とても美しい人を見た。
その人のまた美しい爪の中に、土が混じっていて、
きっちりと着られているいるのに、足元だけはドロドロで、
髪はサラサラしているのに、ところどころに泥がついて、
頬にも、擦ったのだろう。土の跡がついていた。
彼自身の美しさと不釣合いの恰好だったけれど、
私にはとても美しく見えた。
きりちゃんとしんべえと私の三人部屋、外はとても暗い。
火を消した後、眠りにつく前に、あの人から渡されたクローバを見る。
綺麗に押し花にしたそれは、あの時のままで、今の私とその人の関係と同じ。
私は、そんなに手入れしなくても、黒く美しい髪の友を見た。
毎日忙しそうにバイトしているきりちゃんは今日も早くに眠っている。
私には四つ葉のクローバなんて似合わない。
見ているだけでも私は幸せだものとそれを大事に箱に閉まって、瞼を閉じた。
よくみる夢は仲の良い友人の。
その次に学園の、その後に、
家族よりも前に、たった一回の出会いを思い出す。
保健委員会での薬草を探し終わった時に、
偶然見つけた一面のクローバとシロツメグサ。
保健委員の1年のコンビの鶴町 伏木蔵と共に、
わぁと声をあげて、その中を走りまわった。
ばふっと緑の布団の上で寝そべると、みっつに別れたクローバが見えた。
こんなにたくさんあるんだから、四つ葉だってあるよね、
ちょっと探してみようかななんて簡単な気持ちだった。
別に、しんべえが委員会のみんなと見つけたといった
それが羨ましかったわけじゃない。
別に、きり丸が、売るもののなかに、
それが一本混じっていたのが羨ましかったわけじゃない。
私が黙々と探していると、蝶を追いかけることに飽きたのだろう。
伏木蔵は、尋ねた。
「なにしてるの?」
「四つ葉のクローバを探してるんだ」
そういえば、青い顔の伏木蔵は顔を歪めて言う。
「僕らが見つかるわけないよ。四つ葉なんて幸福の象徴なんだよ?」
それでも、私はなかなか諦めれなくて、伏木蔵はそんな私にため息を吐き、
じゃぁ、僕は先に薬草渡してくるからといなくなってしまった。
広い中一人取り残されたような気分だけどなかなか諦めきれない。
手がしびれて、汗が地面にたれた時、
不運な私が見つけることが到底ありえない。
その答えが出たときにはもう夜が訪れていて、真っ黒になった手で、
なにしてんだろう。私。とから笑いが出て、
みんなが待っている場所へ帰ろうと立ち上がったときだった。
「ねぇ」
声がした。その日は、満月で、その人の姿を照らしつけていた。
長い手足に、中性的な容姿、さらっと流れる黒髪、涼し気なまなざし。
恰好で男だと分かるけれど、格好のいいというよりも、
綺麗が似合う人だった。
見惚れてしまった。口が塞がらない。
その人は真正面だった顔を横にして、眉間に皺よせて一言。
「あげる」
そういって、去っていった。
一体なんだったのか。よく分からない。
けど、手の中をみれば、しなびた一本の四葉のクローバ。
なんだか泣きそうになったのを覚えてる。
それが私と 先輩の出会いだった。
朝、食堂へ行くなか私は鼻歌を歌っていた。
横にいるきりちゃんが、私に言う。
「お、なんだか機嫌いいいいじゃないか。乱太郎。なんか儲け話でもあった?」
「きりちゃんたら、全部そこに結ぶつくんだね」
もうっと言えば、
「あ、きり丸」
聞こえた声に、心臓が一回止まった。
きりちゃんは、声のほうを向いてから、私に向き直る。
「あー、先輩だ。あの人ないがしろにすると、あとで五月蝿いから、
悪りな、行ってくる」
そういってきりちゃんは先輩の元へ走る。
私は手を振ることができたかな?
一生忘れない私の思い出。
とても美しい人。誰よりも美しい人。
でも、先輩は私のことなんて知らないし、
きりちゃん以外誰も好きじゃない。
とても美しい人が顔を曇らせた。
ある日忍術学園の事務員さんになった姫野さん。
光の中突然現れて空中から出てきたらしい。
ある人は姫野さんを天女さまだって言う。
しんべえは、変わったお菓子くれるから好きだっていう。
私も別に嫌いじゃないし、綺麗で可愛らしい人だと思うけれど。
「乱太郎も喋ってみたらいいよ」
そういうしんべえの横で私ははははと笑う。
食堂から聞こえてくるいつもの会話に聞き耳を立てながら、お新香を食べる。
「あんたってまじイカレてるよね?」
「あらーあなたほどじゃないわよ」
「遠慮なんて出来るんだ?
