、興味のない顔。
私だって、あなたのお話を聞いているのですからちょっとは、
堪え性をもってもらいたいものです。
だけど、ここまででいいでしょう。

「それと」

それと、でためると頬杖をついていた次屋くんがこちらを見ました。

「太陽のように眩しいお方でしたよ」






その日は、六年も五年も四年も実習の日で、
一番の上級生なのは、三年。それだから、いつも以上に、
可愛いあの子のそばにいれる。

「なんだよ。浮かない顔してるな三之助。
上級生がいないくて、俺達が独り占めできるってのに」

俺だけじゃなくて、他の三年もうきうきしていた。
今から、その子のところへ行くところだ。それなのに。

「俺、ちょっと行ってくるわ」

そういって、俺は違う方向へ走っていった。
俺を止める友人の声。おかしいのは分かっているんだ。
俺は、あの子が好きだ。
降りてきたときは、気になる程度だったけれど、
可愛らしい容姿に、その中にある強い意志。
あの文次郎先輩に、練習の仕方が間違っていると叩いた時なんて
なんてすごい子だって思った。
怪我することを厭って、だけど、忍びだからと俺達のことも認めてくれて、
怪我したときは、自分のことのように半泣きなって、優しい人だ。
料理もうまいし、家事もできる。
違う世界からきたのに、この世界に一生懸命なじもう
としている姿も、愛しいと思う。将来、一緒にいれれば、といえば、
友人でも後輩でも先輩でも皆手をあげる。
そんな彼女を、今日はまだ独り占めできるのに。

「なぁ、なにしてんの」

俺こそ、なにしてるんだ。
近々、仲良くなったくのたま四年のは、
俺を見ると、横の知らない男に、色からして先輩。
おいおい、全員行ったんじゃないのかよと、突っ込みどころ満載な先輩に

「なにって、ああ、すいませんね。では、日時はのちほどで」

そういって、手を振った。
男がいなくなって、先輩はゆっくりした動作で質問に答える。

「なにって、逢引です」

「・・・あんたって、モテるの?」

「心外ですね。私だって、殿方との恋を何十回」

「・・・」

「まぁ、嘘です。久方ぶりです。片手で数えれれる程度です。
なので、少々嬉しいですかね」

ふっと、笑う姿に、苛立ちが募る。

「あいつはあんたが言ってた奴?」

「違います。今、はじめて名前を知った方です」

はっ?なんだよ。それ信じられない。名前すら知らなかった奴と逢引だって?
どんな神経してるんだ。
しかも、あんたは。

「好きな奴じゃなくてもいいんだ」

あんたは、あんな顔して好きな奴を語っていたじゃないか。
あんなに、幸せで、切なそうな顔して。
俺は、俺もあの子に対してそんな顔してるのか。
それだったら、嬉しいと思っていたのに。

「あら、今日はやけにかみますね。
好きな方じゃなくても、恋ができるのは、殿方の特権ではないのですよ」

そういって、ふっと笑った。
それは、少女というよりも、女の顔で、なぜだろう。
逃げ出したくなった。






久しぶりにあった先輩は、変わらずにあった。

「あら、次屋くん。久しぶりですね」

「・・・あいつは?」

「近くいると、落ち着くらしいです。
一緒にいてくれれば落ち着いた家庭を築けるそうで。
どうだって言われました」

「はっ?」

一体何を言っているのかと思えば。

「彼のプロポーズです」

にっこり先輩は笑った。その姿から、先輩は引き受けるんだろうと悟った。

「本当にいいのか」

「ふふふ。次屋くん。私たち二人で愛しい人の話をしましたけど、
隠し事があったんです。
私は、好いた方に、告白をするつもりだったんですよ。
・・・しませんでしたけどね」

