生まれて物心ついた時に、自分がおかしいことに気づいた。
近くの綺麗なお姉さんが結婚した時、
男はみなこぞって、
綺麗だとお姉さんをほめたたえ、新郎が羨ましいと呟いた。
俺は、お姉さんが羨ましかった。
年が進んで、男は女を意識し始めたとき、
周りのそういった話題についていけなかったのに、
それを話している男が照れながら笑う姿に、ドキリと心臓が高鳴った。
それが、周りと違っておかしいのだと自分を貶め、食事をしなくなり、部屋に篭った。
そんな俺に、扉をぶち破って、殴り泣きわめいた両親に、俺は真実を話した。

彼らは目を見開いたが、

「馬鹿。それがなんだっていうのよ。
男が好きだって、は、じゃない。
それくらいのことで死なないでよ」

俺が異常がちっぽけなことだと言って、泣きながら抱きしめてくれた両親。
俺の大切な人たち。
だから、彼らの望みを少しでも叶えたい。






今、俺の部屋に、父と母が座っている。
二人部屋を一人部屋として使っているから、
俺だけだと広い部屋が、急に狭くなった。
父と母の前にはお茶が置かれている。
置いたのは、俺の横にいて、こわばっている女の子だ。
通称天女。
空から降って来たところを拾ったのがきっかけで、懐かれている。
彼女の容姿は可愛らしく、折れそうなほどの細い体を持っているけれど、
中身は、似つかわしくないほど男前だ。
男なのに男しか好きになれない俺を知っても、好きだといい、
未練たれたれで前の彼氏が忘れられなくても、好きだといってくれる。
大好きな三郎に振られても、部屋にこもって、暗くならずにすんでいるのは、
彼女が傍にいてくれるからだ。

。この方が家へ働かせたいといったお嬢さんね?」

母は、お茶を一口のんで、静かにおくと、拭きもので口を拭った。

「はい」
「なんでも彼女、空から降って来た天女さまらしいわね」
「彼女は、人です」
「そう。でも、降って来たところをあなたが拾ったのでしょう?」
「はい」

母は、彼女をジロジロと見て、つぃと眼つきをきつくする。
それは、注文業者の取引をするときの眼つきによく似ていた。
父は、母に任せているのだろう。
口を一文字にしたまま、じっと事のあらましを見ていた。
彼女は顔をあげることもせず、母と父のよろしくない視線に耐えていた。
カタカタと手が震えている。

。その方は・・・・・・」

俺は、母親の次の言葉が予想できた。
家にはおけない。それは、彼女にとって絶望の言葉だった。
俺は。
一回だけ長い間瞼を閉じた。
選択の時だった。
俺にとって、彼女はとても大切な人だ。
両親も大切な人だ。
だけど、両親にはお互いがいる。
彼女には俺しかいない。

パチリと目を見開いた。
見開けば、なにも変わっていない。俺の筆、俺のノートが置かれた机に、
夜になると、ちょっと笑ってみえる天井のシミ。
誰かがつけた身長の記録。
減ることのないお茶に、正座している両親。
でも、確実に俺の中の何かが変わった。

「父上母上、彼女は、俺が責任をもって面倒をみる。家に置かせてくれ。
それが、駄目なら、俺が彼女とともに家を出る」

俺の一言に誰かがひゅっと息を飲んだ。
それから、俺はそのまま頭を地面につけた。

「頼む」
さん」

いいよ。私は、と上から声が聞こえる。
だけど、撤回する気がなかった。
もし、このまま学園にいれなくなって、
三郎とはさようならになったとしても、、
そっちのほうがあっちにはいいだろうし、
それを考えてまだ胸は痛むけれど、
いつか時が解決してくれるだろう。
今は、俺を掴む小さな手を守ることだけが、俺の全てで。

何秒その形でいただろうか。
固い空気が、ぷっと誰かの笑い声で、壊された。

「ふ、あはははははは。違うわよ。早とちりね。
ただ本当にあなたが噂通りだったか、聞きに来ただけよ。ねぇ、あなた」
「ああ、お前が得体のしれない女にハマっていて、
なおかつ、家に連れて帰ると聞いたとき、違う奴だと思ったからな」
ってば、私たちがそんな冷酷な人に見えていたのね、悲しいわ。
えーと、名前なんていうのかしら?」
「え、私ですか?」
「あなた以外だったら、しかいないけれど、
って言う名前は私が考えたから、知っているわ」
「違う名前を考えたのは、俺だ。
お前は、留蔵にしようとしてた」
「あら、そうだったかしら?で、名前なんていうの?」
「藤田莉乃です」
「莉乃ちゃん?変わった名前ね」
「留蔵よりは断然マシだと思うがな」
「あなたは少し黙っていて頂戴」

やいやい言っている両親に、顔を上げて、はあっと深い息を吐き出した。
この人達は、本気と冗談を上手い具合に混ぜる。

「面白いご両親だね」

そういって、俺の裾を引き、
ほっと、安心している彼女には、言わないけれど、
あの時の両親は本気だった。
じゃないと、父が口を出さないなんてことないのだ。
根本父はツッコミ体質で、母親のボケだかどうだか分からない
内容に、いちいちツッコンでいる。
場が和らいでしまうので、真剣な話。
主に、商談などは母が喋るときには、父は黙る。
父が喋るときには、母が黙る。
良かったと、頭をなでると、私年上なんだけど?
と複雑な声を出している彼女がいた。
年上には見えない。と笑っていれば、
それを、漫才が終わった両親が、にっこりと、笑みを浮かべた。