厚かましいあんたにしては、ちょっとは人らしい感情持ってたんだね」
姫野さんに絡んでいる嫌そうな先輩の顔に、ちょっと前の出来事を思い出す。
伊作先輩に用事があって通った6年長屋で聞こえた怒鳴り声。
「、姫野さんのどこが気にくわないんだ!!可哀想だろう。
お前のわがままを押し付けるな」
そういって、先輩を傷つける先輩たちの姿。
先輩が、いくら顔を繕って大丈夫な顔をしても、
いくら口で大丈夫だと言っても
きりちゃんのもとへ行く彼の行動に傷ついたことが分かる。
ずっとずっと見てきたから。先輩の後ろをつけていけば、
きりちゃんの声と先輩の声。
「ただし、交換条件。君はアレに近づちゃ駄目だからね」
これは約束だから、指切りげんまんと指を絡めていた先輩。
ポリポリとお新香が鳴る。でも、味はしない。
「で、今日姫野さんが二人分もつくってくれるってだから、行こうよ〜」
そういって、もうご飯大盛りを食べ終わったしんべえ。
そんなに食べたというのに、ヨダレが出ている。
そしていつの間にか先輩はいなくなっていた。
「ごめんパス。俺、今日バイトなんだ」
「私も用事があって」
「えー」
「・・・いや、待てよ。その変わったお菓子は売れるかもな。
しんべえのお墨付きだし」
「きり丸行こうよ〜」
「・・・・・・レシピ教えてくれたりするかな?」
「教えてくれるよ。姫野さん優しいもん」
「じゃぁ行く」
え、きりちゃん、ちょっと待って。
「じゃぁ、乱太郎は?」
そう言われて、二人の瞳がこっちを見る。
用事なんて実はない。
でも、
なんで?の言葉が、くるくる廻って、吐き気が込み上げてくる。
鋭いよりも鈍痛で、頭は白で、お腹は黒。
二色の色に、私がむしゃむしゃ食べられてしまいそうな心地がした。
ようやく絞り出せた声は、「あまり調子よくない」だった。
どうやら凄い顔をしていたみたい。嘘にして嘘じゃないそれは、
私を保健室に運ばせて、用事を断らせた。
少し休めばよくなると、気付け薬を貰って布団の中。
外は温かで、ご飯後だから、寝ることはとても嬉しいのに、
目がランランと輝いている。
ああああああああああああああああああああああああああああああああ。
誰かの叫び声が頭に響いて、ずっと溜め込んだものが溢れてくる。
私は、見ているだけだった。
見ているだけで幸せだった。私のこと知らなくても、私だけが先輩を知っていているだけで良かった。私はきりちゃんにはなれないから、しかたがないって、嘘。
髪だって伸ばしても、きりちゃんのようにはなれない。
いくら言葉を積んでも、見ていたから分かる、私の言葉はきりちゃんの一言よりも軽く、すぐに流れていく。見ているだけで十分。記憶だけで十分。嘘。うそうそうそうそ。
―――ずっと羨ましかった、きりちゃんが―――
―――一日でもいいからなりたかった―――
―――名前で呼ばれたかった―――
―――私を知って欲しかった―――
それなのに。
きりちゃんは、先輩の約束を破った。
「乱太郎大丈夫か?」
「これ、おかゆ、おばちゃんにつくってもらった」
そういってしんべえときりちゃんが、保健室にやってきた。
私の顔色はよくなっている。
それを見て、伊作先輩は額に手を当てて、
大丈夫だけど、今日一日だけ大事をとって保健室と言ってくれた。
正直、今あの部屋にいたくなかったから助かった。
今日一日のことを二人が私に伝える。
最初は、一年は組のことで楽しかった。
だけど。
「そういえば、これ見てくれ。姫野さんが教えてくれたんだ。
これを大量生産して、俺はがっぽがっぽってことだ。うひゃひゃひゃひゃ」
「お菓子美味しかったよね。あ、乱太郎もぶん持ってきたよ?ほら」
「しんべえが何回か食べようとしてたけどな」
「だって、おいしいんだもん」
むくれたしんべえのお腹が鳴る。
私は苦笑して、
「いいよ食べても、私食欲ないから」
「え」
しんべえの声が輝く。
「いや、これうまいって、なかなか食べれないし、無理してでも食べる価値あるぜ?」
「ううん。いいんだ」
私の笑みに、きりちゃんはようやくそうか?と言って、私の言葉より先に
しんべえが食べていた。
「まぁ、次もあるしな。その時には乱太郎も美味しいって分かってくれるだろう」
「それって、私に食べさせて、売るの手伝わせるためじゃない?」
「あは、バレた?」
目が銭なっているから分かるよ。
しんべえは、食べ終わると、急に立ち上がり。
「んー、お茶欲しいなぁ。ちょっと僕取ってくるね〜」
しんべえはよくも悪くもマイペースだ。
きりちゃんと二人きりになった。
私は今日の出来事に頷く。いかに、姫野さんのお菓子が素晴らしくて、
人が良かったか。
「ってかやっぱり先輩がワガママなんだろうな。あんな優しい人嫌うのってのも」
「きりちゃん!」
私の大声にびっくりした顔をしてこっちを見る。
「ど、どうかした?」
「私、前きりちゃんと先輩の約束聞いちゃったんだけど」
そういえば、一回考えてから、きりちゃんは思い出したようだ。
「あ、あー、忘れてた。でも大丈夫だろ?