「なんで言わなかったんだよ。そんなに好きなのに」

なんでか自分のように怒る。女じゃなかったら、胸もとを掴んでしまいそうだ。
だけど、先輩は、今まで見たこともない儚い笑顔で言った。

「私の声を全て一滴残らず注ぎこんでも、あの人は私を見ませんでしたでしょう。
みてしまったんですよ。次屋くん。
あの少女と彼の姿を。彼は彼女を好いていました。
横から見ても、赤い耳を隠せるわけなかったのです。
二人の姿はとてもお似合いでした。そして、私はある思いに気づきました」

ピチチチチと小鳥が鳴いた。
一体なんなのか、ゴクリと喉がなる。
先輩は、そんな俺をみて、一瞬だけ泣きそうな顔して、いつもどおりの顔を見せて。

「それは、内緒です」

「ここまできといて内緒はないんじゃないの?」

「ふふふ、ヒント欲しいですか?」

沈黙を肯定と取った先輩は、歌うように語り始めた。

「私は、天女さまを、嫌ってはいません。なぜでしょう?
普通なら、好いた人自分以外を好けば、泣きたくなります。私も泣きました。
だけど、私は天女さまを嫌っていません」

くるりと一回回って、ぴたりと俺の所に止まると、先輩は、
俺の目を見た。

「次屋くんは、格好良くて素直な子ですね。その真っ直ぐさで、あの光るばかりの
少女をゲット出来ますよ」

「なんだよ。急に」

「次屋くんは、自信家で、時々どっかいっちゃって、友達に迷惑かけます。
だけど、次屋くんが迷子で、あの暗闇中に次屋くんがいてくれたから、
助けられたものもいるんですよ。
さようなら、次屋くん。友達も大切な人もあなたを待っています」

後ろで俺を呼ぶ声がする。
俺が、苗字ですら先輩とですら言わなかったくのたまの先輩は、
そういって手を振った。
きっと、これでお別れなんだろうと悟った。






「三之助。って、おい。どうしたんだ?」

俺は、先輩が、背中を向けてから気づいた。
先輩の目が、誰の目よりも美しかったこと。
先輩は泣いていないで笑っていたのに、瞳がキラキラしていた。
キラキラで、こぼれ落ちそうだった。
それこそ、さっきまで頭をしめていた少女よりも美しかったこと。

「作兵衛、左門に、孫兵」

妙な組み合わせだけれど、孫兵に付いている葉っぱと、
作兵衛の疲れ切った顔に、紐が付けられている左門で、大体理解は出来た。
左門がまた迷子になったんだろう。

「変な顔して、つたってどうしたんだ?」

作兵衛が、変な病気になったかと心配したじゃないかとお得意の妄想を働かせて、

「ん?あの先輩って、三之助の迷子にならない道の先にいる人か?」

左門が、髪を揺らしてピンクの衣装を着ている先輩を指差す。

「何か話してた途中だったか?」

「あ、うん。先輩は、家庭に入るって」

「ふーん、この頃、感じないと思えば、ようやく諦めたんだ」

そういったのは、孫兵だった。
人に興味ない孫兵は、ジュンコを優しく撫でながら、先輩を見ていた。

「なにを」

何を諦めたんだ?
孫兵の言葉がバクバクと心臓が揺らした。

「まぁ、知っててやってたら、三之助の人格を疑うところだったけど。
家庭に入るなら、もう言ってもいいよね?ジュンコ」

「で?」

促したのは、左門で、短気だから、答えをすぐ求める。
俺は、なんでか左門をしかりそうになった。
だけど、行動よりも言葉のほうが早かった。

「あの先輩、ずっと三之助見ていたんだよ。ジュンコが僕をみるさながら、
三之助を、好いていたんだと思うよ。
でも、ある日ぱったりやめたもんだから、そうそう。あの子が来て、
三之助が夢中になってたから、諦めたんだなって思ってって」

