今日こそはと意気込んで、一歩、足を踏み出してみる。
だけど、踏み出した一歩が落とし穴だったら・・・どうだろう?
しかも、今日に限って、近くにいたこの穴の制作者の綾部 喜八郎
が、無表情なくせに目は哀れんでいたら?
某先輩じゃないけど、今日はとても不幸な気がする。
彼までの距離、一人分。
そこまでいけたから、進歩はした。と部屋に戻ろうとすれば、
「いやいや、それじゃぁ全然でしょう?まずは、声をかけようか」
がっと後ろから、脇に腕を通されて、体を持ち上げられた。
もちろん、そんな力がいることはハチの仕業で、
声の主は、同じ顔した雷蔵だ。
しかも、ニコニコと音が出そうな笑みまで、おまけでついている。
・・・・・・やばい。ぞっとした。
この笑顔の雷蔵はやばい。
昔、雷蔵が大切にしていた蔵書を間違えて墨だらけにして、
隠していたら見つかったときと同じ顔してる。
あの後、存在を無視されたり、ことあるごとに、冷笑を頂いたり、
癒されようとしんべヱのところへ行けば、手紙を渡され、
「ほっぺを触ったら、食満先輩にロリコンだと通報」と書かれていた。
その他にも・・・思い出すだけでぞっとして、
冷や汗を隠せずに、ブンブンと何を否定したいのか分からず、手を振った。
「いや、でも、その」
「あれだよ。気づかれなかったのが悲しかったんじゃない?
振り向く前に落ちるなんて、素晴らしいタイミング!!」
雷蔵の後ろにいた勘ちゃんが、ヒソヒソと兵助に話す。
いいや、ヒソヒソというのは間違っている。確実に私まで届く音量だ。
心臓にかなり響いたが、その横にいる兵助は、いつもの冷静な顔で、
いやと勘ちゃんの言葉に返した。
「あれは、わざとあわせたな。
落ちたところで、話しかけてくれるのを待っていたんじゃないか?
じゃないと、あんな綺麗なタイミングで、あわせれるはずがない」
「・・・・・・うわーチキン」
グサっときた。今のはグサっときた!!
しかも、そんな呆れた顔でみるな。兵助も、知ってても言わない優しさを持って!!
と、言いたいけど、目の前の雷蔵が、ふーん。そうなんだ。と言ってニコニコ二コ
の、ニコが一個増えた笑顔だったから、何も言えない。
「でもさ、三郎。上から水をかけるとか、
些細な悪戯することが出来るなら、声をかけたほうが簡単だと思うぞ」
と、上から聞こえた声に、がーっと頭突きをした。
顎に頭が入ったハチは、地面にうずくまり、私は息荒げに抜けだすと、
雷蔵を視界にいれないようにして、叫んだ。
「お、おまえら、なんでそんなこと知ってるんだ!!」
「バッチシ見てました」
バチンとお茶目にウインクして星を出した勘ちゃんに、
「というか、本当なのか?俺はまだ疑わしいのだけど」
と、疑惑の目を私に向けてくる兵助。
「・・・・・・・本当って何が」
「おまえが、 が好「ワーワーワ。聞こえない」・・・・・・違うのか?」
耳を押さえて、大声をだした私に、コテンと首をかしげた兵助。
「・・・・・・違わないけど、廊下の往来で言わないで欲しい」
私は、穴に戻りたい。でも、変装していて良かった。
顔赤いのはバレないしと、思っていれば。
「耳赤いよ」
「・・・・・・」
雷蔵に言われて、耳をさっと隠したけれど、すでに時遅し。
い組の奴らは、なにかを納得したように頷き、
復活したハチは、珍しいものを見ている顔でこっちを見てくる。
「そうなのか?」
最後のちゃんとした決定打な解答を求めるハチの問いには、答えられない。
今の私、一杯一杯なんだ。
くそ。これも全部。が悪い。
私は、みんなの視線に耐えれなくて、
みんなに背中を向けて、走りだした。
