忍術学園って忍んでもいない看板を掲げている学園に入って、はや6年。
僕は、小さな体の5歳年下の少年を抱きしめて、
不機嫌なことを顔に隠さず、内容を隠さずに、口にする。

「バッカじゃないの。みんなあんな性悪な女に夢中になちゃってさ」

抱きしめた少年はこまこまとした内職をしている。
水色のマルバツ模様が書かれた服のくせに、
彼は、手と口と耳を違う方向へ同時に動かせる。

「性悪なのは、先輩も同じでしょう。
それより、離れてくれませんか?内職しにくいんっすけど」

彼の名前を、摂津のきり丸という。
同じ学園の1年生で、僕のお気に入り。
だから、彼の暴言を許す。

「やめてよ、同じなんて反吐がでる」

彼は手だけに集中し始めて、口を動かさなくなった。
つまらないから、頬をつねってみる。
骨ばってる。土井先生のところでお世話になっている孤児とかいって、
貧乏だっていうけど、もっちり感がないとか、それってつまらない。
でも、ここでしっかりご飯食べたら?と言っても、奢りをさせられて終りだろう。
だから、言わない。

「いひゃいです。はなひてください」

手をばっとはねのけられた。生意気に睨んでくる。
だから僕も睨み返して言う。

「ちょっと黙らないでくれる?僕が喋ってるんだから、全力で僕の話聞いてよ」
「はー、1年にそんなこと言う6年って先輩くらいっすよ」
「だから?」
「あんた本当にわがままだね」






学食のカウンターに腕をどかりとおき、
笑顔がテンプレートな女に笑みを浮かべる。
この女が、学園を馬鹿にした、馬鹿な女。
通称「いかれ女」
私はこの世界じゃないもっと未来から来たんです!!な電波的な発言と、
どうやったのか知らない幻術みたいな技で空から降ってきた。

「こんにちは、おばさん、早くご飯つくってくれない?」
「2歳違うくらいでおばさんって言わないでくれる?
それと、何を作るか聞いてないんだけど?その年で、耄碌したのかしら?」

さっきまで、いかれ女の長かった列は、なくなり。もう一列に並び始めた。
僕といかれ女の恒例な喧嘩に、みなが遠巻きに見ている。

「はっ?忍術学院の事務員なんだからそれぐらい察せれないとか、
使えないよね。早く、出てけば?」
「言ったでしょう?私は、ここに落ちただけで、
出ていけるものならさっさと出ていってるわよ。女男」
「へー、今のって僕が綺麗ってこと?まぁ、あんたよりは綺麗だけどね」
「ふふふ、相変わらず、すっごいポジティブよね。
男のくせに、みみっちいから、そんな面してるってことなんだけど」
「てかさー。結構あんた年だよね。
婚期逃がして男を得るために必死に若作りして大変だね?」
「あら。そんな私をみなさん可愛がってくれるわよ?
あなたは、ああ、一人でご飯だっけ?
そんなんだから、皆さん離れていったんじゃないかしら?」

いかれ女は、テンプレートな笑みのまま、大きな黒目が勝利を移す。
うざい。

「なに勘違いしちゃってるの?
離れていったんじゃない。僕が離れたんだよ。馬鹿なやつらなんていらない」



―――――いらない。いらないさ。―――――

ダンと叩かれた机。い組で優秀な僕の机に、仙蔵と文次郎。
眉間にしわ寄せて、僕に詰め寄る。

「前から言おうと思ったが、お前はわがまますぎる!」
「はぁ?何言ってんの?僕がわがままならあの女は?」
「天女さんはちゃんと度を知っているし、私たちに頼ってきているお願いだ」

お願い?何言ってるの?ばっかじゃないの。
あの女の幻術にかかってるんでしょう。
優秀だと思ってたのに、あのいかれ女の技が凄くても、
言っていることがくだらなすぎて、
前まで、一緒に遊んで、任務して、訓練していた姿が、急に白けた。

「あ、そう。僕がわがままであれがお願いに変わったのは、
お前の脳みそが腐ったせいだって分かった。
もう、僕の前に顔見せないでよ。不快だよ」

そういって、僕が離れた。

ざわざわと人が増えてきた食堂で、彼女の笑みが崩れた。
僕は始終笑み。
何考えているか探ろうとしても無駄だよ。
訓練してるし、僕は完璧だから、あんたみたく、
中途半端に崩れることもないし、感情を読めれることもない。
笑顔って便利だ。

