ごめんね。それを数十回心の中で、言っていた。

暗い水の中に手を突っ込む。冷たいと思うのは一番最初だけで、
もう私の体温は、水と同じになってる。
今日も何も見つからない。
水面に浮かぶ月は三日月で私を笑っている気がして、
ぱしゃんと水面を手で打ち付けた。




あの後、横で眠るきりちゃんを置いて、廊下に出た。
今日は満月だから、先輩はきっとあそこにいる。
裸足のまま、丘の上まで走ると、案の定、先輩が月を眺めていた。
先輩を見つけると、私は先輩に抱きついた。

「・・・どうかしたの?」
「いいえ、なんでもなんです」
「いいなよ。今僕機嫌がいいんだ。だから愚痴くらいなら聞いてあげるよ」
「・・・・・・怖い夢を」
「そう。僕は寒いのが嫌いだからね」

見当違いの答えをいいながら、私を抱きしめてくれた人。
長い間外にいたのだろう。
先輩の体は冷えていて、全然温かくないのに、熱がこみ上げてきた。
声を出さずに泣くのは、これが初めて。

ごめんね。

私は、きりちゃんを先輩から遠ざけた。
先輩の行動なんて、しんべいが食堂の献立を全部言えるように、
覚えているから、ちょっと場所を時間をずらせば会わないし、
先輩も会いたくないようで、気配を感じたら逃げるようにしている。



だから。
会わせないようにするだけで精一杯の私は、気付かなかった。
はぁと息を吐いた。
暗い夜に白い靄が一瞬現れた。
見つからない先輩のなくし物。
急な先輩の行動を繰り返し頭の中で、リピートする。

先輩は、私を捨てようとしている。

いつからだ。なにが悪かった?
きっと、これが、見つけれなければ、
言うこと聞かない子はいらないとか戯言を言って私を捨てる。

きりちゃんを会わせないようにしていることがばれちゃった?
きりちゃんの方がいいってこと、分かっちゃった?
私じゃぁ駄目だって思ちゃった?

そうだよね。
ごめんね。って繰り返し思っているのに。

「乱太郎!!」

私が懺悔をしながら、長屋に帰る道すがらに、しんべえが立っていた。
寒いのが嫌いなしんべえがどうして、こんな寒い廊下にいるのか分からなくて、
名前を呼ぶ。

「しんべえ?」

しんべえは、私に手ぬぐいを渡して、お風呂セットを持って、
風呂場まで私の手を引く。

「ごめん。僕が、僕が余計なことを言っちゃったから」
「え、え、何が?」

訳が分からくて、聞けば、しんべえは振り返った。
太い眉毛が上がってる。

「僕が、先輩に言ったんだ。
乱太郎を優しく出来ないなら、離してくださいって」
「なんで、なんでそんなこと」

しんべえの手を振り払うと、しんべえの小さな瞳が大きく揺れているのが分かった。

「僕、食満先輩から、先輩のひどさを聞いたんだ。
先輩は、わがまま言ってばかりで、ちぃっとも優しくないから、
あまり近づくなって。
きり丸と乱太郎が変になったのも先輩のせいでしょう?
僕、嫌だ。これ以上、二人の間が変になっちゃうの。
乱太郎は笑わないし、きり丸だって笑ってない。
僕は三人で笑ってるのが大好きなんだ。
大好きな人って乱太郎が言うけど、どこがいいのか全然分からなかった。
今だって分からないよ」

最後は叫びのようだった。
分からない。そりゃあ、分からないだろう。

「しんべえ。先輩がどうしてこんなこと私にしたか分かる?」
「・・・分からない」
「しんべえに言われて、優しく出来ないから離したんだ」
「え」
「優しいってことがどうしていいのか分からないから、離したんだ。
先輩は、嘘が嫌いだから、自分の行動にも嘘もつかない。
それに、しんべえは勘違いをしているよ。先輩は、私を掴んでいない。
掴んでいるのは、私なんだ」
「どうして」
「しんべえもどうしておシゲちゃんが好きなの?」
「・・・・・・」
「同じことだよ。私は、先輩を好きだ。それは誰にも邪魔させない。
だから、三人で笑うっていうしんべえの望みは今は、叶えられない。
だって、私、ごめんねって何十回も言ってるのに、
やったことを一回も後悔なんてしてないんだ。
私のごめんねは、これから、全て奪ってしまってごめんねってことだよ」
「??」
「ありがとう、しんべえ。
どうやら、私はビックチャンスを掴んでるみたい。
これが、見つかれば先輩は完全に私のものだ」