カーンと頭の中を金槌で叩かれて音が体中響いてる。
そうだ。俺は。そう思いかけたけれど、ぐっととどまり、
みんなに質問した。

「好きな奴をとられて、取った奴を恨まないのってどういうことだ」

みんなが顔を見合わせた中、左門が分かったと手を上げる。

「なんだ、簡単だ。好きじゃなくなったんだ。それだけだ」

その答えに、俺は、あの綺麗な少女が天に帰ってしまうよりも、
友達を愛してしまったよりも、
誰か違う男を愛してしまったよりも、
激しい感情が体を駆け巡っていく。

心の臓あたりの服は、シワだらけになっていた。
俺が握っているから。
俺のただならぬその様に、二人は口を止めたが、
左門だけが余計なことを言った。

「俺は、三之助があの先輩を好きだと思っていた」

馬鹿を言うな。
俺は、先輩を好きじゃなかった、ちっとも好きじゃなかった。
先輩が、俺を好いていた。
ただ、俺を愛してたあの目がちょっとだけ好きだっただけだ。






木漏れ日が溢れる中、その人は繕い物をしていた。
一年から六年の服の分量は多いだろう。
せっせと繕い物をしている姿に、愛しさが増す。
横顔が、光にあたって光り輝いてる。
やっぱり、天女さまなんじゃないかと俺はいつも心の底で思ってる。
わざと気配を消さなかったから、彼女に見つかって、俺は挨拶をする。

「こんにちわ」

「こんにちは、あれ?珍しいね三之助くんだけなんて」

ぱっと、こちらを見れば花が咲いたみたいだ。
その瞳が俺だけをうつしていることに歓喜して、
俺は。

「俺は、あんたが好きです」

俺は、告白をした。
彼女は頬を赤くして、俺はそのまま好きだと言おうと思えば、
あの先輩が出てきた。先輩は微笑んで、俺に手を振る。
良かったねと。そのさまに、イラついて。

「・・・だから、俺を好きだと言ったら、あいつ・・・先輩を振る気だった。
途中で、気づいたんだ。先輩が愛しい人を言うたびに近くを見ていて、
俺はうすうす気づいていて、だから、俺を好きだと言えば振る気だった。
酷い振り方をしてやろうと思った。
俺を好きなくせに、違う男と逢引する女、最悪だ。
俺はあらとあらゆる酷い台詞を並べていた。
いつ、先輩が俺を好きだと言うのか・・・待っていた。
だけど、先輩は家庭に入るらしい。俺のことはもう好きじゃないらしい。
・・・・・・俺はあんたが好きです」

最後のは、震えるような声が出た。
彼女は、いつの間にか、座っていたのが立っていて、苦笑していた。

「三之助くん。私とあなたがなれるのは友人だよ。
なんでか分かる?今の告白、私何回出て、
その先輩何回出てたか、分かるかな?
ねぇ、三之助くん。告白する相手を間違えてるよ。よーく、考えてみて」

そういって、笑った彼女は、やっぱり綺麗だったのに、
どうしてか、泣き笑いで、内緒だといった先輩の顔が、
彼女の美しい顔を覆い隠してしまった。
・・・なんてことだ。
小鳥が、遠くで鳴いている。
俺は、走るしかないようだ。






告白いたします。
私は、いつからか彼に好意を超えた思いを抱いていました。
遠くで見ているだけで幸せでした。
少しでも触れあえたなら、なんて思っていたせいか、彼は夢に出てきました。
ありえないことに名前を呼ぶんです。
そんな日は一日間幸せで、現実になる日を夢見ていました。
夢だけじゃいけないと、近寄った日、空から天女が降ってきました。
彼女を一目みた瞬間にあの人は、恋に落ちました。
私には分かります。私は彼に恋していましたから。
幸せか?と聞かれたら私は幸せだと答えることができなくなりました。
前は、彼のことを考えれば幸せだったのに、今は逆で、涙がこぼれます。
泣いて泣いて泣いて悲劇のヒロインを演じれば、何事もなく終わってしまいました。
どうしたことでしょう。
すっからかんです。
泣き終えてから、一週間後、私は、彼を見つけました。
見つけたなら、一日幸せであるはずでした。
どうしたことでしょう。
やっぱり、私に何も芽生えなかったのです。
悲しいも、うれしいも、切ないも、全部恋の病が感知していました。
私は幸せではありませんでした。だけれども、不幸でもなかったのです。
そして、その日、初めて彼に、声をかけることができました。