僕は、適当にあった膳を、奪う。

「あんたみたく、全部欲しいなんて、はしたなくないからね僕は。
僕は、欲しいと思うものだけ欲しい」

図書室で、この時間彼はいつももくもくと内職をしている。
前、手伝ったけど、面白くもない単調な仕事だ。
きり丸は多分、無駄なことが好きなんだ。
僕が、横に座ると、目で挨拶される。

「1人ていうのは、気楽でいいね」

きり丸自身のことじゃない。僕の今の状況だ。
僕は、いかれ女に狂わされたもの全て捨てた。
そうしたら、誰一人、僕の横にはいない。
食事も、遊びも、訓練も、全て一人だ。
きり丸は僕の言わんとしたことを正確に理解して、

「負け惜しみですか?」

減らず口。

「イヤだな。僕に負ける要因は一つもないよ」
「友達全員とられちゃいましたよ」
「珍しいだけで、時間がたてば飽きるよ」

そう。きっとそう。
前だって、新しいものに群がって最終的に捨てる彼等の姿を見てきた。
今回も、飽きたら、謝ってくるだろう。悪かったって。
言葉だけじゃ駄目。ものだけじゃ駄目。態度だけじゃ駄目。
二度目は、許さないってことを分からせてやる。

「へぇー。じゃ俺忙しいで」
「・・・どこいくの。まさか、あいつの所?」

僕が掴んだ裾に、ため息をはく1年生。

「笑いながら殺気込めないで下さい。バイトっすよ。暇なら手伝ってくださいよ」
「面白い?」
「面白くはないですよ。仕事ですからね。時間がないんで失礼します」
「待って!行ってあげてもいいよ。ただし、交換条件。
君はアレに近づちゃ駄目だからね」


・・・って僕は言ったよね?

僕の目の前には、きり丸が、いかれ女になにか貰って、笑顔でいる。
いやー助かりました。って笑ってる。
君、忙しいって僕に言ってなかったけ?
きり丸は、僕じゃなくて、彼女を選んだ。

ざりっと、口の中から苦い味がした。
目の前が一瞬だけ、暗くなって、ふわふわしたものが
急に落ちる感触。立っていることを思い出した時には、
くるりと回転して、彼等に背をむけた。

ちゃんと交換条件に、面白くもない仕事したでしょう。
忘れたなんて言わせないよ。たった三日前のことでしょう。
1年生だからなんて通じないから、君は賢いもの。
約束したのにね。お気に入りだったのに。残念だよ。

ほんとうに、残念。君も、いらない。






たくさんな人を捨てたから、物も捨ててみようと思った。
結構単純な僕の脳みそ。
目の前に、穴があったから、そこにバサバサと物を落とした。
そしてら、悲鳴が聞こえた。
穴を見れば、茶色のふわふわしたのがいた。

「・・・・・・何してんの?」
「えーと、落ちてます」
「見れば分かるよ。僕が言ってるのは、なんでこの穴に落ちてるの?
この穴は僕のだ。君が落ちてるのは、おかしいでしょう?」
「はぁ」
「だから、さっさと出ていってよ」

そういって、僕の差し出した手を、彼は二三回瞬きして、驚いた顔をしているから、
手を引っ込めようとしたら、慌てて掴んできた。

「助けてくれて、ありがとうございます」
「助けてないよ。邪魔だっただけ」
「あのー」
「なに?用がすんだら、帰りなよ」

僕の用事はすんだ。これから、気楽な睡眠タイムをむさぼる予定だ。
彼は、すまなそうな顔をして、それと穴を指さした。

「それ、捨てちゃうんですか?」
「いらないものはいらないからね」
「あ、じゃぁ、欲しいなぁーなんて」

だめですよね?
なんて、地味な顔をもっと地味にさせるから、はぁとため息を吐いた。
それにビクリと動いた。小動物っぽい。

「捨ててあるんだから、もう僕のじゃないし、勝手にしたら?」
「あ、あの」
「まだなにか?」
「私の名前は、猪名寺 乱太郎っていいます」
「そう、僕は、 だよ」

もう二度と会わないけどを言わずに、
そのまま帰った僕は、彼と指で数えれないほどの回数、であっている。

「君、毎日毎日穴に落ちてさ。面白い?
それと、これ・・・トイレットペーパー?」

白い物体をとれば、見慣れたもので、彼に渡すと、ははと苦笑した。

「私、保健委員なんで」
「保健委員?あー、なるほど、だから穴に落ちるんだね。
不運だね。そういえば、君伊作と同じ匂いがする。
6年間保健委員なんじゃないの?ご愁傷さま」
「で、でも、先輩に会えるなら、不運も幸運です!!」