だけど奴らは、逃がすまいと、後ろから追ってくる。
一時間経過したけれど、まだまだ追ってくる。
いい加減しつこいなと思って、後ろを向いたのが悪かった。
私の前には、暖かくて硬い壁。
「っ!?」
「わっ!!」
壁は、人で、私よりも少し大きな体。
手も私より大きくて、左手に親指と人指し指の間に、切られた跡がある。
それと、少し香った匂いで、顔を見なくても誰か分かった。
懐かしいのと恥ずかしいに包まれて、顔をあげることも出来ない。
「あ、ご、ごめん」
すぐさま離された体。
もっと密着したのに、もっと話したいのに、私は何も言えず、顔もあげれない。
久しぶりに聞いた声は、凄く嬉しいはずなのに、
あんなに偶然を期待していたのに、夢にすらみたのに、思ってたのとぜんぜん違う。
何度も脳内練習してきた。
話しかける最初の言葉は、何百ある中から厳選した。
私は流暢に言葉を紡いで、ごめんって言って、好きだって言った。
彼は、私を見て、泣いて。愛してるよ。三郎と笑ってキスしてくれた。
でも、現実は違う。
何日もかけて考えた愛の言葉・謝罪の言葉は、私の中から消えてしまった。
は、まだ私から背を向けていない。
は、重い沈黙のなか、待っていてくれる。
照れている場合じゃないし、悲しんでる場合じゃない。
まだ、まだ、間に合うと顔をあげれば。
「さん」
の裾を掴んで、私を睨みつける少女が目に入った。
「・・・行こう」
くいっと引っ張って、私を見ていただろう視線の気配は消えて、
少女の方へと変わり。
「・・・そうだな」
と、とうとうは、私に背中を向けた。
「あ」
私は完全にむこうを向いたに、ようやく腕を伸ばせて、
ようやく声がでたけど、少女は強く強くを引っ張っているから、
少女が私の声をかき消すほどの声で話す。
「さん。何か食べたいものない?
料理の腕、おばちゃんに、こないだ誉められたから、美味しくなったよ。
なにがいい?なんでも作っちゃう!!」
「・・・・・・うん。俺、塩大福食べたい」
「塩大福ね?分かった。腕によりをかけちゃうから。楽しみに待っていてね」
そういう少女の頭を、ポンとあの手で撫でた。
・・・・・・触らないでくれよ。
その手は、私だけのものなんだ。
そんな嬉しそうな幸せそうな顔で、を見るなよ。
ほだされてしまうじゃないか。
ほら、みろ。
が、お前につられて笑ってる。
私には、もう笑ってくれないのに。
私には、もう話しかけてくれないのに。
が、私をまだ好きだと言ったけど、もう好きじゃなくなってしまうじゃないか。
ここで、クナイを投げれば。
と思った私は、その感情のまま、胸元から取り出し、クナイを投げようとしたら、
手首を掴まれた。
「はい、そこまで」
「・・・雷蔵、離して」
「嫌だよ。友達に、無意味な殺しさせたくないもん」
「だって、が・・・」
「三郎。聞いて。
は、まだ君のことが好きだよ。
僕だったら殴って怒るような態度の君を、ずっと見てた。
あんな切ない顔させてさ。君は見てないようだけどね」
その言葉に驚いて、顔をあげたら、酷く真剣な顔をした雷蔵に、
後ろに頷いているみんながいた。
「だけど、ほだされているのも確かだよ。
このままだと、は完全にあの子と付き合うだろうね」
「っ」
「だから」
「俺達がいるんだろう?」
にっと笑ったのは、ハチで、しょうが無いと目を細めたのは、兵助で、
あはははと、否定か肯定か分からない笑みを浮かべたのは勘ちゃんだった。
そっと、私から手を離して手を握りしめた雷蔵は、
私と同じ顔なのに、全然違う強い意思を宿した目をして、
「頑張ろうか?三郎」
そういって、彼らは私の背中を押した。
2010・07・16