そういって、微笑んでどこか行く私にしんべえが後ろから聞く。

「どこいくの?」
「それなら、急がなくちゃ。だって、会えないのが辛いし」

それからその朝まで探して、その次の夜の日に、発見した。
先輩は、私を見て、驚いた顔をしている。
良かった。きりちゃんには会っていないようだ。
私の言葉に、先輩は酷く揺れている。
揺れて揺れて、綺麗な何よりも変えがたい先輩の声が遠くに聞こえて、
ああ、風邪引いたな、馬鹿だ。はしゃいで、動きすぎた。
このままじゃぁ、先輩に伝染っちゃうなぁ。
でも、自分じゃ気づいてないけど、本当は、優しい人だから。
私の体がぐらりと倒れた。
きっと、先輩は、目を覚めても、私の横にいてくれるだろうと思った。
むしろ、倒れたほうが引き止めるよりも一番いい手段なんだろうとも。

起きたら案の定、先輩が傍にいた。
頬が腫れている。やったのは伊作先輩だろう。
何回か、酷い奴だから、近づかないほうがいいって私に言っていた。
その言葉に、いつも微笑んで、
えー先輩は私には、優しいですよ?っていうたびに、
伊作先輩の瞳に見覚えのある色。
きりちゃんに抱いた私の瞳の色と同じ。
本当に大人げない先輩たちだ。
自分たちが、手に入らないからって1年生を僻むな。
簡単な話、彼等、きっと食満先輩もそうだけど、
少ならからず先輩を気にしていた。
手に入れたいと、思ったことも何度かあるんじゃないかな。
でも、あの通り、先輩には強固な壁がある。
きりちゃん以外入れない壁が。
手に入らないものほど、欲しくなるっていうのは、人として当たり前の感情だから、
彼等が先輩を欲してもおかしくない。
それに、先輩は純粋に、綺麗で、美しい。
そんな先輩を殴った伊作先輩には、あとで、たっぷりお礼をしておこう。

ふふと笑えば、先輩はムッと顔をしかめる。
「なんで笑うの?」
なんでって、単純に嬉しいからです。
先輩だって、嬉しいから笑うんでしょう?
もう二度と会いたくないなんて、言えるわけないですよ。
今回の一週間で勘弁です。
色々なぐるぐる混ざった先輩の感情を、全て受け止めれば、
先輩は私に泣きそうな顔を見せた。

「一人で、なにが悪いの」
「せんぱい」
「だってさ、嘘つかれて、置いてかれて。
また嘘つかれるんじゃって、疑っている自分も嫌だ。
だったら、最初から、信じなければいい」

それは、私が嫌です。
一人って、先輩は思ってるかも知れないけど、
本当は二人です。
先輩には、先輩の好きなあの人がずっと傍にいる。
弱いことなんて、重々承知です。
先輩が強くないから、嘘をつけないから、弱虫で、真っ直ぐだから、
あの人はあなたから離れない。
人の手が怖くてしょうがないと言いながら、本当は、求めている。

不器用なまで真っ直ぐなあなたに、私は手を伸ばす。
すべて最初から最後まで私のわがままだった。
四葉のクローバーのように、不運な私が掴めるものじゃないから、
始まりも醜い嫉妬からだったから、もう惨めで醜い姿は晒しまくっている。
そんな私を先輩は、心配して、手を握る。
もっと見ていたいけど、あの不運の代名詞な委員長の薬は強烈で、
眠気が半端ない。
これをみこうして、こんな薬をよこしたんじゃぁ、と思うほどの眠気だ。
あんにゃろうと思うものの、
先輩から初めて手を握られたから、許してやろうと思う。

