ミーンミーンミーン。
雲ひとつない晴れ渡った青空の下、セミが鳴いていた。
それは、昔、昔の私の強烈な記憶。



縁側に座って、のんびりしていると、急に視界が真っ黒になった。

「ばぁ、だーれだ?」
「・・・どちらにしよ男がやると寒い。離せ、齊藤」
「あー、僕だって分かってくれてるんだ。これって愛だと思わない?」

ぱっと手を離して、案の定の人物がこちらをみて、猫を連想させる
笑みを浮かべて、花を飛ばしている。
兵助曰く、癒しの笑顔とやらは、私には、魚を狙っている猫の笑みだ。
くだらない言葉に、冷たく言い放つ。

「いいや、思わない。ってかはさみダコあるの、齊藤くらいだろう。
それに、いっぱしな5年ですから、背後あたりで気づいてましたぁー」
「・・・ふーん、そうなんだぁ。それにしては」

意味深に、私を見やる齊藤に、眉間にシワがよるのが分かる。

「・・・なに?」
「いや、なんでもないよぉ。
と・こ・ろ・で、さん、明日暇でしょう?」
「いや、超忙しい。任務入ってたり、宿題あったり、委員会あったりで、
そりゃ、忙しい。てんてこ舞いです」
「えーそうなの?じゃぁ、この、さんが行きたがってた、
チケット取るのに三ヶ月待ちの
超有名甘味処デザート食べ放題がとれたけど、ダメかぁ」
「・・・・・・・」

そういって、齊藤は、私が前々から行きたくてしょうがなかった
甘味のチケットを私の目の前にちらつかせた。
右へ左へ動くのを、顔が追っていく。
それをみて、齊藤は、満面の笑み。
兵助曰くの、疲れるふっとぶほどの笑みは、
数の暴力で、人を押し倒し、かつおぶしを奪っていった獰猛な猫にしか見えなかった。




ざわざわと人が多い街中で、なにが嬉しくて男と二人腕を組んで
歩かなくてはいけないのだろうか。
横にいる齊藤は嬉しそうに、私は嫌そうな顔をしているから、
さっきから見る人見る人、
どういった仲なのか疑いのまなざしを向けられているように思える。

「・・・齊藤。あらかじめ、言っとくがな。
これは、私として、逢い引きに入ってはいない。
しかし、このありがたいチケットはお前のだ。ご好意感謝する。
ある程度見逃してやるが、明日になって同じことしたら、
大事なところを家出させてやるからな!!覚悟しとけ。
そして、兵助にはないしょだ。
あいつは、色々面倒くさいことをしでかす」
「分かってるって、僕も兵助くんにはある程度こりたんだ」

そういった、齊藤は口は、笑っているくせに、目が笑ってない。
そういえば、このところ、自分の身を守ることだけで精一杯だったが、
兵助から齊藤の話を聞かされなくなったことを思い出した。

「・・・あれは、きっとお前のためだろう」
「その言葉をあなたが言うのは残酷じゃない?」
「ああ、だけど、グダグダと希望ちらつかせて、伸ばすほうが残酷だ。
兵助は顔は整っているし、5年で一番のモテ男だ。
可愛いと綺麗な中間で中性的、髪だって綺麗だし、
性格だって、さっぱり・・・しすぎなぐらいしてる。
乙女で漢だし、馬鹿ではないし、暴走するが、なにより、齊藤を好きだし、
オススメは出来る」
さん」

ちょっと強めに名前を呼ばれた。目で、もうやめろと言われた。

「どうだ?嫌いになったか?」

そういって、笑う私に、齊藤は、はぁとため息を吐いた。
失礼なやつだ。

「僕はね、男が好きってわけじゃないんだよ。
だから、さんを嫌いになったら、僕はね、女の子を好きになると思うんだ」
「・・・そうか。ということは、私はなんだ。中性的よりも女の方へいってるってことか」
「分かってるくせに、・・・さんは、特別だってことだよ」

特別。他との間に、はっきりした区別があること。
他と、はっきり区別して扱うこと。また、そのさま。格別。【デジタル大辞泉】

言葉の意味を声に出さずに心で言えば、嘲笑が出てきた。

「お前は、本当に、慣れてるな。タラシ」
「あれ?喜んでくれないの」
「そりゃな。特別だのなんだの。
そんな甘ったるい言葉を言う奴は、最後どうしようもなくなったときには、
それらをひっくり返して、手を離すそんなもんだ」

そんなもんだ。と言った私は、一瞬誰かが浮かんで、
それが誰だったのかと考える暇も与えず、
腕から、手を握ることに移行した齊藤の行動を咎めようと、顔を向ける。

「例外はあるでしょう?」

齊藤はしぶとい。

「例外ねぇ。私は齊藤の特別で、なんかいいことあるのか?
兵助に疎まれて、5年間の仲が壊れて、自室が居心地が悪いとか勘弁だな。
お前の特別は、私の安眠以下だ。さっさと諦めろ」
「えー、無理だよ。僕結構色々犠牲にして、さんのこと好きだもの」
「犠牲?」

何を?聞く前に、齊藤は一人で話をしている。

「僕、さんに、好かれてないって分かってるんだ。
だけど、これとは話は別。
彼はずるい。
僕がさんを好きだって分かっていたから、
滝くんが大切だって、立花くんが大切だって分かっていたから、手を出した。
大切なものは別なのに。彼はずるい。
それなのに、さんは、ずっと彼だけ見てる。
だから、さん、目を覚まさせてあげる。
さん、目が覚ましても、僕を怒らないでね?」


彼が見ているところをみれば、灰色の髪が揺れて、青空が見えた。
灰色は、綾部で、青い髪は、作法委員三年ので浦風 藤内。
私と齊藤と同じように手を握っているのに、まったく雰囲気が違う二人。
私に迫ってくる無表情なくせに、嬉々としているのが分かる綾部と違った、
穏やかな顔に、齊藤が私の耳に囁いた。


さん。綾部くんはね、浦風くんと付き合っているんだ」


季節外れのセミの鳴き声が私の耳だけに響いた。





2010・12・3