「それにしても、がそんなこというなんて、
男になっちゃって、本当にほの字なのかしらね」
「ということは、あのおかしな体質は直ったってことか?」

言われてビクリとした俺に気づかずに、
そのまま彼女は立ち上がって、吠えた。

「し、さんは、おかしくなくないです。おかしいのは私ですから。
だから、そんな事言わないでください。
さんは恋をしただけです。それはおかしいことなんかじゃないです」

さっきまで、両親と目をあわすことだってびくっとしてたのにな。
名前を聞かれて、小さな声しかでなかったのな。
立ち上がってる膝がちょっと震えているのに、
わざわざお世話になるところにさ反抗的な態度とることが、
俺しか頼るものがいない彼女がわかってないはずはないのに、
眼差しはまっすぐで、涙が出そうになった。
あなたと、すっと立ち上がる近づく母親。
彼女は、一歩下がりそうな足をたえて踏みとどまった。
俺は止めなかった。
それに、母親は微笑み、思いっきり彼女に抱きついた。

「気に入った。合格よ!!莉乃ちゃん」
「え、え?」

俺の方にばっと振り向くから、苦笑してネタバレを言う。

「両親は俺をおかしいなんて思ってない。
目で言うなって言われてな。まーつまり試されてたな」
「え、え?」

まだ理解していない彼女に、母親が頭を撫でる。

「騙して、ごめんなさい。でも気に入ったわ。
、莉乃ちゃんを、嫁に貰いなさい」
「嫁って、あのその」
「莉乃ちゃん、嫌い?」
「いえ、大好きですけど、その」

ちらりとちらりとこちらを伺う。
俺は笑ってる。
父が立ち上がり何をするのかと思えば、彼女を撫で始めた。
俺たち一族は、
彼女を撫でたくなる遺伝子が組まれているんではないだろうか。
それから、閃いたという顔をした父親は言う。

。こうしよう。
嫁は莉乃さんにして、恋人は違う人にしたらどうだ?」

それをいった瞬間に、間髪も入れずに、
母親から無言で張り手をくらった。

「あなた、本当に、女心を理解してないわ。
そんな立場だけなんて嫌に決まってるでしょう?
愛がなければ、嫁なんて意味ないのよ。
恋人ありで、なりますって子は、いないわよ」
さんがいいなら、いいですよ」

そういい始めた彼女にストップをかける。

「俺がそういう中途半端なこと嫌だ」
「でも、さんは、嫁なんて立場だけじゃなくて、
好きにも、なってもくれるでしょう?
だったら、私はさんの傍にいれて、幸せなんだけどな」

そう言われたら、何も言えなくて、父親からみぞおちをくらった。

「この幸せものが」

母親からはチョップを頂いた。

「莉乃さん。ふつつかな息子ですが、どうぞよろしくね」

俺じゃなくて、おまえらが言ったのに、なんでか非難の目で見られてる。
そろそろ帰るわ、と帰ろうとする両親を見送ろうと立ち上がった。
莉乃ちゃんも来て来て、と母親に拉致された。
俺は彼女らの背中を見ながらゆっくり進む。
父が横にいて、口を開いた。

「いい子だな」
「ああ」
「俺はな、。お前が誰を好きでも、恥じたりしない。
俺はな、この話を聞いたとき、お前が俺たちを喜ばすために、
無理をしているのだと思った」
「・・・」
「知らないと思うなよ。
お前が男以外を好きになるために努力していること知っていた。
俺達が孫を見たいとか思ってるだろう?まぁ、それは嘘じゃない。
だけど、そのためにお前を殺すことは俺が許さない」

俺は、彼らの本当に来た意味を知った。
俺は彼らが彼女を、嫁にだとか言ったときに、
少しだけ安堵して少しだけ絶望したのを、彼らは気づいていた。
俺は、やっぱり弱い。
彼女を好きだけれど、どういう意味で好きなのか分からない。
だって、今も俺の心の大半を、同じ人物が居続ける。
顔を隠した同級生が、
俺を嫌いな同級生が、居続ける。
視界に入らないように、声をかけないように気をつけているのに、
彼が気づかない場所で、彼を追いかけて、
声を遠くで聞いただけで、幸せになれる、
その感覚を愛以外に俺は知らない。

だから、俺は鉢屋三郎をまだ愛していて、忘れられない。
それを、大切な人達は、俺を責めることもなく、柔らかく包む。
いいと、微笑む。前を向けと背を叩く。
じわりと視界が歪んで、声が震えて言葉がままならない。

「ありがとう」

ようやく絞り出せた言葉に、父は顔をあげた。

「・・・・・・でも、莉乃さんは、いいな。
嫁じゃなくても、いいから、娘にするか?」
「いいや、俺は彼女なら」

俺のいいかけた言葉は

「遅い、早く!!」

いつの時代だって強い女の声にかき消された。








2011・3・27