急に立ち上がるものだから。
また穴に落ちそうな彼を掴んだ。

「へー、悪くないね。その考え」

そういって笑う僕に、彼は笑った。
彼の笑顔は嫌いじゃない。
それから、トレペを全部渡し終わると、彼は僕に言った。

「先輩。今日は何をします?」
「僕、あひるボートを、白鳥に変えたいと思っていたとこなんだ」
「じゃぁ、今日も、一緒に行きます」

僕の遊びに、お供するものが一人増えた。






「あ、先輩」

そういって手を振るきり丸が見えた。
でも、僕は気づかない振りをして、違うところへ行く。
外は、少々曇り空、肌寒さを感じる。
木々も、裸になって、寒そうだ。
だけど、木より僕のほうが体温高いから、寒い。
きり丸が僕を裏切らなかったら、僕はきり丸を抱きしめて、温かくなれたのに、
手をさすろうと思えば、誰かが僕の手を握っていた。

先輩」

茶色のふわふわ、まだ春は来ないのに、彼の頭はわたぼうしみたいだ。

「今日は、何しましょうか?」

走ってきたみたい。
彼は息を切らして、ちょっと汚れている。
それと。

「それと、眼鏡割れてるよ」

どこかでこけてきたんだろう。
本当に、保険委員ってこけるのが好きだよね。
そういえば、彼は、驚いた顔をして、眼鏡をとる。

「ええ!!また、でも、まだ使えるよね」

目がつぶらで、結構可愛い。
その気持ちと、そういえば、さっききり丸の横にいたのは、彼だったことを思い出して、
僕の口は悪意を吐く。
「君の考えってさ。貧乏暇なし誰かさんと一緒だね。
君らは貧乏同士で、付き合ってるの?」

目が見開かれても、僕には分からない。

「僕はさ、そういうの分かんないよ。
壊れたなら、捨てて新しいのを買えばいい。
僕は、産まれた時から、そういう苦労を知らない。
たぶんこれからも分からないだろうね。考えの元が違う」

子供な彼は僕より体温が高いから、温かい。
その暖かさがいかに残酷か僕は知ってる。
それを知るくらいなら、寒さも我慢するから、どっか行ってほしいと思ったのに、
彼は片手に眼鏡をもう片手に僕の手を握りしめる。

「先輩。みんな同じ境遇なんてないですよ。
しんべいだって金持ちだし、きり丸だって孤児だし、
僕は半農民で忍びの子だけど、僕ら笑えあえてます。
どんなに生き方が違くても、一緒にご飯食べて、食事して、寝て、遊んでいます。
私は、先輩がどういう境遇だったのか知りたいけど、理解しあうよりも、
それよりも、今一緒になにかをして笑いあいたいです」

そういって、割れた眼鏡をかけて、笑うたんぽぽ。

「でも、先輩がそういうこと言ってくれるの嬉しいです。
だって、分からないってことを言うのは、分かろうとしてくれるからでしょう?」

なんて楽観的思考だろうと思った。
彼の考えに、色々と考えるのが馬鹿らしくなって、僕は笑った。

「君は、いい親御さんに育てられたようだ」

そういえば、彼も笑った。






茶色の季節違いのたんぽぽは、前よりも僕のそばにいるようになった。
三人でいても、僕の方へ走ってくる。
僕のなにが良かったのか僕は理解出来ないけど、
寒さは彼の体温でしのげるから、それでいいと思った。
それに彼の考えは僕と違って面白い。
価値観の違いによる面白さとでもいうのか、
だから僕は、この学園に起こっている異常を忘れていた。