「嘘つき。寝るだけとかいって、そのまま起きないんだ。
冷たくなって、動かないんだ。もう、二度と帰ってこないんだ。
僕は、嘘は嫌い。約束を破られるのも、嫌いだよ」

そう叫んでいる先輩の手を重ねるあの人に、私は囁く。
もうあなたは死んでます、手は冷たい。
先輩は、温かい手が好きなんですよ。
あんたには時間があるんだから、待たせるんじゃなくて、
あっちで、待ってってください。
だから、その手を離して、私にください。

「私は先輩に嘘をつきません。約束だって破りません。
私は起きます。先輩の隣にいたいから」

嘘を付くなら、先輩にバレない一生の嘘をつきます。
そしたら、本当で終われるでしょう。
色々黒い感情がわく私だけど、
真っ白な先輩に私ぐらいが丁度いいよねっと思っていれば。

「僕に本気に好かれるってことはそういうことだよ。
離さないし、離れない。いいの?今なら、離してあげれるけど?」

上等な台詞。
先輩、今のは言質ですよ。分かってますか。
私は先輩が思ってる以上に、しつこくてねちっこいんです。
だってね、私が先輩を好きになって、
何ヶ月、目で追い続けたと思っているんですか。
先輩の好物も、嫌いな物も、
先輩が私を知るより先に全部全部知っていたんですよ。
きりちゃんから聞かされる話よりも何倍も先輩の情報知ってます。

不幸なのは、私に好かれたあなただと私は思います。
それほど、先輩が好きです。

「君は馬鹿だね。乱太郎」

初めて名前呼ばれた。
嬉しいって気持ちと、馬鹿はあなたですと微笑ましい気持ち。
囚われたのは私で、捕らえたのは私です。






先輩がわがまま言えっていうから、どこまでいいのか、試しに言ってみた。

「私、授業開けるとやばいんですけど」
「ふーん」

そういって、先輩が出ていって、一日。
その後、しんべえが来た。

「乱太郎。今日乱太郎の代わりに、先輩が授業受けていたよ」

まさか、出席しているとは思わなくて、眼鏡が落ちた。

「・・・・・・えーと、よく土井先生が許してくれたね」
「なんか言ったら黙ってた」
「・・・へー、でどうだったの?」
「正直、授業教えるの、土井先生より上手くてびっくりした」

先輩は、一体何をしているんだろう?
予想はずれな行動に、額を抑えるものの、手裏剣の授業で、と続けて
教えてくれるしんべえに、多分私たちの授業の酷さに、
見かねたんだろうなと、把握した。
意気揚々と先輩のことをしゃべると、しんべえは、バツの悪そうな顔をして。

「それと・・・・・・優しくないわけじゃないかったよ」
「でしょう?」
「きり丸とは、どうにかこうにか、大人気なかったって言ってたし」
「へー」

成長が早過ぎるっていうか、さすが先輩。
真っ直ぐなだけあって、行動が早い。

「元通りって訳にはいかないけど、きり丸はすごっく謝ってたし」

ちらりと私を伺うしんべえに私は微笑む。

「大丈夫だよ。今ならきりちゃんとは普通であれるよ。だって」

だって、を続けようとしたけど、保健室の襖が開けれた。
きりちゃんと先輩が手をつないで現れ、
きりちゃんが嬉しそうに、仲直りできたと微笑んだ。
私も笑い返す。

ごめんね。
何十回目のごめんねは、ありがとうに似ていた。
先輩はきりちゃんから手を離し、私の額に手を当てた。
先輩の、ほっとした顔に、ちょっと複雑そうなきりちゃんの顔。
きりちゃん、ごめんね。(ありがとう)
きりちゃんが抱いていた先輩の特別にありたい感情に
きりちゃんが気づく前に、もう、先輩は私のものだ。










2010・12・28