見てないだろうし、それにあの人だって忘れてるさ。
いつもの気まぐれなんだから」
・・・・・・・・・あ、そ。
分かったよきりちゃん。
「うん。そうなんだ良かった」
私は笑う。もやもやしたものは全部ない。くるくるしたものも全部ない。
吐き気も、頭痛もしない。
激しい感情の後に、妙に冷めた自分。
もしかしたら、私は黒と白に飲まれてしまったのかもしれない。
私は笑う。
良かった。きりちゃん。本当に良かった。と。
きりちゃんがそれなら、私、どんな手を使っても、先輩を手に入れてみせるよと。
笑った。
私、姫野さん嫌いじゃないけど、好きでもないんだ。
でも、今私に決心をつけさせてくれたから、
お菓子を貰って地面に叩きつけて、
足でぐちゃぐちゃにしないであげるくらいには、広い心を持てるよ。
それからの私の行動は早かった。
先輩がよく良く場所に穴を掘った。
そこで先輩を待てば、上から物が降ってくる。
さすがに叫び声をあげてしまったけど、
この作戦は成功で、先輩は、私の存在をちゃんと覚えてくれた。
それに、先輩の私物をゲット出来た。部屋に大切に保管してある。
運の悪い私だけど、一つだけいいことがあった。
先輩はきりちゃんが約束を破ったことを知っていた。
きりちゃんの所には行かないし、きりちゃんの話もしない。
私が友人だと知っていても、ふうんで終わった。
きっと、先輩は一人で寂しかったじゃないかな。
じゃないと、いつもそびえ立っている心の壁に私は弾かれてるはずだ。
原因な姫野さんは、本当に天女さまかもと、細く笑んでいた。
なんどもなんども穴に落ちるのは辛かったけど、
何度目かで、先輩は、穴を気にするようにはなってくれた。
名前を呼んだら、振り返ってくれるようになった。
だけど、名前はまだ呼ばれない。
きりちゃんと二人で歩いていた時だった。
そろそろ次に移そう。どうしようかなときりちゃんの話に相槌を
打ちながら思っていれば、ふっと、きりちゃんが顔をしかめた。
「このごろさー・・・・・・いや、別に、邪魔されないからいいけどさ、
先輩が来なくなったんだ」
先輩の前に名前がないけど、誰か分かった。
きりちゃんはぽりぽりと頬をかいて、
「はーあの人ってほんと分かんねー」
噂すれば影なのか、ちょうど先輩は私たちの前に現れた。
きりちゃんは、そのときの自分の状態など分かってないだろう。
とても目を輝かせて、頬をほころばせて先輩の名前を呼んだ。
それは当たり前の反応だと私は思う。
私が見た中で、先輩にとってのきりちゃんは誰よりも一番で、
優しく甘やかしていた。
きりちゃんは、先輩からの優しいワガママに笑っていれば良かっただけだった。
だけど、先輩はたしかに私たちを見たけれど、無表情のまま違う方向へ歩き出した。
傷ついた顔のきりちゃんを見るよりも先に私は、足を動かす。
不運な私だけど、どうやら天が味方してくれているらしい。
次段階を考えるようりも先に、時が解決した。
私は、先輩の手を初めて握りしめた。
先輩は驚いた顔をしたけれど、振り払いはしなかった。
先輩はきりちゃんを傷つかせたのに、それ以上に傷ついた顔をして、
手を離しはしないのに、手を離させようとする。
馬鹿ですね。先輩。
私を、傷つかせようとしているでしょう。私は、嬉しくてしょうがない。
先輩は、私をようやく見てくれた。きりちゃんじゃなくて私を見てる。
それを離すわけないんです。
笑えば、先輩が初めて笑った。やっぱり先輩はとても美しかった。
2010・12・24