「あ。先輩だ。ごめん、しんべい。ちょっと行ってくるね」
「え、乱太郎。姫野さんのおやついらないの?」

と、遠くで聞こえる太めの彼の友人の声。
姫野、姫野・・・ああ、いかれ女か。と思い返す。
そういえば、このところ、出て行けと言うのを忘れていた。
結構気に入ったものを捨てる原因なのに、攻撃忘れるなんて
と思えば、彼が僕を見あげている。

「・・・なに?行きたいなら、行けばいいじゃない」
「いえ、いいです。私は、お腹いっぱいですから」

じゃぁ、なんだろうか。彼はなにか言いたげに僕を見ている。

「あいつの話とか、あいつに近づかないでって言ったら、君は言う事聞いてくれるの?」

彼が何か言う前に、僕は遮って。

「なんてね」

と誤魔化した。同じ原因で失うのは、二度とごめんだ。






僕は授業が終わった後、彼の友人に出会った。
出会ったというよりも待ち伏せされていたようだ。
白いもっちりとした肌に、見るからに裕福そうな彼は、恐る恐る僕に近づく。

「あのー先輩ですよね?」
「・・・・・・君誰?」
「乱太郎の友人のしんべいです」
「乱太郎・・・ああ、彼ね。僕になんか用?」

彼は丸い目をもっと丸くして、きっと眉毛をあげて、声を張り上げた。

「乱太郎は、先輩のことが好きです。
だから、優しくしてあげてください」
「優しく?」

してるようにみえない?

「出来ないんなら、乱太郎を離してあげてください」

それって、誰基準で?なんて減らず口を叩くことが出来ないほど、
彼は真剣で、
ああ、彼はそうあるべき人物なんだろうと理解した。

僕は一人。
彼はたくさん。

先輩!!」

今日も、彼は笑って走って僕のもとに来る。
今日、君の友人が来たよ。凄いこと言ってた。理不尽だよね。
僕が頼んでる訳でもなく、君が勝手に来てるだけだし、
離せって、掴んでない。
僕は、一人でも平気だし。

先輩。先輩は、一人で悲しくないんですか?」

思っていることがばれたのかってドキリとした。
だけど、僕の6年間の忍びになるために培われた経験は、
顔も口も、いつもどおりにさす。

「はぁ?僕が一人でも二人でもたくさんでも、君に関係あるの?」
「あ、ありますよ。私は、先輩が悲しんでいると悲しくなります。
喜んでたら、嬉しくなります」
「・・・そういって、手を貸してもらおうとする魂胆?
まぁ、いいよ。それぐらいは。僕は優しいからね」

そういって、彼の荷物を持った。

「じゃぁ、私ペンキとってきます」

目の前のあひるは、今日色を塗りなおせば、綺麗な白鳥になる。
結構時間がかかった。
一人のほうが早かった。
彼は、なにかあるたびに、色々なものを壊し、落とし、
もはや、不運っていうか注意力がない。

「・・・そろそろ潮時かな」

最初に戻そう。零の状態。
それが一番なんだろう。彼にとっても僕にとっても。
だって、僕はわがままで、優しくなんて出来るわけないから。



「あ」

落し物をした。
ぽちゃんと音を立てて池の中に入っていた。
小さいものだから、きっと見つからない。
それを、茶色の髪の毛をした子が見ていた。

「それ落としちゃったんだ。悲しいなぁ。あ、君探してくれる?」

そういって、僕は彼を置いていった。
途中、角できり丸に出会った。
きり丸は、僕を見るなり、怒って、
何かいいたげな顔をしたけど、すぐに顔を変えた。

なに、その変な顔。

彼が何も言わないから、僕も何も言わずに、その場から離れた。

遠くに池が見える。
キラキラ星で光っている。
これでいい。あそこの池は大きいから見つかるわけない。
見つからなかったですって言ったら、
あ、そう?僕のわがまま聞いてくれないんなら君はいらないって言って、
さようならしよう。
彼の中の僕は、酷い先輩で終わる。
あと数ヶ月経てば、僕は、ここからいなくなるし、
苦い思い出も、これからの5年間で、
彼の優しい友人が慰めてくれるだろう。

これでいい。






それから一週間。
僕は一人だった。彼は僕の性格をよく理解してるんだろう。
何も言わずにいなくなるなんて、一番いい方法だ。
僕も面倒くさいことしなくてすむし、彼だってそうだろう。
怒るのも泣くのも笑うのも喜ぶのも、大層力がいる。
僕はここに来て何年間かぐらいは精一杯それをやってきたから、
今になれば、それはすっかり枯れてしまった。