そうして、私は笑いました。
すがすがしいほどの笑顔をくれてやったのです。
偽物の恋心とともに。
私は、彼を好意を抱いていました。
遠くの彼に、憧れを募らせ、きっかけを飾って、思いをめぐらしていました。
遠くの彼への恋心は偽物でした。

それを気づかせてくれたのは、まさしく天女さまなのです。

だから、私は彼女に悪意を抱かないのです。
私に真実を教えてくれたから。
だけれども、親しくなりたいとも思わない。
そういうものなのですよ。

そして、ここに一つ付け加えるなら。

私は横にいる方に微笑みました。
その方も微笑みました。
彼が風ならば、この方は大地のような方で、優しい方なので、
私にくつろぎを感じるとおっしゃりましたが、私もそう感じるのです。
幼いうちにあの思いを感じておいて良かった。
私は、これから恋心を抱かないけれど、この方と一緒に歩きます。
その道には、茨はほとんどなく、私は幸せになれるのだろうと確信しております。
彼は呉服屋なので、私の仕事は最初はキツイかも知れないね。
だけど、僕が教えるよ。と言っていました。
小鳥は、チチチと鳴いていたのに、急に、飛び去っていきます。
どうしたことでしょう。

「こいつは、俺に惚れてるから、あんたじゃ駄目だ」

小鳥を見るまもなく、私の腕を掴んで、
私の将来の旦那様から遠く引き離す風は誰でしょうか?
いいえ、答えなんて分かっているんです。
でも、信じれないのです。
なんで、彼がこんなことをするのか、さっぱりなんです。
私ばかり、息をはぁはぁと乱していて、ようやく腕を振り払えた頃には、
彼は私の目の前で仁王立ちしていました。
なんもしていない顔で飄々と立っていました。

「なんでこんなことするんですか。あなた」

「あんたは、俺が好きだろう」

「・・・・・・気づいていたんですか。ですが」

ですが。を言う前に、突き刺し指で、指さされました。

「ですが、なんて知らねー。
もう、あんたが俺のこともう好きじゃなくても、
俺が、あんたが好きなんだ。悪いか!!」

彼は、顔を真赤にして、叫びました。
お前が悪いばかりに、叫ばれました。
私は告白であるのに、こんな告白の仕方があるのかと感心してから。

「・・・あなたは、友人のことを短気だと言いましたが、あなたも大概ですよ。
ところで、私の名前を、覚えてますか?」

「な、なんだよ急に」

「あなたは、私の未来を潰したんです。それなのに、私の名前を忘れてたなんて、
許さないに決まってるじゃないですか」

「覚えてる」

「じゃぁ、呼んでください。私の名前を、呼んでください」



「もう一回」



「・・・ふふふ、どうやら、私、幸せなようですよ。三之助くん」



そして、ここに一つ付け加えるなら。
私は恋をしました。二度目の恋をしました。
今度は、遠くじゃありません。話して、空気を共有して、感じて、
悪いところ、いいところ色々感じました。
彼は暴君と有名な七松先輩に無邪気さを消して、
飄々とした憎たらしさを付け加えた子供です。
そんな彼に恋しました。どちらかというと、悪いところばっかり分かりましたけれど、
どんだけ彼を飾っていたのか気づきました。
これが本当の恋心だったのです。

それを気づかせてくれたのも、まさしく天女さまなのです。
だから私は彼女を憎まないのです。

名前を呼ばれたらその日一日幸せ。
それが、私の恋の幸せのボーダーなので、やっぱり、私は同じ人に、
二度目の恋をしたようなのです。

今も小鳥は、鳴いています。
チチチと、誰が泣こうが笑おうが関係なしに、彼等は声を奏でるのです。






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