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四重の手1



お嬢様」

名前を呼ばれて彼の笑顔に胸が温かくなって、
もっと呼んでほしいと思ったから、これは恋だと思った。
恋した出来事も理由もなんにもない。
自然に彼の姿を目で追って、好きになっていた。

彼は、迷い癖の優柔不断で、くだらないことをうだうだ考えているくせに、
おおざっぱで、紅茶の中に茶葉が入っていても、飲めれば一緒だよと笑い飛ばす。
その歪さすら恰好のいい個性だと思えるのだから、私は、相当まいっているのだと思う。
だから、こんなことをしてしまったのだろう。

私は彼らを遠くのところで見ていた。
ときにガラスごし、ときに彼女をはさんで、私は見ていた。
結論から、言えば、彼は妹の執事だった。
妹は、くるくるの蜂蜜色の髪をふわふわなびかせて、お日さまのような笑顔で、
目はぱっちりのまつ毛ばっさばさの、フランス人形さながら、
食べたら甘そうな砂糖菓子の容姿をしていた。
そのくせに、彼女は素直でまっすぐで、ちょっと頑固なところもあって、
この家で何か起こすのは、決まって彼女で、それがいい方向にいくものだから、
彼女は少女マンガから抜け出したヒロインのようだ。
私はと言えば、シンプルな服を好む。なぜ、その恰好を好むかといえば、
ただたんに、妹のようなふりふりで可愛らしい服が似合わないからだ。
私は、一番自分に合った服を着ているので、それがただ単に

「今日も、地味な服を着ていらっしゃいますわね。
姉さま。今度一緒にお買い物に行きませんか?」

と、言うわけである。ピクっとこめかみが動いたが、それに気づいたのは、
私の執事だけであろう。妹は、悪気はないのだ。悪気はないだけに、彼女は悪だ。



「そうか?私はの性格が歪んでいるだけだと思うけどな」

「言葉使いを改めなさい、三郎」

「えー、それは出来ないなぁ。約束だしね」

約束の言葉に、私はひるむ。この私の執事こと、
鉢屋 三郎は、妹の執事の不破 雷蔵の幼馴染で、
顔は瓜二つのくせに、中身が違うせいで、笑顔すら悪意のあるものに見える。
彼の言う約束とは、
小さなころ私は、自分の身分と高貴な性格のために友達が一人もいなかった。
そんな私に父親はなにを思ったのか、似たような年の執事を一人私につけたのだ。
そして私は、なにを勘違いをしたのか、彼が執事ではなく、友人だと思ってしまった。
だから、約束。まったく馬鹿なことをしたものだ。
人がいるときは、言葉を改め態度を改めるけれど、二人の時は主従関係なんてない。

「あら、この紅茶美味しいわね」

「ああ、私ったら天才だから、ブレンドしちゃいました」

「本当に淹れるのだけは天才だわ。この私が認めてあげる」

ふっと「何様だよ」と笑う三郎は、やっぱり彼に、まったく似ていない。
お茶の淹れ方から、物事のこなし方全然違う。
三郎のほうが器用で賢くて、マメだ。
仕事関係は良好だし、傍にいても全然苦にならない。
なんで彼を好きにならなかったのだろう。それが不思議でならない。
男女こんなに近くにいるのに、友情しか持ち得ない。きっと、三郎だってそうだ。
それは、それは貴重なことなんでしょうけど。


だから、こんなことになった。だから、私は全然悪くない。

私は、彼が欲しかった。純粋に。
お嬢様な私は偏った知識しか知り得なくて、
欲しいものは、奪えな!心を持っていた。
同じお嬢様なはずの妹は、私と違いやはり少女マンガのヒロインで、
彼女は優しい気持ちと、ほわほわした一杯の甘いもので出来ていたので、
すぐに雨にぬれて溶けて彼の手を離した。
そして結果、私は不破 雷蔵を、手に入れた。
どうやったって?簡単な話、執事を入れ替えた。三郎と雷蔵の顔はそっくりだ。
だから出来得たことだけど、面白そうだろう?って三郎が雷蔵を誘って、
それから、私は彼に猛烈にアピールした。そして、仕えている身をやや利用もした。


「ややか?」

私は木の下で本を読んでいた。三郎は木の上で、笑っていた。
半月の弧を描いた笑みもいる場所も、チェシャ猫のようだ。
そうしたら、私はアリスか?馬鹿馬鹿しい。

「いいのよ。これから、ゆっくりじっくり好きになってもらえば過程なんてどうでも。
今の好きがたとえ、嘘で上辺だけであっても、構わないわ」

本を置いて去る。この本が読みたかったのは私じゃない。
三郎だ。話をしたかったのは、三郎だ。


お嬢様」

ふわふわの笑顔。とても幸せな時間。たとえ、紅茶がかなりまずいものになっても、
胸が温かだから、私は幸せだ。長年欲しいものがが手に入ったのだから。

「ねぇ、雷蔵。私のこと好き?」

と聞けば、一瞬眉毛をハチの字にして黙ってから、すぐ笑みに変えて言う。

「ええ、好きですよ」

「そう」

お茶の中に浮かぶ私は、幼い笑みを浮かべている。
これで、いいのか?なんて、決まっている。いいのだ。
たとえ、彼が窓の外の三郎と妹の姿をみて、瞬きもしないで彼らを切なそうに見ていても。



いいのだ。











2010・2・19



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