そんなおりに、
目の前にいけ好かない女が沢山の下僕を引き連れてやってきた。
あらって顔をして、僕のことを見る。
隣にいるあれは、多分僕の友人の誰かで、いかれ女を前にでて守ろうとするのを
女が手で遮る。そうだね。

「守ってもらわないほど自分が強いっていいたいの?
それとも、僕が弱いっていうの?」
「久しぶりに、あなたの暴言を聞いたわね」
「そうだね。じゃぁ、バイバイ」
「さっきの質問の答えを言わなくていいのかしら?」
「分かってるから、いいさ」

初めて見合ったいかれ女の瞳。
どこにでもある黒の瞳に、僕がボンヤリと写ってる。
自分の姿形表情どんなものか、明確に捉えてないけど。

「僕は 強い」

きっと、僕は、笑ってる。
本当の真実と逆を言いながら、笑ってる。

夜、寒い部屋のなかで、火もつけずに、二個の鈴を見ていた。
一個は半分壊れて形をなくし、一個は音がならない。
これこそ、ガラクタだと思うのだけど、
必要最低限なもの以外全て捨てても、これだけが手元に残った。
僕の6年間は、これなんだろう。

見えた懐かしい残像は僕に笑いかけて、手を差し伸べる。
何百もみた、夢みたいな現実。
でも、僕は、今も昔も手を伸ばす気はない。
置いてかれるのはごめん。だけど、追いかけるのもごめんだ。

だけどどうしてだろう。
手がとても冷たい。






ぼうっと見ている現実と非現実の境界線で、

先輩」

聞こえた声は馴染みがあって、目を見開く。
いまさら、なんの用だろう。

「なんのよう?」

扉を開ければ、案の定。冬のたんぽぽ。
彼は頬を赤くさせて、まだ忍服でいた。

「あの、これ見つかりましたよ。先輩の」

言われた言葉はなかなか、頭に届かなかった。
暗闇でも目がきく僕は、彼の服が半分泥で汚れていることに気づいた。
ぽたぽたと、たんぽぽは濡れて、質量が減ってる。
渡されたものを受け取ると、僕よりも低い体温。

君は子供だから、僕よりも高くあるべきなんだよ。

「ばっかじゃないの。
こんなもん二束三文にもならない適当に買った骨董品だよ」

ぺっと捨てる。今度は水の中じゃなくて、近くの床に落ちた。

「こんな程度じゃぁ、僕は、絆されないよ。
わがままだからね。
全然足りない。もっともっとたくさん要求する。
今日みたいなことが当たり前になっていくよ」

やめてよ。そんな真っ直ぐ僕を見ないでよ。
僕は、知ってるんだ。
僕が本当は弱いこと。

「だけど、君は、いい友達がたくさんいるだろう。さっさと行きなよ」

君は、僕に背を向けた。
それでいい。はやく行ってくれ。
それと同時に、待ってって縋りつきたい気持ち。
だけど、縋ってどうする?

手の中にまだあった鈴は、僕に過去を見せた。

「これ、おそろいにしようぜ」
「は?気味悪いなにそれ。」
「いいじゃん。いいじゃん。ほら、死なずに、年をとった祝にさ」

そういって笑う奴は、僕に嘘をついた。
一人にしないっていったのに、僕を置いていった。
僕は、嘘は嫌いだ。

ぎゅっと目を瞑れば、明日になるから、彼も僕も今を忘れてしまう。
寝る前最後に彼を見ようとすれば、ぐらりと体が揺れて、

僕は床に落ちる前に、受け止めていた。

彼は、赤い顔をして、息を荒らげて、額を触れば熱かった。

保健室で、僕は伊作に殴られた。思いっきり殴られた。
それから、説教。

乱太郎は、池で、何日間も、君のせいで。

なんども繰り返し言われた言葉はこのとおり。

僕は花で一等好きなのは、ナデシコなんだよ。
あの花弁がくしゃくしゃと別れてるのがいい。
あの色だって好きな色だ。
だから、たんぽぽは何番目に好きか分からないんだ。
だけど、触ってみたら、ふわふわして気持よかった。
保健室には、ご飯とってくるといった伊作はなかなか帰ってこないで、
僕と彼だけだったから、遠慮なしに撫でていると、さすがに起きてしまったようだ。
彼が僕をみて、一番最初に何を言うのか気になったから、顔を覗き込んでみる。
うつろに開かれた瞳に、僕がうつる。

先輩?」
「そうだよ」
「本物?」
「偽物がいるなら、鉢屋だろうから、シメとくよ」
「その言い草。先輩だ」

そういって彼はふわりと笑う。
もう限界だった。

「なんで笑うの?」
「なんでって」
「僕は笑えなんて言ってないでしょう。
君は僕を殴って、先輩嫌いです。もう二度と会いたくないっていいなよ」
「それは、言えません」
「言えって言ってるの」
「なんで、先輩は、一人でありたがるんですか?」
「一人で?バッカなこと言わないでくれる?あのいかれ女に飽きたら
みんな帰ってくるし、それまで、気ままな一人を楽しんでいるだけで」
「嘘だ。先輩は、友人に囲まれても、いつもどこか一人だったじゃないですか」

初めてみた彼の強い瞳は、あいつによく似ていた。
僕は泣きたいような、笑いたいような気持ちを押し殺す。

「一人で、なにが悪いの」
「せんぱい」
「だってさ、嘘つかれて、置いてかれて。
また嘘つかれるんじゃって、疑っている自分も嫌だ。
だったら、最初から、信じなければいい」

息を押し殺した彼を見る。

「僕は、弱いよ。知ってる?僕は、人の手がとても怖くてしょがない。
・・・同情されることなんて、僕には似合わない。もういい。
君が言わないなら、僕が出て行く」

そういって立ち上がる僕の足を掴む小さな手。

「行かないでください。私は、同情で先輩と一緒にいたわけじゃないです。
一緒にいたいのはただの私のわがままです」
「なんで」
「これ」

そういって差し出されたのは、押し花にされた四つ葉のクローバー。

「だって、先輩、一生懸命探していたクローバくれたじゃないですか」
「それは、いらなくなったから。そこらへんの奴にあげただけ」
「それでも私、先輩に四つ葉のクローバー貰って、嬉しかったなぁ」
「ちょ、ちょっと目つむらないでよ」
「心配してくれるんですか?優しいな先輩は」
「な、何言ってんの!バッカじゃない。
こんな体になるまで探して、君が勝手にしたことで、
君が死んだら、僕のせいになるじゃない。どうしてくれんの?それが嫌なだけ」
「先輩は、そんな人じゃないですよ」

もう駄目だ。ああ、降参だ。そうだ。もう一歩遅かった。
あひるは、もう白鳥になってしまった。
壊すなら、その一歩前に壊すべきだった。
僕は床に座り直す。

寝そうな彼の手を握る。彼は苦笑した。

「先輩。私なら大丈夫です。天下の保健委員ですよ?
自分の体ぐらい分かります。寝るだけです」
「嘘つき。寝るだけとかいって、そのまま起きないんだ。
冷たくなって、動かないんだ。もう、二度と帰ってこないんだ。
僕は、嘘は嫌い。約束を破られるのも、嫌いだよ」
「私は先輩に嘘をつきません。約束だって破りません。
私は起きます。先輩の隣にいたいから」

彼はうつろな瞳で僕に言う。
今日も僕の胸元にある鳴らない鈴が、一回鳴いた気がした。

「は、はは。君不運だよ。本当に伊作になるんじゃない?」

ここまで来られたのは初めてだ。
しょうがない。きっと僕は彼に敵わない。
笑ったら大分すっきりした。

「僕に本気に好かれるってことはそういうことだよ。
離さないし、離れない。いいの?今なら、離してあげれるけど?」
「いいですよ。私も、離さないし、離れません」
私は好きで、一緒にいるんです。
これは先輩以上のわがままなんですよ。」
「君は馬鹿だね。乱太郎」
「私の名前呼んでくれた。嬉しい。夢かなぁ」

そういって、眠るに落ちそうな君に、苦笑する。

「夢じゃないよ。さっさと元気になって、僕のわがまま聞いてよね。
あと、君今、僕にしてほしいことある?」



僕はもう一回だけ、人を信じてみようと思う。